百二話 カール達の罰
シルフィ達との昼からの飲み会で少し飲み過ぎたのか体が重い。結局ノモスも合流して二樽空にしちゃったからな。一樽だけのつもりだったのに、昼間から飲み始めたので全然足りなかった。
何とかもう一樽とお強請りするノモスを宥め、ディーネ、ノモス、ドリーを送還して眠りについた頃には、日付を越えていた。しかしあれだな。髭面のおっさんのお強請りとか誰得なんだろう。
「おはよう裕太」
「ああ、おはようシルフィ。体調は悪くない?」
「ふふ。大丈夫よ」
微笑むシルフィにお酒が残っている雰囲気は微塵も感じない。俺はサラ達と食事に行ったり、ちょこちょこと休憩を挟んでいたのにちょっと辛い。延々と飲み続けていたシルフィが元気なのは精霊だからか?
「ゆーた。おはよー」「キューー」「おはよ」「クーーー」
ベル達と朝の挨拶をして、元気いっぱいのベル達を宥めながらサラ達の部屋に行き、精霊達の朝食を用意して、俺とサラ達は食堂に向かう。
………………普段なら問題ないんだけど、軽くお酒が残っている状況でこの宿の、ボリュームタップリの朝食はきつかった。
「じゃあ、今日は冒険者ギルドに行って、昨日の事を確認してから迷宮に行くよ。サラ達も迷宮に慣れただろうし十六層に行くつもりなんだけど、冒険者ギルドの展開次第ではお休みにするかも。まあ、覚悟だけはしておいて。十六層に行く場合は泊りになるからね」
「分かりました」「はい」「うん」
さて、昨日の出来事がどんなふうに影響を与えてるのか。……変な冤罪とか被せられて無ければ、悪い方向には転がらないよね。
マーサさんに今回は二~三日、迷宮に泊まるかもしれないと伝えて宿を出る。
***
ちょっとドキドキしながら冒険者ギルドに入ると、ザワつきが起こった。最近毎日冒険者ギルドに来ていたから無視されるだけになってたんだけど、今日はザワついているって事は昨日の事が影響しているんだろう。冒険者達の会話は後でシルフィに聞くとして、まずはエルティナさんに話を聞こう。
エルティナさんのカウンターに近づくと何人かの冒険者が列から離れた。腫物を扱うような状況に戻ったみたいだ。
「エルティナさん、おはようございます。昨日のうちの子達が巻き込まれた事件について、お聞きしたいんですがどうなりましたか?」
自分の番が来てエルティナさんに声をかける。
「昨日の件ですね。こちらからもお話をお伺いしたいので、奥に来て頂けますか」
いつも通りの無表情なエルティナさんだ。誘拐犯を精霊術で撃退したんだから、もう少し変化があっても良いと思うんだけど……精霊術師だと誘拐犯を撃退した位では評価されないらしい。王侯貴族に囲われる精霊術師って、どんなレベルなのか少し気になるな。
そんな無表情のエルティナさんに付いて奥に行くのはどうなんだろう? また変な噂が流れそうだから嫌だよな。
「奥はちょっと困ります。前に奥に行った後に、エルティナさんを口説いてフラれたとか根も葉もない噂が立ったので、お互いに良い事ありませんよね。ここでは話せない内容なんですか?」
次はエルティナさんに襲い掛かったとか噂が立ったら嫌だもんな。今までのパターンからすると無いとは言えない。みんなが居る所の方が安心だ。今更だけど。
「話せない事はありませんが……」
「ではここでお願いします」
「……分かりました。では、ここでお話しします。捕らえられた者達は自分は無実だ。あなたとカールさんにハメられたと仰っていますが、どうなのでしょう?」
往生際が悪いな。でも、ギルマスならあっちの味方をする可能性もあるから、悪くはない主張なのかも。
「俺がわざわざ彼らをハメる必要もないですよね。そもそも何故俺が彼らをハメないといけないんでしょうか?」
「決闘に負けた後、あなたの評判を落とす噂を振り撒いていたそうですから、動機はありますね」
なるほど。っていうか「いたそうですから」とかとか不確かな言い方してるけど、バッチリ冒険者ギルドは把握してたよね。むしろ煽ってたんだし。なんかギルドに責任が来ないような物言いが、お役所を思い起こさせる。
「それぐらいで、わざわざハメたりしませんとしか言えませんね。それで俺の悪評の大元である冒険者ギルドとしては、どう考えているんですか?」
「個別に取り調べた結果、話に矛盾点が幾つも出ています。新事実でも出てこない限り彼らの有罪は動かないと思います」
軽く嫌みを言ってみたが、あっさりスルーされてしまった。まあ、精霊術師は気に食わないから有罪にしちゃおうぜ! っとかならなかったのは良かったな。ギルマスとしてはどうにか俺も一緒に処罰できないか悩んでそうだけど。
「まだ確定では無いんですか。では、確定したらどのような罪になるのか教えてください」
「冒険者ギルドの除名。警備隊に引き渡され罪に相応しい量刑を科せられます。量刑は冒険者ギルドの管轄ではありませんが、誘拐未遂と殺人未遂ですから僻地での強制労働か、戦地での兵役あたりだと思います」
他人事のように淡々と説明をするエルティナさん。もう少し感情を表に出しても良いと思うんだけどな。しかし、戦地での兵役って物凄く使い潰されそうだよね。そうなると僻地での強制労働ってのも相当きつそうだ。怖いな異世界。
「カールともう一人はどうなるんですか?」
「パーティーメンバーの犯罪とは言え、その犯罪を阻止して捕縛しましたので、ペナルティーはありません。ですが装備を失い仲間を失いましたので、大変でしょうね」
お前のせいでなって言われている気がする。ギルドが噂を流していた責任は丸っと無視をしているな。それぐらい面の皮が厚くないと組織としてやっていけないんだろうな。
しかし、さんざん悪評を振り撒かれた身としては、処罰が何にも無いのもどうかと思う。でも犯罪は犯していないって事になるのか、子供の後をつけまわすだけでも日本でなら通報ものなんだけど、異世界にストーカーに対する法律とかは無いか。
法律とか緩そうだなもんな。そのぶん、捕まったらあっさり死刑とか生きては帰れないような罰が与えられる所が怖い。まあ、大体聞きたい事は聞けたし迷宮に行くか。ベル達が退屈しているからな。
「分かりました。では俺達は迷宮に行きますので、失礼しますね」
「お待ちください。こちらの話が終わっておりません。カールさんが、あなたが子供達の護衛につけた精霊が、誘拐犯を撃退したと仰っていましたが、事実ですか?」
「事実ですね」
「証明することは出来ますか?」
……証明する事は簡単なんだよな。シルフィに頼めば度肝を抜ける。でも、ここで証明したら今まで頑張って仕込んだ事が無駄になる。それにここで証明したらギルマスに何の影響もないもん。
今、力を示してもギルマスはムカつくけど使えるなら放っておく。もしくは、そんなん知った事かって感じで嫌がらせが続行されそうだ。駄目だな。断ろう。
「うーん。ギルマスや冒険者ギルドが俺に仕掛けた嫌がらせの数々を証言して、謝罪するなら証明しても良いですよ」
「……そのような事をギルドがすると本気でお思いですか?」
だよねー。ペーペーに頭を下げる組織なんて無いよね。
「どうなんでしょう? 悪い事をしたら謝りましょうとは両親に教わりましたね」
凍えるような視線に頑張って耐える。人伝とはいえ、精霊術を使った事を聞いたはずなのに、態度が変わらない所がある意味凄い。いやさっきも思ったが精霊術師の評価の低さが凄いのか。
「ふー。分かりました。もう結構です」
勝った。いやなんにも勝ってはいないんだけど、気分的には勝った。
「では、失礼します」
微妙に何やってんのこいつって言う目で見られながら冒険者ギルドを出る。
「師匠。あんなことを言ってもいいのか?」
ギルドを出た瞬間、マルコが心配そうに聞いて来た。
「うーん。あんまり良くは無いんだろうけど、元から関係は悪いんだから問題無いよ。でも、人と揉めても良い事なんて無いんだから、参考にはしないようにね」
一緒にギルドに連れて来たのは教育に悪かったか? 最近は無視されるだけだったから連れて来たけど、昨日の事件があったんだから、一人で来た方が良かったかもな。
「わかった」
「うん。まあ、自分では喧嘩したくなくても喧嘩しないといけない事もあるから、出来るだけ考えて行動しようね」
あれだな。俺もあの時冷静になれば、ギルマスとの揉め事はもっと小さいものだっただろう。後悔はしてないけど反省はしないと。ついカッとなってってやつは本当にダメだ。
「うん」
頷くサラ達の頭を撫でて迷宮に向かう。この子達が大きくなって性格が悪くなったら、俺の責任になるんだろうな。
「裕太。面白い事になっているわよ」
とっても嬉しそうにシルフィが声を掛けて来た。冒険者ギルドで何か良い情報を拾えたのかな?
(何があったの?)
「ふふ。まずはギルドに居た冒険者達の会話なんだけど。裕太の事をどう判断するか悩んでいるみたいね。遠隔で精霊術が使えるという話が広まって、眉唾だ詐欺だって疑う冒険者と、巨大ハンマーが使える精霊術師って凄いんじゃ……あいつの前でツバ吐いちゃったよ。ヤバいかな? みたいな冒険者に割れているわ」
評価が分かれているのか。別に直接ツバを吐きかけられないかぎりどうでも良いんだけど、なんでシルフィがその話を例題に選んだのかは気になる。
あと、俺なら巨大ハンマーを振り回せる時点でその人の前でツバなんて吐かないぞ。どう考えてもバカだろ。ギルドが推奨してるから大丈夫だとでも思ったのか?
(それで、本命の話はなんなの? シルフィのその感じだとギルマスの事?)
「うふふ。正解よ。ファイアードラゴンの素材が流れて、王侯貴族から突破した冒険者に会いたいと要望が来ているのと、各所から神力草の入手依頼が殺到していて、頭を掻きむしっていたわ」
なるほど。迷宮を突破した人物を把握していないとは言えないし、神力草ってあれだよね英雄の本に書いてあった、超レアな欠損回復薬が作れる六十六層以降で取れる薬草。
魔力草や万能草が出回った事で、五十六層までは突破している事が分かるもんな。入手が期待されているだろう。しかし、この場合は神力草をマリーさんのお店に卸すのか、神力草をいっさい市場に流さないのか、どっちの方がギルマスは困るんだろうね。確かに楽しい情報だ。
(ふふ。シルフィ。ありがとう。何をどうしたら一番楽しくなるか考えてみるよ)
「期待しているわね」
楽しく考えている間に迷宮に到着した。ギルドではそんなに時間が掛からなかったし、今日中に十六層まで行っちゃうか。
***
十五層までをサクッと踏破して、十六層の森林に突入する。 十一層から十四層ではオークが出て来たが、フクちゃん達でも問題無く倒す事が出来たので、危険なのはトロルぐらいかな。今までが楽勝過ぎたので、トロル相手ならしっかりと緊張感がある訓練が出来そうだ。
「今日は拠点を出して休むよ。シルフィが言うには、この層から出て来るトロルはフクちゃん達だと一撃で倒せないらしいから連携を考えておくこと」
「私達で倒す事は出来るんですか?」
「うん、出来るよ。強靭な肉体と分厚い脂肪。高い自己回復能力を持っているらしいけど、ダメージの与え方次第で倒せるみたい。頑張ってね」
ベル達だとトロルでもサクッと殺っちゃうから、良く分からなかった。ましてや魔法のノコギリの前では強靭な肉体とか関係ないもんね。
しかし浮遊精霊と下級精霊でも結構な力の差があるよね。フクちゃん達はどのぐらい頑張れば下級精霊になるのかな?
「分かりました。しっかり話し合っておきます」
「うん。分からない事があったら聞いてね」
夕食も終わり、ベル達と戯れながら作戦を練るサラ達を見守る。いろいろ考えているし、明日が楽しみだ。
読んでくださってありがとうございます。