百三話 トロル
迷宮十六層に到着して一泊する。今日からサラ達は苦戦する相手との戦いだから、俺も気を引き締めないと。朝食を済ませて移動拠点を収納する。
「じゃあ、今日は一直線に階段に向かうんじゃなくて、周りを索敵しながらこの層の魔物を倒す事に慣れよう。新しく出て来るのはトレントとトロル。トレントは擬態に注意する事。見分けるのはウリが適任だね。トロルは昨日言った通り一撃では倒せないから落ち着いて行動する事。以上を注意して頑張ってね」
トレントは土の精霊が見分ける事が出来るとトゥルが教えてくれた。土から伝わる魔力で木かトレントか見分けるらしい。見分けられるのなら不意打ちを喰らう事も無いし、木を伐り倒すのと変わらない気がするな。
「はい。お師匠様」「わかった」「がんばる」
「うん、頑張ってね。それでベル達はサラ達の護衛をお願い。普段は見守るだけで、サラ達が戦闘になったら他の魔物を近づけないで欲しいんだ。出来る?」
「いえっさー」「キュキュッキュー」「い、いえっさー」「クー?」
忘れたと思ってたのに覚えてたんだ。何となく任務っぽいから思い出しちゃったのかな? タマモがキョトンとしている事に気が付いたベルが、どう言う事なのか教えている。タマモはあの時いなかったもんね。
「ククックー」
ちゃんと覚えたよって感じで、尻尾を振りながらタマモが返事をし直す。後ろでベルが腕を組んで頷いている。
フクちゃん達も興味深そうに見ているのは気のせいだと思いたい。……シルフィ、そんな目で見ないで。あの時はちょっとテンションがおかしかっただけなんだ。
「う、うん。みんなよろしくね」
「いえっさー」「キュキュッキュー」「い、いえっさー」「ククックー」
これって思い出した時に使われて、結局みんなに伝わっていくんだろうな。 ……楽しそうなベル達にもう使っちゃダメって言い辛い。ちょっと切なくなるぐらいだし我慢しよう。
「じゃあ、出発」
***
今まで倒した事のある魔物は問題が無かった。木々が視界を遮るので草原に比べれば接近して戦う事になるが、フクちゃんとマメちゃんの索敵によって、ほぼ先制攻撃で倒す事が出来る。
トレントはウリがしっかり発見して、擬態したまま攻撃されて直ぐに沈黙する。浮遊精霊でもちゃんとコミュニケーションがとれればチートだね。この層もある程度体験したのでいよいよトロルを倒しに向かおうか。
「サラ、マルコ、キッカ、そろそろトロルを倒しに向かうよ。フクちゃんとマメちゃんを偵察に出して、トロルを見つけて」
「はい、フクちゃんトロルを探してきて。お願いね」
「マメちゃんおねがい」
サラは良いとして、キッカの言い方でマメちゃんは分かるのかな? 自信満々で飛んで行ったから大丈夫っぽいか。ちゃんと自分でも周りの会話を聞いて状況を理解しているんだろう。
「じゃあ、サラ達はトロルが見つかるまでに、もう一度作戦をしっかり確認しておくこと。何があるか分からないから焦らないようにね」
「はい。お師匠様」「わかった。サラ姉ちゃん、もういっかいタイミングのかくにんしよう」「うん」
作戦会議をするサラ達を見守っていると、ベルがふよふよと飛んで来た。
「べるもさがす?」
護衛だけだと退屈みたいで、何かをしたいらしい。ある程度サラ達が慣れたらベル達には、キノコを集めて貰うか。採取も宝探し感覚で面白がってやってくれるからな。
「今はサラ達の訓練だからちょっと待っててね。自分達で魔物を探すのも大切な事なんだ。ベルはサラ達をしっかり守ってあげてね。終わったらキノコの採取をしよう」
「さいしゅー」
ベルが喜んでブンブンと飛び回ると、レイン達も寄って来る「べる、さいしゅするの!」っと報告すると喜びだしたので、慌てて護衛が終わってからだと告げる。今にも飛び出して行きそうだ。
シルフィに頼めば直ぐにでもベル達を採取に行かせてあげられるけど、ベル達にとっても良い訓練になりそうだから頑張って貰おう。
サラ達が作戦を考えている間に、俺もトロルの事をおさらいしておこう。えーっとトロルは冒険者達の嫌われ者で……一瞬、俺と同じだなって思ってしまった。あはは、ちょっと泣きそうかも。
……えーっと、強靭な肉体に怪力。自己回復能力。武器は通り辛いし軽いダメージはみるみるうちに回復する。
魔術か毒物で倒すのが一般的だが魔術師は人数が少なく、トロルに効く毒物は高価で取り扱いが難しい。そして苦労して倒しても、素材が少ない。皮が鎧の素材になるぐらいで他は魔石しか収入にならない。
幸いな事に十六層から十九層のトロルは数が少なく、冒険者達は避けて通る。ランクもBランクとこの層では突出しているので、この層で稼いでいる冒険者はみんな逃げる。俺もサラ達の訓練じゃ無かったら無視するよ。
おっ。マメちゃんが戻って来た。トロルを見つけたんだな。サラがフクちゃんを召喚してマメちゃんの案内でトロルに向かって進む。
しばらく行くと鈍い足音が聞こえてきた。どうやら移動中らしい。
「お師匠様。始めます」
「うん。頑張ってね」
俺が頷くとサラ達が足音の方向に慎重に進んで行く。ちょっと心配しながらも少し距離を置いてついて行くと、トロルの姿が見えた。
相変わらずごついですな。あのトロルは三メートルぐらいはありそうだ。お相撲さんのような体形で、首も腕も足も丸太のように太い。手に持っているのはぶっとい棍棒。
しかし迷宮内の魔物が持っている武器って何処から出て来るんだろうな。自分で作っている訳じゃ無いんだろうし……不思議だ。
分からない事を考えている場合じゃ無い。しっかりサラ達を見守らないと。本当に危険な場合はシルフィが動いてくれるけど、だからと言って気を抜いても良い訳じゃないからな。
サラ達の指示でフクちゃん達が配置につく。作戦の内容は聞いていたけど、あの姿を見るともしかしたら失敗する可能性もあるな。強靭な肉体をフクちゃん達の攻撃でどのぐらい貫けるかがポイントだ。
ドキドキしながら作戦を見守る。……ウリが左側。フクちゃんが背後。マメちゃんが右側。タイミングを合わせて一気に三方向から首を落とす作戦だ。シンプルなだけに成功率は高いと思うんだが、どうなるかな?
サラがトロルに見つからないように手を振り下ろすと三方向から魔法が放たれる……ウソーン。俺の見間違いでなければ、ウリが放った土の槍が途中で止まっているんですけど。風の刃も途中で散ってしまったのか、血は噴き出したが致命傷では無いようだ。
強靭って言ってたけど、首なのにあの頑丈さは凄いな。浮遊精霊とは言えゴブリンの首ぐらい簡単に飛ばす力があるのに、あれぐらいのダメージしか与えられないの? ビックリだよ。
突然の攻撃に驚いたトロルが棍棒を振り回して暴れ始めた。首に刺さっていた土の槍も手に当たり粉々に弾け飛ぶ。
土の槍が刺さった所からも血が噴き出していたがみるみる間に止まってしまう。風の刃に切り裂かれた部分の血も既に止まっている。頑丈で自己回復能力って結構なチートだよね。さてこの状況からサラ達はどうするのかな?
フクちゃん達が仕留めきれなかった時の作戦通り、追加で攻撃を放つが暴れているので、同じ場所に攻撃を当てる事が出来ず致命傷にならない。
振り回している棍棒が周辺の木々を薙ぎ払う。あの威力だとフクちゃん達の風壁だと防ぎきれないな。あっ、走り出した。しかもこっちに向かって来る。
マルコがウリを召喚してトロルに備える。フクちゃんとマメちゃんとそのまま攻撃を続行するようだ。
「シルフィ、大丈夫かな?」
想定よりも頑丈なので心配になってきた。
「勝てるかどうかは分からないけど、ベル達ならトロルも平気だから身の安全は大丈夫よ」
そうだよね、ベル達がいれば大丈夫だよね。信じて見守るのが師匠の役目だ。しかし主に戦っているのがフクちゃん達だから、小動物VSトロルで違和感が凄い。
おっ。マルコの指示でウリがトロルの前方を泥沼化して転ばせた。なんか、まるばつクイズの不正解みたいだ。立ち上がろうともがいている所に、フクちゃん達が殺到して延髄に連続で魔法を撃ち込んでいる。攻撃と泥に足を取られて起き上がれないまま、ようやくトロルが力尽きた。
「みんな。お疲れ様。やっぱりトロルみたいに頑丈な相手だと苦戦するね。色々反省点も見つかったし、出来るだけ改善してトロルに楽勝で勝てるようになろうね」
「……ですがお師匠様。フクちゃん達の魔法が完全に決まっても、致命傷になりませんでした。簡単に勝つのは難しいかと」
魔法の威力の問題が大きいからな。急激に魔法の威力を上げるとかは難しいだろうし、別の対策が必要だ。
「まあ、そうなんだろうけど。目や口を狙うとか、今回は奇襲で三方向から攻撃したけど、次は最初から一点集中で攻撃するとか、色々試してみると良いよ」
「目や口ですか。風では奥まで届き辛いですし、土の槍を目に差し込む。もしくは口に泥を流し込んで息を……」
俺の言葉がヒントになったのか、想像したら怖そうな事をサラが考え出した。サラって元はお嬢様っぽいのに意外と過激だよね。
「まあ、少し時間を取るから良く話し合って次に生かすように。ベル達は薬草とキノコを採って来てくれる?」
サラ達は反省会に突入して、ベル達は喜び勇んで採取に飛んで行った。
「ねえ、シルフィ。浮遊精霊って比較的早く下級精霊に成れるんだよね。フクちゃん達はどうかな?」
「いくらなりやすいと言っても三十日も経っていないのに無理よ。ただ、浮遊精霊としては戦闘経験も豊富だし、サラ達も成長しているから、一年は掛からないと思うわ」
一年か……成長すると考えると長くは無いんだけど、直ぐに力をつけるのは難しそうだな。知恵を絞って頑張るのが今のところの最善策なんだろう。
サラ達もだいぶ慣れて来たし、三人だけで厳しいのなら、そろそろ人数を増やすのも考えた方が良いかな。人が増えればそれだけ攻撃回数が増えるし、手ごわい相手でも勝ちやすくなるのは間違いない。
美人で精霊術師志望の女性と都合よく出会えないものか。……無理だな。居たとしても今の俺の評判だと仲間になって貰うのも苦労しそうだ。
読んでくださってありがとうございます。