二
どれほどの精神的な打撃を受けようとも、いつまでもただ蹲っていられるものでもない。そのうちに、どうしたって飽きる。つまりは時間さえ経過すれば、それなりに立ち直れるものなのだ。ハインリヒもその例外ではなかった。
彼の激情は長続きせず、常日頃の平静がひっそりと戻って来た。その底には癒やされぬ傷口が残ってはいるのだが、日常という平和がそれを癒やさずとも覆い隠してはくれる。
ハインリヒが飛び込んだ書庫は昼間にも関わらず闇に覆われていたが、徐々に目が慣れるに従って、彼の前には見慣れた本棚の群れが姿を表した。その全てに少しずつ古の書物が収められている。
だがその本棚たちは、それぞれ形も色も違う寄せ集めだ。これはこの国が最近まで、書物の収集に積極的ではなかった証拠であった。
だが実のところ、古代書の収集を行っている国は殆ど無いと言える。文字が廃れたわけではない。だが現代文字ですら忌避され扱いに慎重が期される中、更に嫌悪感を抱かせる古代語で書かれた物を好きこのんで集めるのは、変人たちだけだと相場が決まっていた。
そのおかげで、この書庫を作ったキュマニス王女は、元から芳しくなかった評判を更に落とすことになったのだ。彼女のその「悪趣味」の影響で、ハインリヒは職を得ることが出来たのだが。
本棚の間を歩きながら、ハインリヒは棚に収まった一冊一冊の背表紙にそっと触れた。そのどれもが長い長い年月と、この棚に収まるまでに味わった風雨とのせいで、すっかり痛み、辛うじてその姿を保っているに過ぎない。今にも壊れ、本という形状からただの紙に戻ってしまいそうだ。
これらの書物の中には、失われた古代の知識が詰まっていると言われている。そう主張する連中は、遠い過去には現在よりもずっと繁栄を極め、今とは比べものにならないほどの技術を誇った人間たちが地球上を統べていたと唱えている。
だが古代語を読める人間自体が少なく、その希少な者ですらカタコトの域を出ない現状では、彼らの夢見がちな主張は根拠を欠いていた。
だがきっと、それは事実に違いないとハインリヒは考えていた。彼の操る古代語も例に漏れず貧相極まりないのだが、彼には別の証拠があった。それは過去の遺物だ。
ハインリヒが背の低い本棚の上に載せた器具に、手を伸ばした。筒状のそれは「望遠鏡」と呼ばれていたのだと、彼を育ててくれた、そして今は行方不明の隠者は、かつて教えてくれたのだった。
隠者が装置の隣に広げた古書には、同一の物を示す絵が描かれていたのだった。この二つは同じ箱に収められていたのだと、隠者はハインリヒ(当時の彼はまだその名前で呼ばれてはいなかったが)に言った。恐らくは、その箱の発見者はこの隠者だったのだろう。
絵の周囲に書き散らされていた丸みを帯びた文字の意味は隠者にすら全く分からなかったが、使い方だけは分かった。
隠者は実際にその装置を使って、素晴らしい機能をハインリヒに示してくれたのだった。望遠鏡は名前の通り、遠くを望むことのできる装置だった。ずっと遠くのものが、まるで近くにあるかのように、はっきりくっきりと大きく見える。
隠者は誇らしげに、また同時に悲しげに言ったものだ。これはかつての技術、遠い遠い昔にはこんな装置は山ほど存在したのだと。でも今はもう数えるほどしか現存してはいない。これはその一つだよと、筋張った手でハインリヒに渡してくれたのだった。
だがハインリヒの心を真に捕らえたのは、望遠鏡の「望遠」機能ではなく、「鏡」そのものであった。ある日うっかり彼が望遠鏡を落とした時に、それは現れた。長い筒から転げ落ちたのは、透明この上ないガラスと、輝かしい鏡だった。それがこの不思議な過去の遺物の、正体であった。
ハインリヒは一瞬で虜となった。遠くを近くに呼び寄せる機能は所詮、視覚の遊びに過ぎない。だがこの透明なガラスと輝く鏡には触れることが出来るのだ。その差は、今よりもずっと幼かったハインリヒには重大であった。
彼は暇さえあれば、その二つを観察し続けた。そしてある日、気が付いたのだ。この二つは同一のものだと。透明なガラスの裏に薄い金属を張り合わせたものが鏡なのだと、彼は理解した。それは衝撃であった。何せ鏡と言えば金属鏡が常識であったから、それ以外の製法があるなどと想像だにしたこともなかったのだ。
思えばその日から、とハインリヒは回顧する、ずっとずっとガラス鏡に魅入られて来たのだ。
彼の足が止まった。本棚の列が終わったのだ。だが彼はそのまま向きを変え、棚の裏に回った。そこには、蓋のない箱が本棚に隠れるように並べられていた。その中に満ちるのは、ガラス屑。ハインリヒが一つつまみ上げたそれは、いっそ美しいとも形容されかねないほどに濃い緑色を呈していた。対して彼が望遠鏡から取り出した鏡のガラスは、曇り一つない透明。全く違う。
ハインリヒの唇が引き連れたように動いた。それは自嘲だ。
あのガラス鏡と出会った日から、彼はずっとずっと考え続けてきた。どうやったら透明なガラスが作れるのかと。その頃は単なる夢想であった。けれども今の彼は司書として王女から賃金を頂く身であり、また時間の都合も付くのであった。だから、さっそくガラス製作に乗り出したのだ。何度も何度も、何年も試行錯誤を重ねているのに、出来上がるのは、いつだってこの強い緑を帯びた屑ガラスなのである。最近は熱を帯びている間だけは透明な物が作れるようになったが、冷えると強烈な緑を呈する以上、何の成果にもなりはしなかった。
ハインリヒは手にしたガラス片を、強く箱の中に叩きつけた。ガラス同士が衝突する耳障りな音が生まれて、消えた。
ハインリヒは両手で顔を覆ってしまった。透明ガラスは、今やただ彼のロマン以上の存在となっていた。彼の念頭には、隣国シュトゥーベンベルグが生み出す白いレースがあった。
このノイベルグの貴族たちを魅了しては、毎年大量の金を国から奪い去っていくあの軽やかな贅沢品。禁じても禁じてもその魅力に抗えぬ輩どもは、抜け穴を生み出すだけだ。ならば禁止するのではなく、あのレースに比肩しうるほどに美しく金になる商品がノイベルグにあれば、良いのだ。そうすれば金の流出を抑えるどころか、大国シュトゥーベンベルグから吸い上げることすら出来るかもしれない。
透明なガラスだけでも価値がある。だがもしも、もしも望遠鏡内にあったのと同じガラス鏡が作れたならば、それは多大な金を呼び寄せる物となるだろう。あれほどに煌びやかで華やかな物を、ハインリヒは知らない。
彼はガラス鏡に、夢を見ていた。そこに未来を感じていたのだ。他者から蔑まれ、また己の身では未来を切り開けぬと知った彼の、唯一の希望であった。
だからこそ、ハインリヒは今まで自費を投じて研究を続けて来たのだ。だがその結果はと言えば、体中の火傷と、分厚くなるばかりの実験ノート、それから処分にすら困るほど大量に積み重なる緑のガラスばかりであった。
ハインリヒは一人、瞳を閉じていた。己の無力を思い知る。何も出来ない。蔑まれるのも当然なのだ、とさえ思う。
だがそんな諦観も、長くは続かなかった。彼は諦めるわけにはいかなかったのだ。無能なままでは、居られなかった。
彼の名、ハインリヒ、はキュマニス王女がくれた名前なのだ。しかも彼女が愛した、今は亡き兄王子のミドルネームなのである。この名前に恥じない人間になりたいとの思いは、ハインリヒの中から完全に消え失せたわけではなかった。それに何よりも、彼はキュマニスの役に立ちたかった。彼女のために、何かをしたかったのだ。
そんな気持ちが、何度でも何度でもハインリヒを、諦めの淵から引き戻すのだった。
一つ深呼吸をしてから、ハインリヒは本棚の方へと戻り始めた。かつて隠者が望遠鏡と一緒にくれた書物には、ガラス鏡の製造方法は記されてはいなかった。だがどこかにはきっとあるはずだとの楽観主義が顔を出していた。ここにはこれだけの書物があるのだから。
だがその楽観的な気持ちも、今が初めてではなかった。それでも今度こそとの希望を胸に、ハインリヒはもはや何度目かも分からない捜索を始めていた。背表紙に記された文字を睨み、これはという書物を選び出す。
だが彼の古代語の読解能力の低さを考えれば、それは実に可能性の低い賭けではあった。
疲れた目をこすりながら、ハインリヒは本の山に埋もれていた。
手に取ったそれらしい書物はどれも彼の語学力では歯が立たなかったのだ。あまつさえ一部の書物に至っては、そこに記されているのがハインリヒにも見慣れた簡単なアルファベットなのにも関わらず、これが皆目意味が分からないと来ている。一単語を示すにももっと多くのアルファベットが必要なはずなのに、妙に短いのだ。その上に、単純なけれども意味の分からない記号が挿入されている。これでは文章と言うよりも、もはや絵だ。これらが何を示しているのか、ハインリヒにはさっぱり理解出来そうにない。
ただ慰めは、豊富に入れられた挿し絵(それが驚くほどに精緻なのだ)だけであった。ありのままを写し取ったとしか思えないそれらは、彼の心を慰めた。しかしこれとて、彼には理解不能な代物であったが。
ハインリヒの吐いたため息に、本の欠片が舞った。長い年月を経た書物は脆く、捲る度に細かい破片を落としてはハインリヒの服を汚していた。
彼は一旦本を脇に置くと、立ち上がった。ぱたぱたと服を叩けば、その上で本の破片は踊り、床へと舞い落ちていく。その様は、少しだけ面白い。
ハインリヒは立ち上がったついでに伸びをした。そして周囲に視線を巡らせた。いくつもの本棚、その一つの上に置かれた望遠鏡。透明なガラスと、ガラス鏡。
隠者はかつてハインリヒに、望遠鏡は驚嘆に値しない当たり前の機器だったと言ったものだった。ならば、とハインリヒは考える、過去にはもっと高度で素晴らしい物が存在したのだろう。そしてそんな物を作れる人間は、とても素晴らしい存在だったのだろう。けれども、とハインリヒは首を傾げた。どうして彼らは消えてしまったのだろう。今では望遠鏡が驚嘆に値するほどに、我々の生活レベルは下がってしまっている。
その瞬間に彼は、視線の隅で何かが揺らめいた気がした。つられるようにそちらに目を走らせるが、何もない。
ほっと安堵だか落胆だかの息を吐きかけた途端に、今度は逆方向で何かが動いた。今度は確かに見えた、白い何か、だった。
ハインリヒは思わず一歩を踏み出し、そして己の服の裾を踏みつけて盛大に転んだ。本棚の間から、古書の山が彼を覗き込んでいる。文字、書物は悪神の支配下にある。そんな根拠のない(と今まで彼が思っていた)考えが、そっと耳元から吹き込んできた。
ふわり、と視界の真ん中を何かが、羽に見えた、横切った。今度も白、と思いきやそれは一瞬で色を変え、影と同化した。
妙に優美なその動きに、ハインリヒが憑かれたように飛び起きた。
彼は思いだしていた。いつかガラス鏡で光を反射させる遊びをしたことがあった。その時に見た光は丁度これに似た白色だった。そして光に目を焼かれた後には、瞼にこの黒とよく似た闇がもたらされたのだった。
右、左、また左と優雅に舞うその羽は、一瞬一瞬で色を変える。最初は白と黒の二色に限られていたのが、いつからかその中間色の灰色を加え、そして更にはもの足りぬと言いたげに赤、青、緑などの色をも表現し始めた。
ひらりひらりと舞うそれを、ハインリヒは憑かれたように追う。だがその追跡劇も短時間で終わりを迎えた。彼が羽を捕まえた瞬間に、それは突如数と色を増し、ハインリヒに襲いかかると同時に消え失せたのだ。
一瞬の色の洪水と、無音。呆然と立ち尽くす彼の前に、今や一冊の本だけが残されていた。斑に色の失せた革表紙の本。それはまるで先ほどの羽たちの成れの果てのようにも、また偶然棚から落ちただけのようにも思えて、判断が付かない。
それでもハインリヒは手を伸ばした。彼の脳裏には、ガラス鏡が反射した光と、その後の闇がこびりついていた。胸がざわめいて仕方が無いのだ。彼は期待していた。反射光ではなく、ガラス鏡そのものを得られる可能性があるのならば、彼は火の中にだって飛び込んだだろう。
期待にか恐怖にか、ハインリヒが鼓動を早めながら開いたその書物は、しかし極めて普通の古書に過ぎなかった。ハインリヒの肩から、力が抜け去っていく。
裏切られた期待に落胆しながらも、ハインリヒはその本を丁寧に読み解いてみた。もしかしたら何かしらのヒントが隠されているかもしれないとの、微かな希望がまだ彼の心の隅に残っていたのだろう。
ハインリヒにまず分かったのは、それが台本と呼ばれる代物だということであった。劇(彼は未だそれを見たことはなかったが)を演じるために、かつては前もって細かく台詞や身振りを決めていたらしい。彼の手の中にあるのは、それを記した一冊だ。この形式のものならば、ハインリヒは隠者と共に何冊か読んだことがあった。
懐かしさが落胆を上書きしていく。ハインリヒはその書物から目を離せなかった。題材は、と彼の指が必死に表題の上をなぞる、ファウスト、だ。この話のアウトラインならば、ハインリヒはかつて隠者から聞いたことがあった。
色あせた革表紙のその本は随分と痛みの激しく、何カ所も破れ、一部に至っては失われてすらいたが、それを補うべく夥しい数の補修が成されていた。どうやら破損の激しさの余りに、複数の本から無事なところを寄せ集め、一冊に纏めているようだ。この書物に対する、誰かの執念を感じさせる執拗さである。
そのせいで場所場所で文字の大きさも、その書体も色すらも異なり、実に読みにくいことこの上なかったが、かつての経験が物を言ったのかハインリヒはすらすらと読むことが出来た。先ほど全く歯が立たずに打ちひしがれていただけに、その事実がハインリヒに自信を与えた。
彼は意気揚々と、台本を読み進める。
曰く、思い上がった者には鉄槌が下されるもの、才能を与えられたにも関わらず、それを悪用し己の身の丈を越えたファウスト博士のことを天は(これは善神のことだろうとハインリヒは考えた)罰しようと試みた。
曰く、この世の学問に絶望したファウスト博士は、魔術師の友人から悪魔の呼び出し方を学んだ。そして闇夜に森まで赴くと、そこで二つの円を描き、もう一方の円にその二つを入れて、そして悪魔を呼び出した。
曰く、ファウスト博士は呼び出した悪魔メフィスト……(ハインリヒはここで綴りに難儀した。それにと彼は思う、悪神の手下と言えばヴォランドと相場が決まっているのに、このメフィ某とは何者だろうか? ヴォランドの配下であろうか)と二十四年の契約を結ぶが、メフィ某は長すぎると愚痴を言う。
曰く、メフィ某の力によってファウスト博士は何不自由なく暮らし、それどころか名声をも手に入れた。この世界にファウスト博士の名前を知らぬ者はいない。
曰く、ファウスト博士は二十四年目の契約終了の日を迎えるが、聖なる乙女に(おそらくこれは善神の比喩なのだろうと、ハインリヒは解した)招かれて、天上に迎えられる。
ハインリヒはぱたんと音を立てて本を閉じた。その衝撃にページが一枚、落ちた。そこには地獄行きを免れようとして果たせず、悪魔の手で四肢をバラバラにされ、脳漿を撒き散らした悲惨なるファウスト博士「だった」物の挿し絵が描かれていたのだが、遂に彼は気が付かなかった。風も吹かぬ密室にも関わらず、その紙切れはするすると本棚の下に滑り込んで彼の視界から隠れ遂せた。
そんな異変に気が付かぬハインリヒは、ただ静かに本を見詰めていた。斑に色あせた革表紙。まるで複数の革を寄せ集めたかのようだ。
彼の心に疑問が吹き荒れる。悪魔との契約、だがそれは恐ろしいヴォランドではなく、メフィ某などという無名の相手だ、その上、ファウスト博士は最後めでたく善神に許されるのだ。奢り高ぶりあまつさえ悪魔と結託までした者に対する処罰にしては、なんと生ぬるいのだろう。今自分がいるこの立場の方がずっと辛い、と彼には思えてならない。
ハインリヒは本を抱いたまま、しばらく静かに座っていた。おもむろに上げた目線が向かうのは、本棚の裏に隠された箱。彼が全財産を投じたものの、全くものにならないガラスの失敗作の山だ。
ふわりと、先ほど彼が見た不思議な羽の如き軽やかさで、仮定の想像が心を満たした。
もしも、とハインリヒは息を吸う、かってファウスト博士を全知全能にした悪魔メフィス……の力を借りることが出来れば、全くの透明ガラスだって得られるのではないだろうか。それどころか、完璧なるガラス鏡すらも、きっと。
ハインリヒの心臓が、その動きを早める。もしも、もしも、そうだ、自分にあの悪魔が呼び出せさえすれば!
文字や書物に纏わる悪い噂が、ハインリヒの頭の中を駆け抜けて行く。だが、と今や彼はその囁き声と対峙していた。
彼が思い出すのは、今日の火付けの儀式のこと。あの見物人たちは、何も悪事を働いていないキュマニス王女のことを悪く言った。糾弾した。相手は畏れ多くも王女だと言うのに。
王族でもこの有様なのだから、どこの馬の骨かも分からない自分のことを、周囲の人々がどう思っているのかなど、ハインリヒには分かりきっていた。彼らの言い分はハインリヒの生まれがはっきりしないことと彼の識字能力に由来しており、その両方ともがハインリヒ本人にはどうしようもない事実である以上、今後事態が好転する見込みはない。四面楚歌なのだ。
ならば、とハインリヒは歪んだ笑みを浮かべた、彼らの思う通りの存在になってやろうか。彼らが思うような、悪神の手下に。既にハインリヒの名誉も現状も、地に落ちているのだ。これ以下などない。
それに悪魔と結託すれば、力が得られるのだ。何も悪名高く恐ろしいヴォランドと接触するわけではない。無名のメフィ某が相手なのだから、そう危険はないだろう。物語の中のファウスト博士だって、最後は救われているではないか。
ハインリヒは本棚の裏に回ると、ガラス屑を一つ取り上げた。輝く緑。透明とは、ほど遠い。
道行く見知らぬ人から突如石を投げられ、子供には名無しと囃し立てられる日々の中で、彼が唯一生きる希望としてきた透明ガラスの製作。だが、このままでは成功しそうにはない。この成功だけが、彼に生きるための場所を与えてくれた王女への恩返しになるのに。
彼の心は決まった。一度腹をくくってしまえば、ハインリヒの気は楽になった。
どう転んでも、現状よりも悪くなりようがないのだ。ならばどうして挑戦しないでいられようか。例えそれが、世間から悪いこととされていても。