・味のしない朝食
書きなおしてます
カチャカチャと、カトラリーと皿が触れて立てる音を聞き流しながら、スヴェートは味のしない朝食を口へ淡々と運んでいた。
勿論、味のしないと言うのは比喩だが、例えそこでサラダに掛けるドレッシングを追加しても、やはり味はしなかっただろう。
スヴェートの前に並べてある朝食は、焼きたてのフカフカでほわほわな白パン、生クリームが加えられたスクランブルエッグに、色鮮やかな瑞々しい葉野菜と、鳥のサラダ、新鮮なミルクから作られたヨーグルトとフルーツの盛り合わせ、そして、紅い色が美しい紅茶である。紅茶の横に不格好なクッキーが添えられてあるのは見て見ぬふりをしようと、スヴェートは澄ました顔の下で苦笑する。
他の腹違いの兄弟や姉妹の方へチラリと視線を向ければ、朝だと言うのに胸焼けがしそうなメニューがずらりと並べられており、思わず露骨に黄昏色と称されている瞳をそらしてしまった。
鴨肉のテリーヌ、牛ホホ肉のワイン煮込み、ローストビーフ...。とりあえず肉、肉、肉!!なメニューは、見ているだけで胸がむかむかしてくるのだが、スヴェートのその反応を疎外感を受けていると誤解したのか、異母腹の一人である兄が贅で肥えて弛んだ腹を揺らしながら、にやにやと笑う。
──うげ、気持ちわるッ!!
スヴェートは目もいいが、鼻も良い。
ゆえに黄ばんだ歯と汚染されたままの口内から漂う口臭にますます顔色が白くなってゆく。
こうなれば味のしない朝食さえ毒に思えてくるのだから、この下らない茶番劇のような、帝室の一同が揃って食を共にするのはどうにかならないものかと、本気でサラダに散っている僅かな蒸し鶏を睨みつつ黙々と咀嚼していると。
カチン、と、金属の何かが開く音がしたかと思いきや。
「殿下、恐れながら本日は語学の教師がいらっしゃる日でございますよね」
「あ?え、ええ、そうよ。それが何か?」
「殿下は先日出された課題をまだ終えられていませんが、如何なさいますか」
再び金属の音を鳴らし、懐中時計の蓋を閉めた蝋人形な侍従の問いに、イライラとしていた脳内が瞬く間に鮮明になり、自然と口の端がゆるりと緩んだ。
「すっかり忘れていたわ。アス、あなたはそう言うことはもっと早く言ってちょうだい。わたくしがあの先生を苦手にしていること、知っているでしょう?」
ごくりと、紅茶で素朴なクッキーを飲み流したスヴェートは、これ幸いにと、そそくさと立ち上がり、ドレスのスカート部分を、白い手袋で覆われた指先で摘み、膝を折り頭を下げた。
「すみません、わたくしは一足早く、失礼いたします──そこのあなた、これらの余ったものは皆で分けて片付けて下さい」
優雅に、しかし速く食堂から去るその脚運びは、もはや芸術の域にまで達しているのではなかろうか。
アステールは、この白けた朝食の席の中で、ついぞ一言も声を発さなかった皇帝にチラリと視線を向け、その瞳が何も映して無いことを認め、主を追うように食堂を後にした。
「──羨ましいね、あの子が......」
影が薄いと言われている、第四皇子の不可解な言葉を土産にして。