2 ネンジン
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2 ネンジン
「遅い!一時間前に突入してから一度の報告もないってのはどういうことだ!」
イライラしたように建物の外の天幕の前でグルグルと歩き回っているのは今回の作戦の指揮を任された、藍野輝彦。身長は180cmほど。そこまでがたいがいいわけではないが、しっかりと鍛えられていることを感じさせる、ベテランの風格である。
笑っていれば美形に見えないこともないその顔が、しかし今は眉間に小じわを寄せて苛立ちを浮かべている。
「だからって、周りにイライラを振り撒かないでください。撃ちますよ?」
こちらは身長170cmあるかないかくらいの、ハッとするくらいの整った顔立ちに若干なで肩気味の細身の若い男。今回の作戦指揮補佐役の寺門遥希である。
「俺は、今回のターゲットの少年なんかよりよっぽどお前を拘束して牢屋にぶちこんだほうがいいんじゃないかと思うよ。」
藍野がため息交じりにつぶやく。
「違うでしょテルさん。牢屋に入れるんじゃない、殺すんですよ。」
「む・・・。」
寺門の指摘に少々たじろぐ藍野。
「今回の突入部隊隊長にも伝えてあります。憐れみなど持つな、今回の作戦目標は世界中人類の脅威になりえるモンスターなのだと。」
藍野はたじろぎながらも、それを否定しない。
----なんの罪もなく、ただそうされてしまったがゆえに殺されることになるとは、本当に運の悪い少年だ。
全ての元凶は先ほど突入部隊とは別の部隊が捕えた、一人の科学者である。
「奴はもう目を覚ましたのか?」
「知るわけないでしょう。俺はずっとここにいたんだから。」
「それもそうだな。」
その科学者こと、来栖源三は捕えられるときにもずっと笑っていたらしい。その笑い方は非常に嫌悪感を覚えるものらしく、連行した警官に気絶させられた状態で運ばれてきた。
「ただの人間を、未知の力を持つ化け物へと変えるこのネンジン計画。その全容を知るのはただ一人、来栖だけなのに面倒なことをしてくれたもんだ。」
「いや、ほんとに癇に障る声だったんで思わず。」
「気絶させたのお前かよ!!」
うわ、こいつ超殴りてえ・・・。
「しかし、ほんとにおそいっすね。無線も一度も入っていないし、真面目に確認に行ったほうがいいんじゃないっすか。」
寺門が拳銃をホルダーにしまいながら言う。
確かに20人の突入部隊が一時間も連絡もなしに帰ってこないのはおかしい。しかし、たった一人の少年に訓練を積んだ精鋭達がどうこうできるものなのだろうか。
「よし、寺門は待機している奴らから5人を連れて、状況確認へ向かえ。俺は来栖の様子を見てくる。」
「了解。」
それだけ言うと寺門は待機している部下のもとへ向かっていく。
----さて、来栖の拘束されている天幕はどこだったかな・・・。
このときはまだ寺門でさえも、ネンジン計画によって生み出された少年の本当の危険性を知らなかった。知っていたところでこの先の未来が変わったかというと恐らくそんなことはないのだが。
「はあ・・・はあ・・・。」
目が痛い。まるで水分が無くなってしまったかのようだ。身体がそれを察知して涙を出しているため視界がうるんで前が見えにくい。
「僕は、いったいなんなんだ・・・?」
夢の中にいるように、思考がはっきりしない。先ほどの自分のとった行動にも実感がわかない。銃を突き付けられた途端頭が冴えわたっていき、次の自分がすべき行動が分かった。あの力の使い方も。
今の自分は記憶をなくしているのだと思う。名前も、年齢も、住んでいたところも全く思い出せない。しかしここは日本で、自分が人殺しの犯罪者となったことは理解できた。
何かを思い出そうとして頭が痛くなったりすることはない。そういう設定のお話を知っているような気がするが、タイトルもストーリーも思い出せない。モヤモヤして気持ち悪い。
自分に家族はいるのだろうか、いや、そんなことより僕はなぜここにいて命を狙われているのだろう。
まあ命を狙われている理由はなんとなく察しがつく。この力だろう。
この力が異質なものだというのは理解できる。日本。いや、この地球上において超能力や魔法は存在しない。しかし現に僕は自分の目から流れた涙を、勢いを殺すゴムのような薄い膜にして銃弾をはじいた。頭で考えて何かをしたわけではない。ただ本能的に、身体の一部として扱った。そう、本能的なのだ。自分が殺される。そう考えたら身体が動いていた。罪悪感はある。人を殺すことが日本において一番の重罪だというのも理解できる。ただ僕は生きるために人を殺すことに全く持って抵抗がなかった。
---これは命を狙われて当然だな。
僕は自嘲気味に笑った。
恐らく僕は人殺しの犯罪者なのだろう。逃亡中にこの建物に逃げ込み、何らかのきっかけで気絶し、記憶を失った。この力によってたくさんの人を殺してきたから殺しに対しての抵抗がなかったのだ。多分。
---でもさっきの警官たちが罪のない子供とか言ってたな。
まあ今の僕じゃ何を考えても真実にはたどり着けないだろう。記憶がないのだから。
「・・・よし。」
ここにいても他の警官隊がきて取り押さえられるだけだ。ならばここから離れたほうがいいだろう。現在位置はさっきの部屋の扉の前、左右に長い廊下が続いている。建物の構造が分からない以上、勘で行動するしかない。
記憶をなくす以前の僕がどういう存在なのかはわからないが今の僕は確実に命を狙われている。その理由も知らずに死ぬ気は今の僕にはない。当面の目標は何とかここから逃げのびて自分が狙われる理由を突き止めることだ。
しかしここはどこなのだろう。金属製の床や壁を見たところ、何かの工場なのだろうか。窓は一切ないため、周りがどうなっているかもわからない。いや、地下という可能性もあるのか。
「とりあえず、慎重に見て回るか・・・。」
さっきの部屋でものを調達することも考えたが、あの部屋に戻るのは気が進まなかった。あの爆発で死んだ者はいるのだろうか。
さっきの部屋を出て、とりあえず廊下を左に進んでいるとT字路に突き当たった。突き当りの壁にはこの建物の案内図が貼ってある。
全体を見ると地上階が3階まで、地下は5階までと地下に長い建物のようだ。
「次世代生物研究所・・・?」
この建物の案内図にはそう建物名が記してあった。
「いや、まさかな・・・。」
何か嫌なものを感じつつとりあえず自分の行動のプランを建てる。現在位置は地下4階の、物置などが集まるフロアのようだ。先ほどの部屋も物置だったらしい。
「1階にはさっきの警官たちの本隊がいるんだろうな・・・いや、ここや他のフロアにいる可能性もあるのか。」
その割には静かだ。さっきのような重装備の警官たちがこの金属の建物を音を立てずに移動できるとは考えにくい。
「地下5階が研究区画なのか。」
普通に考えればとりあえず地上に出ないことには脱出はできない。しかし次世代生物研究所の研究区画・・・気になる。すぐそこに階段があるようだし、少しだけ見てみたい。大体、この状況では恐らく一階からの脱出は不可能なのではないか。
「行ってみるか。研究区画。」
慎重に辺りを見渡しつつ、階段を下りる。しかし、やはり警官は一人もいないようだった。二回ほど踊り場をはさみつつ下りた先は、頑丈な鉄扉によって侵入を拒んでいた。扉の横には手をかざすのであろうセキュリティ端末がついている。
ダメもとで手をかざしてみる。
開いた。
「え?」
何者の侵入をも阻むような鉄のスライド式の扉はあっさりと開いた。
「・・・。」
状況がわからない。なぜ俺の手で開くのだろう。
俺がこの施設の管理者なのだろうか。
とりあえず中に入ってみる。すると扉は重々しい音を立てて閉まった。
中はさっきの部屋よりは若干手狭な感じだ。いくつものモニターが様々な数字やグラフを映し出している。右にはさらに扉がある。それらを見ても特に思い出すことはない。
「ん・・・?」
一つの机の上に花瓶や文房具、黒いクワガタのようなスタンガン、そして書類の束があった。その束の一番上の紙には㊙のマークとともにこう書かれていた。
ネンジン計画立案書
「ネンジン・・・。」
その言葉には聞き覚えがないのになぜかしっくりくる。とりあえず紙をめくってみる。そこにはこう書かれていた。
この計画によって産み出されるネンジンとは全ての生物の頂点に立つ、次世代の生物。人間の次なる進化の先である。ネンジンは体内の体液を思うままに操ることができる。体外へ出た体液はネンジンの意思一つでネンと呼ばれる元の体液とは全く別の性質をもつ液体へと変化する。ネンの性質はネンジンによって違いがある。ネンジンはネンによってほとんど万能の力を得ることができる。知能、運動能力、回復力、その全てが人間とは比べ物にならない。ネンジンへと人類を進化させることで、我々人類はこの世界における神へと近づくことができるだろう。
「は、ははは・・・。」
話が壮大すぎて乾いた笑いしか出てこなかった。手から書類の束を取り落したがそんなことはどうでもよかった。
つまり僕は、人間の次なる進化の先。万能の神にも等しい存在、ネンジンだったのだ。
机の上にあったペンを掴み握りしめる。そして一気にもう片方の手に突き立てる。
「っつ・・・!」
左手に激痛が走り、血が流れる。貫通はしていないようだが、ペンは刺さったままだ。
しかしこれで終わりではない。左手から流れ出る血に意識を込める。
「あ、あ・・・。」
地面へと滴る血は先ほどの涙と同じように、意思を持ったように鎌首をもたげた。腕を曲げることや、瞬きをするのと同じだ。血は完全に体の一部と化していた。
ネンジン。俺は人間ではない。この研究所で作り出された化け物なのだ。
「う、あ・・・あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!」
自分が人間ではない。それを知った瞬間、全てを理解した。先ほどの警官たちの帯びていた使命も。
認めたくない、恐怖、悲しみ、怒り、それらの感情は絶叫となって身体からほとばしった。まるで獣のようなその絶叫は研究室を震わせるほどに響いた。




