百一話 散歩
今日は休みにしてサラ達を迷宮都市の探索に送り出し、俺はディーネとドリーを召喚してのんびり散歩する事にした。
さて、そろそろ出発するか。ベル達と戯れているディーネとドリーに声をかける。
「みんな。そろそろ出かけるよ」
「裕太ちゃん。何処に行くつもりなの?」
「散歩だから特に目的地は決めて無いよ。適当に歩いて気になった所を覘くつもり。何処か行きたい所はある?」
「お姉ちゃんは家具屋さんに行きたいわー。どんな家具があるのか調べておきたいの」
上機嫌なディーネがリクエストを言って来た。聖域で家が欲しいって言ってたから、色々見ておきたいんだろう。ノモスが気合入っていたけど本当に聖域に指定されるのかな? 世界遺産並みに基準が厳しそうな気がするんだが。
「家具屋か。俺が知っている店はそんなに種類は置いてなかったけどそれで良いか?」
「いいわよ。たのしみね」
「じゃあ、散歩の途中で家具屋に寄るよ。ドリーはどこか行きたいところはある?」
「私は特に決まってませんから、気になるお店が見つかったら言いますね」
「了解。ベル達は?」
「やたいー」「キュー」「おにく」「クー」
うん。やっぱり食べ物か。買い溜めしておいたものも結構食べたから、この機会に補充しておくか。果物も仕入れないと、ベル達がアグアグと果物に噛り付く姿はとても可愛いからな。
「分かったよ。沢山買おうね」
「かうー」「キュー」「たくさん」「クー」
沢山買うという言葉にベル達は大喜びだ。さっそく頭を寄せ合い、フンフンキューキューと巡る屋台の相談を始めた。出発したいんだけど、少し待った方が良さそうだ。
「じゃあ、いくよー」
ベル達の話し合いが終わり、マーサさんに出かけて来ると声を掛けて宿を出る。しかしこの状況、大人数で移動なんだけど周りから見たら、一人で移動しているように見えるんだよな。
「ふふーん。人の街に来るのは久しぶりねー」
「そうですね。特に私は殆ど森にいますから、来たのは下級精霊の頃に契約していた時以来かもしれません」
「私は水の流れに乗って偶に来ていたけど、それでもずいぶん昔ねー」
……ドリーが下級精霊の頃ってどんだけ昔なんだろうな。知りたいような知りたくないような、微妙な気持ちだ。
シルフィは風の精霊だから良く街に行っていたみたいだけど、属性によっても移動する範囲が結構違うんだろうな。植物も水も町中にもあるから精霊はいるんだけど、やっぱり自然の中の方が沢山いるし過ごしやすいんだろう。
「ゆーた。あっちにいくー」
ディーネたちの会話を聞きながら、ベル達が行きたがる屋台に向かってのんびり歩き買い物をする。しかし自分達で飛び回って見つけた屋台以外にも、迷宮都市に居ついている精霊からも情報を集めているらしく、新しい店にドンドン連れて行かれる。
観光がてらに迷宮都市を歩くと様々な種族が目に留まる。せっかく異世界に来たのに、ファンタジーな異種族と殆ど話していないな。
エルフ、ドワーフ、魔族、獣人、色んな種族が居るのに、関わり合いになっているのはマルコとキッカぐらいだ。何かが間違っている気がする。
語尾ににゃがつくネコミミのお姉さんや、怖いぐらいに色っぽいサキュバスのお姉さん。貧乳を気にしている美人エルフ。そんな出会いを体験してこそファンタジーの世界に居る意味があるのではないだろうか?
「あら、裕太ちゃん。あそこは酒屋よね」
考え事をしながら歩いているとディーネが酒屋を発見した。寄れって事だよね。
(そうみたいだね。俺が行った事がない店だけど、覘いてみる?)
結構大きなお店だな。奥の方には樽が沢山並んでいて、前回行った酒屋と随分雰囲気が違うな。
「ええ、行ってみましょう」
ディーネがウキウキとスキップしそうな勢いで酒屋に向かう。ドリーもニコニコと後に続いていく。……分かりやすいよね。酒屋に入るとおじさんが声を掛けて来た。
「いらっしゃい。ん? うちは店に酒を卸す酒屋だからバラ売りはしてないぞ?」
冒険者の格好だから間違って入って来たと思われてるのか。厳密に言えば知らなかったんだから間違ってるとは言えるが、樽買いするんだから間違っていないとも言える。しかし飲食店にお酒を卸す酒屋さんだったのか。
「樽ごと買いますから大丈夫です。もしかして飲食店をやっていないと売って貰えないんですか?」
「いや。バラ売りをやってないだけで樽ごと買うんなら問題無いぞ。どんな酒が欲しいんだ?」
向こうの酒屋でもそうだったけど、この世界だと瓶入りラベルって訳にはいかないから、沢山の樽が並べてあるけど、どんなお酒があるのか聞いてみないと分からないのが不便だよね。
「ワインの赤と白。エールは決まっているんですが、他に何かお勧めのお酒はありますか?」
「他か……今いいのは……そうだなロゼがあるぞ」
ロゼって確かピンクのワインだったよな。白と赤の中間みたいな感じで、漫画では確かお酒に色が付いたら皮を取り除くみたいな製法だって書いてあったっけ?
チロッとディーネ達を見ると、笑顔で頷いているので飲みたいって事だよな。
「裕太ちゃん。お姉ちゃん飲みたいわ。それにどの樽を買うのかお姉ちゃん達が選んでも良い?」
直接言われてしまった。お酒に対してはとてもストレートだよな。まあ、頷くしか無いんだけどね。しかしこの世界でも樽によって味が違うんだな。作っている場所が違うのであれば当然なんだろうけど、樽を見て味が分かるのか?
「おじさん。買いたいお酒の樽、俺が選んでも良いですか?」
「ん? まあ、構わんが分かるのか?」
分かりません。サッパリです。味ですらこれが好きかもが限界なんです。
「ええ、まあ、何となくどれが良いか自分で選びたいってだけです」
「そうか。まあ、好きにすると良い」
「ありがとうございます」
俺は分からないけど樽を見ているフリをする。……なんか違いの分からない樽を見ているだけって空しいな。
でも俺の隣ではディーネとドリーが「あらこの赤ワインは良いわね」「私はこっちの方も気になります」「それは辛口だと思うわよ」といった会話が行われている。何を根拠に判断しているんだろう? 精霊の力的な何かなのか?
「ねえ、裕太ちゃん。どのぐらい買って良いの?」
(各種三樽ぐらいかな)
「了解ー」
どのぐらい買えるのか確認した後、ディーネとドリーは真剣にどの樽を選ぶのか検討に入った。暇そうに樽を調べていたベルがふわふわと飛んで来た。
「ゆーた。べるもえらぶ?」
……なんで?
(ベルもお酒を選びたいの?)
「うん!」
……どうするべきなんだ。そんなに満面の笑みで頷かれると断り辛い。
(……わかった。一つだけ選んでくれる?)
「うん。すごいのえらぶー」
ふわりふわりとお酒を選びに行ったベルを見送りながら思う。凄いのではなくて美味しいのを選んで欲しいな。
「裕太ちゃん。決まったわよ」
ディーネとドリーがやり切った感を出している。充実した時間を過ごしたみたいだな。女性の買い物に付き合うのは大変なんだけど、酒屋でそれを味わう事になるとは思わなかったよ。異世界は予想がつかない事が沢山だな。
おじさんを呼んで、ディーネとドリーが選んだ樽の購入を告げ、最後に満面の笑みで樽の上で手を振っている、ベルが選んだ樽も購入する。
「こんなに買うのか? しかも殆ど人気がある酒だぞ。あんたただもんじゃねえな」
やるなお前って目で見られた。そんな目で見られても困る。
「あはは、まぐれですよ。まぐれ。それでお幾らになりますか?」
「ん? ああ、そうだな値が張る酒が多いんだが払えるか?」
良いものばかり選んでいるんだから値段も上がるだろうな。まあ、今の俺は成金だから問題無い。シルフィ達に恩返しと考えたら、酒屋を全部買い占めても良いぐらいだからな。声に出したらディーネが本気にしそうだから言わないけど。
「お金はあるので、心配しないでください」
「そうかちょっと待ってくれ。えーっと。……全部で二百十万エルトだな」
二百万超えちゃったよ。樽買いだし良いお酒ならこのぐらいは当然なのか? ちょっとビビるが内心を表に出さず、現金で支払う。地球だと樽で買うといくら位なんだろうな? 凄い有名ワインの樽とかだったら何千万とかになりそうな気がする。
「毎度、酒は配達するか?」
「いえ。魔法の鞄があるので持ち帰ります。このまま収納して良いですか?」
許可を貰ったので樽を全部収納すると、ここでも店で働かないかと勧誘された。魔法の鞄を持っていると、就職先に困らないな。丁寧にお断りをして店を出る。
「裕太ちゃん。ありがとー。今晩みんなで飲んでもいい?」
(うーん、構わないけど、俺の部屋狭いよ? あと明日からまた迷宮に行くから一樽だけな)
「大丈夫。問題無いわー。うふふー。何を飲もうかしら。ドリーちゃんは何が良い?」
ディーネが浮かれている。まあ、機嫌が良いのは良い事だ。ディーネとドリーの話し合いを聞きながら歩いていると、フクちゃんが飛んで来た。
面倒事に遭遇したのか。緊急の場合はシルフィがサラ達と飛んでくるはずだから、そこまで大きな問題では無いな。
(フクちゃん。シルフィが居るから大丈夫だと思うけど、みんな怪我とかしてないよね?)
コクコクと頷くフクちゃん。良かった怪我はないみたいだ。
(サラ達は宿に引き上げるの?)
またもやコクコクと頷くフクちゃん。可愛いのでナデナデしておく。
(分かった。俺達も宿に戻るから、フクちゃんもサラ達の所に戻っていいよ。ありがとうね)
フクちゃんが飛んで行くのを見送り、皆に宿に戻る事を告げる。家具屋はまた今度だな。
***
「へー。あの人が味方に付いてくれたんだ。でもあの人の仲間がサラ達を攫おうとしたと……なんか感謝すれば良いのか、リーダーなんだから仲間の統率ぐらいしっかりしろよって、怒れば良いのか迷うところだな。サラはどう思った?」
「私ですか? 私としては悪い方には思えませんでしたが、思い込みが激しい方のように見えました」
「そうなんだ。うーん……」
それって一歩間違えると物凄く面倒な奴だよな。あっ、もう既に一歩間違えて悪評をバラ撒かれたな。でも、サラ達に忠告するつもりだったみたいだし、俺の事を知った何処かの陰謀的な事は無さそうだな。
悪い奴ならサラ達を人質に取って迷宮素材を取って来いとか言い出しそうだから、気をつけておかないと。しばらくはサラ達の休日には大精霊達につき添って貰うのが良いだろう。
しかしカールか……出来れば今後も関わり合いになりたくない相手だ。今から冒険者ギルドに様子を見に行くと巻き込まれそうだし、明日迷宮に行く前に顔を出すか。呼び出しとか来ないと良いな。
でも、冒険者ギルドもこの件を切っ掛けに、俺が素材を卸しているって気が付いてくれたら良いんだけど。凄い精霊術師の登場、もしかしてあいつが! っ的な事になってくれたら嬉しい。無理そうだけど。
なんか俺、片思いを拗らせた奴みたいになってない? もしくは好きな子に嫌がらせをする小学生とか……冒険者ギルドが好きな訳では無いけど、気付いて悔しがって欲しいって所は似ている気がして凹む。
「……分かった。せっかくの休みに面倒に巻き込んでごめんね」
「いえ、お休みとても楽しかったです。ねっ、マルコ。キッカ」
「うん。おっちゃんにも会えたし、いろんなところを見て、シルフィさんのすごいところも見れたからたのしかった」
「そっか楽しかったのなら良かったよ。また数日後には休みを取るからね。それでシルフィの凄いところって?」
………………シルフィ。それってお仕置きと言うか、拷問な気がするんだけど。まあ、子供を誘拐するような奴らどうなろうと自業自得か。
今日はもう宿でのんびりするというサラ達と一緒に昼食を取り、そのままシルフィ達が宴会になだれ込んだ。予定とだいぶ違って昼からお酒を飲んで休日が終わってしまった。
読んでくださってありがとうございます。