俺とサンタとクリスマス
サンタよ。おいサンタよ。俺はお前を恨むぞ。
確かに、「彼女欲しいなー」とは言った。「プレゼントは彼女がいいなー((チラッチラッ」とも言った。
ええ、言いましたよ。言いましたとも。
だけど、それはあくまでただの愚痴だ。誰も今すぐ叶えてくれなんて言ってない。
午後十一時、都内某所。
俺は、ベランダのあるものを見て、立ち尽くしていた。
と、いきなりだが、ここで考えてほしい。
バイト帰りにぽつりと吐いた言葉が、自宅の、しかもベランダで現実になったら、どう思う?
準備もクソもないだろう。夢かと思ってほっぺた千切れるくらい引っ張るわ。
「Hey!メリー・クスリマース!」
そんなことが、今俺の目の前で起きている。
赤ベースに白いボンボンの帽子。
真っ赤なコートに、相反する真っ白な袖口。
大きな袈裟袋を担いで、ニコニコと笑っている。
ただ、その目はどこか虚ろで、狂気以外の何も感じなかった。幸せそうな表情とあいまって、いよいよアブナイ人って感じがする。クリスマスもクスリマスって間違えてたし。
「私サンタクロースと言います!あなたの願いを叶えに来ました!」
何を隠そう、彼女がサンタクロース。
子ども達に夢や希望や未来を運ぶ、みんなのヒーローだ。
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どうしてこうなったかって?
こっちが聞きたい。
ツッコみたいところは沢山あるが、まずはベランダにいる時点でおかしい。登ってこれることも凄いが、この寒い中マンションの四階まで登ってくるのは正気の沙汰ではない。窓には鍵がかかっていたので、必然的にここには外からしか入ることができないのだ。
おまけに、ド派手なサンタコスチューム。いくら今日がクリスマスだからって、そこまで目立つ格好をしてベランダに登るのはただのキチ○イだとしか考えられない。
「……あ、もしもし警察ですか?」
「待って待って!呼んだのはあなたじゃないデスか!」
市民の公僕警察さんに電話をかけていると、突然不審者が慌てだした。
「何ですか。これ以上近づくと暴行罪で訴えますよ?」
「私何もしてないんデスが⁉︎」
「そんなこと知りません。第一、何勝手に人んちのベランダに入ってきてるんですか。塩かけますよ」
「私は幽霊とかナメクジじゃないデス!」
「性別は?」
「♀デス」
「年齢は?」
「だいたい三世紀デス」
「職業は?」
「サンタクロースデス」
「あ、もしもし警察ですか。何度もすいませんね」
「だから待ってくださいってば!」
いやいやいやいや。
怪し過ぎるだろ、こいつ。
【年齢:三世紀】って何?遺跡か何かか?
職業も【サンタクロース】とか。あんたが運んでるのは夢や希望じゃなくてただの狂気だろう。
言葉もどことなく片言だし、まだまだ怪しい要素がてんこ盛りだ。
「私、みんなを笑顔にさせるためにここに来ました!で、たまたま空を走っていたら、いかにも不幸そうな方がいたので、つい……」
「いや、『つい……』じゃねぇよ‼︎
なんだ?俺がそんなに恵まれてなさそうに見えるのか⁉︎」
「はい。そりゃあもう。不幸オーラが滲み出てますよ」
「死ね!三回死んで一回蘇って十回死ね!」
「何回苦しめばいいんデスか!折角あなたが『彼女欲しいなー』とか言ってたから来てあげたのに!」
……え?
えっと。
……え?
「なんで知ってんの?」
「そりゃあなたが願ったからに決まってるじゃないデスか!夢を叶えるのはサンタさんの仕事デスよ!」
「どこで盗み聞きしてた」
「だーかーらー!そんなみみっちいことしませんって!」
うそーん。
だが、今思い返してみると、確かに誰もいなかった気がする。いや、もし偶然聞いていたとしても、住所も知らないのにこんな短時間で来れるはずがないのだが。
ということはつまり……。
「……本物?」
「本当デスって!体賭けますよ!」
「いや、別に賭けなくていいけど。しかも、普通そこ命じゃね?」
「命は嫌デス!もし何かあったら殺されちゃいますもの!でも体だったら相手も私も気分がよk((」
慌てて耳を塞ぐ。
説明かと思ったら、いきなり猥談かよ。
どうやら今どきのサンタさんは、とんだクソビッチだったようだ。
スタイルいいし、結構美人なのに、もったいない。
その後、サンタは俺のことなどまるで気にせずに喋り続けた。どれも健全な少年少女には聞かせられないようなものばかりで、少し気が重くなった。
しかし、本物か。
おとぎ話の中だけかと思っていたが、実在したとは。
正直、まだ信用できないが、あの俺の呟きを知っているのだ。信じるしかあるまい。
はっきり言って、イメージも全然違かった。
俺が想像していたのは、長い白ヒゲをのばしたおじいちゃんだった。
それがどうだ。今ここにいるのは老人どころか、もはや男でもない。
……ただのビッチだ。
「終わった?」
「あ、待ってください。あと三十章くらいあるんで」
「そんなに聞いたら淫乱が移りそうだからやめとくわ」
「私、こう見えても清楚キャラで通ってるんデスよ?そんなこと言うなんて酷いデス」
「じゃあお前が運んでるのはあれか?夢や希望じゃなくて淫夢や色欲か?」
「あ、中々うまいこと言いますね。はい。座布団一枚」
「うまくねーし、いらねーし」
先の事から約三十分。
こんな感じがずっと続いている。
俺はもう風呂入って寝るだけなので、別にいくら遅くなってもいいのだが、この女は帰らなくていいのだろうか。
と、ここで、一つの疑問が浮かんだ。
ーーなんでこいつ、俺んちに居座ってんだろう。
「あ、今もしかして、『なんでこいつ、俺んちに居座ってんだろう』とか考えましたねー?」
「寸分違わず答えられるお前は超能力者か」
「教えてあげましょう!私、あなた様の夢を叶えるため、ここに住むことにしました!イェーイ!」
「はぁ⁉︎」
「とーぜんデス!彼女ですから!」
「ふざけんな!プライバシーの問題やら近所付き合いの問題やらetc……はどうなる⁉︎」
「大丈夫デス!彼女ですから!」
「……今度はどこに電話してほしい。警察か?病院か?それとも保健所か?」
「保健所だけは勘弁してください!私ワンちゃんに襲われちゃいます!」
「テメェの脳内はいつもそういう発想しか出てこねぇのかよ‼︎」
頭ん中がいつもお花畑のサンタには、常識や言語がうまく伝わらないらしい。もしかして、男食らいの奴らはみんなこうなのだろうか。
だとしたら怖い。何言っても全く聞く耳を持たなそうで怖い。
「あ、でもちょっと仕事とかは出ますよ?私、普段もちゃっかり働いてるんデス!」
世界ビッチ選手権おとぎ話代表は豊かな胸を張って語る。
ゴソゴソと、持ってきた袈裟袋から取り出したのは、何やら怪しい白い粉。だった。と思えば、錠剤や漢方薬のような物もある。
「……ごめん、すっごい嫌な予感するけど、これ何?」
「幸せになれるオクスリデス☆」
あー。
ダメだ。
終わった。
これ誰かに見つかったら、共犯者って形で絶対捕まるわ。
アンナカだわ。
危険ドラッグだわ。
しぇしぇしぇのしぇーだわ。
「一つどうデスか?とってもハッピッピーになれますよ?」
「吸ったんかい。飲んだんかい。使ったんかい」
「これ使うととっても気持ち良くなるんデスよ、言葉じゃ説明出来ないくらいに!」
「あなたの目が虚ろなのはそういう理由なのね」
「ふひひひひ、ふひひふひ、ひひひ」
「お巡りさーん。もしかしたら僕今日殺されちゃうかもしれませんよー。いいんですかー」
「大丈夫デスよ。ちゃんと理性は保てますから。
……………多分」
「いや、今『多分』って言ったよね?確証無いんだよね?」
「き、気のせいDeath!」
「そうかー、じゃあ君の『デス』が『Death』に変わったのも気のせいかー」
「さ、さぁ?なんのことDeathか?」
「ほらまた!」
こんなんで大丈夫なのか。本当に先が思いやられる。
今ここで「お引き取り下さい」と言ってもいいが、それをするといよいよ何をされるかわかったものではないので、もう放置だ。
「あ"ー、頭痛い……」
力尽きてその場に倒れこむ。色々とツッコミ過ぎた。もう風呂に入る気力すら出ない。
このままでは(性的に)男性喰種の格好の餌食だが、果たして抵抗できるだろうか。
そんなことを考えていると、間の悪いことに、今までなりを潜めていた睡魔が満を持して俺を狩りにやってきた。
やめてくれ、おれのHPはもうゼロだ、と意識の中で叫ぶも、慈悲をかけることはしてくれないようだ。ついに俺は眠りの中へと堕ちていった。
「あ、じゃお風呂いただきますね」
その最中、最後に聞いたサンタの声が、なぜか頭に残っていた。
☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆
目蓋を刺す陽の光。
一瞬顔をしかめて、ゆっくりと目を開けた。
朝まで寝ていたようだ。
ベランダではスズメがさえずっている。
時計を見ると、もう八時を過ぎていた。今日が日曜日でなければ、今頃俺は慌てふためいているだろう。
そういえば昨夜は何か大変なことがーー
と、そこまで思い出して、ハッとした。
そうだ。
うちには今、大魔神が居候しているのだ。
寝ぼけていた脳が一気に目覚める。
すぐに立ち上がり、グルグル辺りを見渡す。
キッチン。
リビング。
バスルーム。
ベランダ。
誰もいない。
「……よし」
やはり夢だったようだ。
よかったよかった。
ま、でもそりゃそうだよな。ドラッグマスターのサンタさんなんて、聞いたことがないもんな。
もしあんなのが居たら、いずれ俺もあいつと同類になっていたかもしれない。
さて、ひとしきり安心したところで、もう一眠りしようかーー
……そう、寝室の戸を横に開けた時だった。
暗闇に蠢く影。
何かいる。布団の所に。
刺激しないようにゆっくりと回り込む。幸い向こうは気づいていないらしい。
さてさて近づいて見ると。
顔はちょうど昨日の夢のサンタくらいで、
服はちょうど昨日の夢のサンタくらいで、
時折寝言で聞こえる声が昨日の夢のサンタみたいな女が、横たわっていた。
「ユメジャナカッタ」
サンタさんだ。
年内の仕事を終えてリラックスしてる、普段は見られないサンタさんだ。
わぁー。すごいや。レア物だー。写真撮ってネットに上げたら売れるだろうなー。
「……じゃねぇよ‼︎」
ユメジャ、ナカッタ。
昨日のベランダでの出来事も、幸せになれる薬を配っていることも、そして何より、俺の彼女になると言っていたことも、全て現実だった。
なんてことだ。
やばいやばい。目を覚ます前にどうにかしないと……。
「んぅ……あ、おはよ……」
「\(^o^)/」
はいお疲れ様でしたー。
さぁ、サンタ選手、一体どんな狂いっぷりを見せてくれるのか!
いきなり飛びかかってくるか⁉︎
こっちは臨戦態勢だぞ!かかってこい!
それとも隙をついて不意打ちが来るか⁉︎
もし来ればそれはキツイぞ!常に状況を頭に叩き込むんだ!
「起こしにきてくれたの?優しいね」
「……?」
なん……だと?
あの○チガイサンタが普通の女の子になっている⁉︎
いやいや、そんなことありえない。ありえるはずがない。
初対面の人にいきなり猥談仕掛けてくるような女だぞ?
どうせあれだろ、清楚系ビッチとか言うやつだろ。可愛い顔してさらっと淫語吐くんだろ。
「気持ちいい朝だね。朝ごはん作るから待ってて?」
「……誰?
あ、さては新しい手法か!そんなことしたって、俺は騙されないぞ!」
「何言ってんのさ。熱でもあるんじゃない?」
「う、うるさいやい!そうやって、俺を油断させて後でゆっくり頂こうっていう魂胆なんだろ⁉︎俺の貞潔食われてたまるか!」
「てい……けつ?何それ?美味しいの?」
「ごるぱァ!」
「だ、大丈夫⁉︎」
なんと言う……なんと言ういい子だろう。
昨日のあれが嘘のようだ。一体何があったのか。
テンションの針が一周して逆にローになっちゃったか。
「なんか私、昨日の記憶が無いんだよ。だから何してたか覚えてないんだ」
「酒飲んだ?」
「どこに空き缶があるのさ」
「頭強く打ったとか」
「うーん、覚えてないや」
「じゃ教えてやろうか?お前が一体何してたか」
「ごめん、さっきまでの反応でだいたい予想できるからいい……」
よろしい。
俺もこっちの方が全然いいと思っていたところだ。ちょうどよかった。
昨日も思ったが、こいつ意外にスタイルよく、おまけに美人さんだ。このまま牙を抜かれた猛獣でいるといいのだが……。
「ところで、今更だけどさ、私って、誰?」
「へ?」
あれあれ。
なんだか話がおかしな方向に走ってきたぞ?
「……記憶無いの?」
「全く。あなたの事も覚えてません」
「じゃなんで『朝ごはん作るから待ってて』なんて言った?」
「なんとなく。だってここに私がいるってことは、その……あなたの彼女なんでしょ?私」
本当は、はいそうです、言いたかった。
あなたは俺の恋人で、ずっと前から付き合っていたんです、と。
でも、悲しいかな、今まで女性経験というものが皆無な俺には、そんな嘘をつけるほど強くなかったらしい。
「ごめん、違うんだ。君は俺なんか相手にしてるほど暇な人じゃない」
「じ、じゃ私はなんで……」
「君の仕事は夢を運ぶこと。君が来るのを待ち望んでいる子ども達がたくさんいるんだ」
「……」
「だから、嘘はつけない」
しばらくの沈黙。
少し強く言い過ぎただろうか。
しかし、これも彼女のため。仕方ない。
それにしても、まだサンタは俯いたままだ。ちょっと心配になってきた。
その時。
「……ぷっ……ぷふっ……あははははははっ!」
サンタが腹を抱えて笑いだした。
それはそれは、気が狂ったように。
「騙されましたね!私の策略に乗ってくれてありがとうございます!この鈍感!」
「て、てめぇ……謀りやがったな……」
猫かぶってやがった。
「待てコラァ‼︎一回なんかしねぇと気が済まねぇ‼︎」
「あ、朝からですか?お盛んですね!」
「やっぱりお前はそっちの発想しかできねぇのか⁉︎」
「しょうがないですね、じゃ今日一日あなた専用のお人形としていてあげますよっ」
「上等だゴルァ‼︎やれるもんならやってみやがれェ‼︎」
俺とサンタのデコボコ生活。
はたから見れば、「チッ、リア充が」とか思われるかもしれない。
勘弁してくれ。俺だって後悔してるんだ。
「何とかしてテメェをぎゃふんと言わせてやるからな‼︎」
「今どき『ぎゃふん』とかwww」
「ウルセェェェェ‼︎」
全国の非リア諸君よ。
間違ってもクリスマスに恋人なんて頼むなよ。
俺みたいになるから。
「プレゼントが彼女とか、シャレになんねぇ‼︎」
「ぎゃはははははは!」
俺のクリスマスは、こいつが去るまで続きそうだ。