守るということ
ああ、なつかしい。
いつの頃だろうか、あれは。
私の瞳がまだ紅かった そう9歳の春
あの時私は無敵だった。
「…御門」
馴れ馴れしく、冷たい響き。
忌み嫌うように避けた白髪。
二度と背中を預けないと誓った、彼。
「…水面…屍 、二段」
水面 屍 二段。
カオスゲーム階級に基づく
いわゆる トッププレイヤー である。
「二段とか やめなよ
コンビ組んだ仲でしょ?」
音なく近付いて。私の髪を撫でる、貴方。
紫色の嫌悪感が食道から湧き出てくる。
「ちっとも変わってないね、屍
その殺気…私じゃなければ皆動けないわ」
「そんな奴らどうでもいいでしょ。
相手するだけ無駄なんだから
膝まづいて息絶えてればいいんだよ」
睨んだ相手はニヤリと笑う。
掴まれた髪束を根元からバッサリと切り捨てる。
舞った緋色と金の髪が全魂付きの叫びとなって
私の体をめぐりゆく。
「…イオ…なおして」
真緑色の楓ピンが痛みを帯びたような顔で
私を見つめ、
混沌のひずみにいるかのように
彼を睨んで現れた。
赤子を抱き上げる様に優しく私の髪に触れ、
〝時の精霊よ 私の意志に従い
我が主をよりしろに その力を表せ〟
と、呟くように言った。
イオ・ティターニア。
〝時の神 クロノス〟の血を引く神類の魂だ。
その力は強大で〝再生〟を元に
〝存在〟すらもこの世から消しされる。
〝…あの男の…存在も…〟
唇を噛み、顔を歪ませ、私に言いかけた言葉。
「…ありがとう 戻りなさい」
私の髪。
何度でも、元に戻る髪なのに、
だと 私はもう思えない。
彼女たちにとって私の髪の毛一本だって
誰かに傷つけられることは万死に値する事なのだ。
「…イオ・ティターニア……かぁ。
美人だよねえ、あの子」
ニコニコとして私に言い放つ男。
私は、この男が嫌いだ。
残酷で冷酷な性格も、
人を見下したその笑いも、
私が、守りきれないものを持っていることも。
この男は、私では守れないし
共に私を守ったりもしない。
ひとつ前の大会ならば、それでよかった。
目的としてはパートナー以外を皆殺しにする事で
私を殺せない彼を、私が殺せない彼を、
をパートナーにするしか無かったからだ。
「コンビなら組まないわよ。
この大会は紅白戦で
味方を殺してはいけないと言うルールはないし
今すぐあなたを殺してもいいのよ?」
きっと、彼は見ていただろう。
私に潰れた一人の剣士の末路を。
あのにやけ顔で、あたかもそうなる事が
予想できたかのように。
「…俺達は特別なんだよ。御門
特別と普通は相容れないんだよ。」
特別。そんなことわかってる。
七年前の、私は、貴方より強かったハズだから。
「俺と行こうよ。御門
俺ならお前と生きて行ける」
這うように私に絡みつく声色。
ああ、貴方より強くなりたくて。
仕方がなくなる。
守られない貴方なんて要らないんだ。
守らないなら仲間なんて邪魔なだけなんだ。
「俺がお前を守るよ 御門」
衝撃。
稲妻が体を走る感覚。
「…屍、あなた」
「わかってるよ
御門に必要なのは守る存在だろう?
お前は守ることに生きる意味を重ねてるけど
俺がお前を守るから」
私が生きる意味なんて、
七年前の、あの日どこかに無くしたはずなのに。
すべてが出来るということは、
すべてが出来ないということに、
私はもう気付いてしまっていたのに。
「俺がお前の生きる意味になるから」
そう言うと彼は、
俺も生きる意味を失ってたと言った
だけど 死にたいように戦う私を見て
俺の生きる意味になると思ったらしい
そしていつとのいけ好かないにやけ顔で、
こうなることはわかってたよ、と、言った。
『それでは第十回カオスゲームカウントダウンを始めます
その前に最前線情報です。
紅軍最前線がペテロの砦に2人
前大会優勝者 一段現クイーン朝霧 御門様
同じく前大会優勝者 二段 水面 屍様
白軍ミラノ城に300人
主客として第三回大会七位 五段 キュア様
同じく主客として 前前回大会五位 ネオ様です。
それでは…これより
第十回カオスゲームスタートとします!』
ピポーン♪
タイマーが解除され、消滅する。
「…ミラノ城を堕とすわ
夕凪 相手側の行動を5.0レーダーで探索して。
ミオ!」
ミオ。ミオ・ジンタニア。
酷使天使最速の女天使だった。
いつでもその羽根で空を飛び回り、
そしてとても美しかった。
彼女は死して尚飛ぶ事を望んだ。
だけど魂だけの彼女が世界の中で飛ぶ事は
そう長くは続かなかった。
悲しさや悔しさ、未練という黒いものが
自分を包む感覚に彼女は溺れかけていた。
そんな時出会ったのが私だった。
私は 一緒に来て欲しい と言った
だけど彼女は、殺してくれといった。
こんな自分は嫌だ、と言った。
殺したくない、と私は言った。
あなたの本当を聞かせて、と言った。
彼女は、自分の意志で
自分の言葉でこう、つぶやいた。
もう一度…空を飛びたい…
彼女はそれから私の右目下タトゥーとして
魂付きのアクセサリーに分類されている。
「私の羽根となり私と空を舞え!」
〝はい 御門様!
貴方と空を飛べること 光栄ですわ!〟
そう彼女は言うと
半透明の体を反転させると、
私の背中に口付けた。
ヒカリ。
私の背中に真っ白な翼が現れる。
「……皆殺しよ 敵全員ね
私が屍と このゲームの王になる」
せめて一撃で殺してあげたい
せめて苦しまないように
せめて痛みを感じないように
そんな私の考えは
どこかに忘れてきてしまったのだろう
きっとあの砦らへん
もう 戻ることができない場所
『報告します
ゲーム開始から2時間
最前線であった ミラノ城が崩壊
300人の白軍、全員死亡。』