意外な飯田くん
今回朝倉さんは出てこないよ。
朝倉さん好きな人ゴメンね。でも朝倉さんより可愛い(?)人が出てくるから。
大学生というのは意外に集団で動かないものでよく見る大学生の団体というのは彼らの生活の中の一瞬の澱みのようなものである、と僕は思う。
本当に仲良くやっているのなんて二、三人だろう。時々集まったときにそれなりにやれば人間関係などなんとでもなるのだ。よって、大学生だからといって張り切ってあっちこっちに友人を作るのはその後のことを考えるとなかなかにしんどいものなのである。
こんなことをいうと僕が孤独を決め込むひねた奴だと思われるかもしれない。実際、僕にはあまり長いこと一緒にいる友人はいない。というか、無理して作る必要も無いかなと思っている。
しかし、今みたいに講義中30分も遅れてやってきたにも関わらず、堂々と講義室の前の扉から入ってきて隣に座らせくれないかと頼んで来る飯田くんみたいな知り合いはいる。
「いやぁ、悪いな相田。起きたらもう講義が始まる時間でな。行くべきか、行かざるべきか悩んだけどな?」
悩んでる暇があったら来いよ、と僕はツッコミを入れたい。しかし、目の前のモミアゲを刈り上げた茶髪に真っ赤なアッシュを入れたヤンキー風の男にはとてもじゃないが無理だ。
「それで、結局なんで来る気になったの?」
僕は教授に聞こえないように細心の注意払って飯田くんに尋ねた。
「いやな? 今日天気めちゃくちゃいいじゃんか。カーテン開けたら抜けるような空でさ。あ、これ散歩しないと後悔する。と思って散歩のついでにここまで来たってわけよ」
教授が明らかにこっちに視線をくれている。これ以上はお説教の可能性がある。僕は人差し指を唇に当て、静かにするように飯田くんにサインを送った。飯田くんもこちらのサインの意図を理解してくれたのか喋ることをやめてくれた。代わりに何やらルーズリーフに書いている。筆談でもするのだろうか。教授も飯田くんが喋るのをやめるとこちらを凝視することをしなくなった。
飯田くんが真面目に板書してますよという顔を崩さぬまま、僕の方に一枚ルーズリーフを滑らせてくる。一体何だというのだろう。中学高校の授業中じゃないんだから……
「りんご?」
思わず声が出た。幸いにも教授には聞こえなかったらしく、講義は続いている。僕はもう一度ルーズリーフを見る。紙の左上にやけにデフォルトの上手いりんごの絵が書いてあるのだ。更にその横には矢印があり、次の絵を催促しているのだ。僕は飯田くんの方を見る。
飯田くんはいい笑顔をしたまま前を見ていた。ほんとにこれじゃあ中学生みたいじゃないか。正直この講義にいまいち興味が湧いていない僕はしょうがなく飯田くんの絵しりとりに付き合ってあげることにした。ほんとに、仕方なくね。
僕はゴリラを描こうとして何回か消した後、旗と穴を描いてゴルフを描いたことにして飯田くんの方へ滑らせた。
飯田くんは遅れてきたから隣の人に板書を移させてもらっているんです的な顔で紙をみた。一瞬飯田くんの口角が上がったのを見逃さなかった。下手で悪かったね。
僕は飯田くんと絵しりとりをして一つ発見したことがある。飯田くんは絵が上手いということだ。例えば最初に僕が描いたゴルフに対して、飯田くんは服を描いて寄越してきた。これが単なる服でなく少し小洒落たフリルなんかが付いている女の子が着ていそうな服なのだ。僕は意外に思いつつも、ようしそれならば僕も一つ気合を入れて描いてやろうとしばらくの間クラリネットを描こうと必死になっていたが諦めて辛うじてくまと分かるものを描いて妥協することにした。
授業はいつもより早く終わったように感じた。絵しりとりは僕が目玉焼きを描こうしたところで終わった。ルーズリーフを見返すと飯田くんの絵だけ切り取って他は焼却処分したい気分になった。
「いやぁ、なかなか難しかったな」
嫌味かよ。いや、確かに下手ですけども。
「飯田くんは絵うまいんだね。練習とかしたの?」
僕も若干刺のある言い方で飯田くんに尋ねる。
「そうだな、ちょっと絵を描いてくれって頼まれた時があってな。その時に」
飯田くんが絵を描かなきゃいけないってどんな状況だよ…… てか、すごいよ、描かせたやつ。
「よし、相田。ちょっと付き合え」
僕は正直帰って読みかけの本を読みたかった。しかし、僕に飯田くんの誘いを断る度胸は無い。がんばれよ、俺。若干嫌そうな僕の顔を見つけると飯田くんは口角を上げて歯を見せて笑った。
「相田、今日はさんきゅーな。今度昼飯でも一緒に食いに行こうな」
「いいよ。僕だって時間潰せたんだし」
「お前、意外に悪いやつだな。お固い奴かと思ってたぜ」
それは、こっちのセリフだと危うく言いそうになるが堪える。そんな風貌であんな可愛らしいカメを描かないでほしい。不覚にも悶てしまった。
「まぁ、ぱっと見で決めちゃいけないよな。俺だってこんな格好してるから結構誤解されて面倒だし」
結構ではなく殆どの間違いだろうに。それよりも、服装に関しては自覚あるんだ。僕は若干飯田くんの迫力に慣れてきたのか思い切って訊いてみる。
「飯田くんの服装って、その、かっこいいよね。どこで買ってるの?」
「おう、分かるか。このカッコよさが。今日は絵しりとりに付き合ってもらったからな。特別に教えてやろう。これ実は俺が作ったんだ」
思わず笑ってしまった。ちまちまと大きな飯田くんが裁縫をしている姿を想像するととても滑稽に思えた。そして少し可愛いのはずるい。絵も頼まれたから描けるようになったのなら、服もそうなのだろうか。
「笑うなよ。まぁ、確かにちょっと変かもしれないのは俺自信自覚があるからな。いいんだ。でも、いま、着てるみたいな奴だけじゃなくて妹に着せるための女の子っぽいやつも作れるんだからな?」
ほんとに畳み掛けてこないでほしい。別に作っている服の種類が変だってわけではないのに、そこで妹のために服を作っているなんていう情報はただ僕を笑わせに来ているとしかおもえない。
「飯田くん、別におかしいのは、そこじゃないんだよ。てか、飯田くん妹いるんだ、やさしいん、だね」
「まぁ、妹が最近ませて来てな。少し注文が多くなって大変だが可愛い妹の頼みだからな。一生懸命作ってるぞ」
飯田くんは誇らしげな顔をして、今まで作った服の画像を一つ一つ解説付きで見せてくれた。どれも妹への深い愛情と飯田くんの底知れぬ情熱が伝わる解説だった。飯田くんは熱っぽく最新作のフリルの大量についた服の説明を終えると、僕の手を急に堅く握ると、
「最後まで解説を聞いてくれる奴は少ないんだ。ありがとうな。今度、リクエストをくれ。俺が作ってやる。なに、任せろ。お前に似合いの最高にクールなやつをプレゼントしてやるから」
と、勝手な申し出をしたかと思えば素早く荷物をまとめてこちらへ親指を立てて、
「じゃあ、早速構想を練りたいから俺はこれで。今日はほんとにありがとな!」
と、教室から消えてしまった。僕はあっけに取られながら飯田くんの大きな背中を見送った。
どうやら、飯田くんの言うとおり人は見かけによらないのかもしれない。
まぁ、飯田くんは意外すぎるけれど。
いや、飯田くん。ギャップ抑えてるわ。自分で考えてる飯田くんがいまいちうまくアウトプットできてない感じだけどそれは次回がんばろう。
それと、相田。お前誰が相手でも圧倒されっぱなしじゃねえか。
次回は頑張れよ。