王が求めた花
私、なぜこんな風になってしまったのかしら。
笑えている?引き攣っていないかしら?
心から祝福してあげられている?
本当はきっと悲しいのだと思うの。
でも、少しほっとしているような気もするわ。
自分の気持ちがわからなくなってしまったの。
混乱しているのでしょうね。
だって、目の前で結婚式を挙げているのは私の婚約者だった人。
大国ロズウェルはこの100年大きな争いもなく平和な国だった。
けれども、突然周辺の国で魔物が出現したと騒ぎになった。
だれかが襲われただとか、そういう話はなかったけれど放っておくことは危険だと言う話になった。
「リリス、魔物から国を守るために異世界から遣わされた聖女様だ。女同士の方が分かることもあるだろう、よくしてやってくれ。」
笑顔でそういうのは、私の婚約者様。
次代の王である第一王子のアルバート・ロズウェル様。金の御髪に空色の瞳。
誰もが目を奪われるお姿で、私の自慢のお方なの。
そんな彼が、隣の少女を私に面倒見てくれとおっしゃっているわ。
彼女は漆黒のつやつやな長い髪を、指で弄びながら少し不満げな様子で私を見る。
お世辞でなく可愛らしい少女だわ。
けれど、どうしてそんな風に私を見るの?
「わたくし、リリス・ウォルターと申します。よろしくお願いいたします。」
「・・・・」
「アルバート様?聖女様のお名前はなんておっしゃるのでしょうか?わたくしなんてお呼びすれば?」
「ほら、麗華。きちんの名乗らないのは失礼だろう。彼女はとても由緒ある家柄の女性なんだ。これから世話になるんだから、挨拶はするべきだろう。」
アルバート様に諭されて、彼女はやっと口を開いた。
「有栖川 麗華です。」
名乗った彼女は、すぐに私から視線を外しアルバート様の影に隠れてしまう。
「彼女はまだこの国にきたばかりで、何もわからなくて不安なのだろう。君にたのもうと思ったが、この調子ではかえって心に負担をかけるかもしれないな。仕方ないから私が面倒見ることにしよう。なにかの時は協力してくれ、リリス。」
苦笑しながら私に協力を求めた彼の言葉を聞いたとたん、彼女うっすら笑ったの。
私の見間違いかもしれないけど、でも私にはそう見えたわ。
この時から私と、アルバート様の関係が希薄なものになっていった。
私とアルバート様は小さな頃からのお付き合い。
物心着いた時には、お互い将来結婚して、一緒に国を盛り立てていくのだと思っていた。
お勉強も一緒、休憩時間にはたくさん遊んで、素敵な思い出ばかり。
けれど、聖女様が来てからは私がお誘いしても断られてしまうの。
「今日もご一緒できないのですか?わたくしアルバート様のお好きなパンケーキをお作りいたしましたのに。」
「すまない。麗華が教会を見たいと言ってな。魔の物の障気を払うためにも、教会で聖なる気を高めるのは必要だと私も思っていたからな。それに聖女がこの世界に召喚された日から、魔物が活発になっているらしい。もしかしたら狙われているのかもしれない。魔物は教会に近寄れないし、守るには最適な場所だろう。しばらくは教会に世話になることにしたよ。」
「では、しばらくお会いすることはできないのですね。」
なぜ彼女をそんなに優先なさるの?わたくしのことは放っておいて平気なの?
そんなふうに言えたらどんなにいいか。
物分りのいいふりをして、どんどん心に嫌なものを積もらせていく。
本当は彼女なんかより、私を見て欲しい。だって、私はあなたの婚約者なのよ。
一緒にいて欲しいのに。ずっと一緒にいると約束したじゃない。
『ずっと一緒だよ。キミの・・・が・・っても・・・ける・・から。』
あれはいつの頃だったのだろう。はっきりと覚えているわけではないけれど、一緒にいてくれるという約束は覚えているの。
あなたは忘れてしまったの?
彼と聖女様はどんな時でも一緒らしい。
教会に行かれてからは、急速に仲睦まじくなっていったようだとお城の人たちが噂をしていたわ。
私はそのような噂を耳にするたび、心が凍えていくようだった。
王様も、王妃様もなぜだか私を悲しそうな目で見るの。どうして?
お父様やお母様は何故、何も言わないの?私の婚約者様が他の女性と親密になっているのに。
私が相談しても、『仕方がない、運命なんだ。いつか本当の気持ちが分かる時が来る。』とおっしゃるの。本当の気持ちってなに?
「え?今・・なんて、おっしゃったの?」
「すまないが、私は麗華と結婚する。君との婚約は解消させてもらうよ。」
「ごめんなさい、リリス。」
久々にお城に戻られたアルバート様に会いに行ったら、突然の婚約解消話。
私はよくわからなくて、ぼんやりとアルバート様を見つめた。
「一週間後結婚式を挙げることになった。君も必ず出席してくれ。代々王族に仕える君達が祝福してくれれば、誰からも文句も言えまい。まあ、聖女様相手に文句などないだろうが。」
私には向けたこともない慈しみの目で聖女様を見つめ、私のことはいっさい気にした素振りを見せない。こらえきれなかった涙が、頬を濡らしても彼は私を見てくれなかった。
ああ、あなたは変わってしまったのですね。
アルバート様?彼女は本当に聖女様なのですか?
だってそんなにも醜い目で私を見て笑うのですよ?
白いふわふわなドレスを着て、幸せいっぱいといった笑顔でアルバート様を見る女。
聖女としてこの国に遣わされたというけれど、魔の者たちは増える一方。
あなたは本当に役目を果たしているのですか?
この国を守ってくれているのですか?ならばどうして、今私の目の前にこのような・・・
華やかな結婚式が突如魔の者に乱入され、それまでの幸福な時間は阿鼻叫喚の大騒ぎとなった。
魔を払う聖女様は震えてうずくまるばかりで、何もできない御様子。
アルバート様は、彼女を守ろうと立ちふさがっているわ。
でも、魔物は彼女ではなく何故か私の方へと迫ってきたの。
虎のような大きな体躯に、大きな翼が生え鋭い牙を剥きだした魔物。
私はでも不思議と恐怖を感じなかった。
それよりも懐かしさを感じてしまうくらい。
(やっと貴方を見つけました。今度こそ永遠に我々の傍に。)
「え・・・何を言って・・」
「リリス!!今すぐにそこを離れるんだ!」
アルバート様が何かを叫んでいるけれど、よく聞こえないわ。
目の前の魔物が私に頭を垂れるようにするのを見て、なぜだか凍えた心が溶かされていくように感じるの。
「あなたは誰なの?私を殺さないの?」
(あなたは彼の方の大切な花。手折るなどできませぬ。この場所を知らせましたので、すぐにお会いできると存じます。)
「彼の方?」
この魔物が言う人物を私は知っているの?でも過去に出会った男性なんてアルバート様の他にはいない。私が不思議に思っていたら、後ろに突然の気配。
「きゃあ!!」
後ろからギュッと抱きしめられて、恐怖に体がこわばる。
「リリーやっと見つけた。」
でもその声を聞いた途端、頭の中にいろいろな映像が溢れてきたの。
青空のような済んだブルーの瞳が、私を見つめて愛の言葉を囁いた。
私の髪を撫でて、少しだけ緩んだ顔を一生懸命引き締めようとする貴方。
結婚しようと言った時の貴方はとても可愛かった。
花の咲かない大陸で、私の好きな花をたくさん咲かせてくれた貴方。
力の無駄遣いだと叱った時、あなたは「君の笑顔が俺の力になる。」と言ったわ。
それからその花を見るたび、とても嬉しくてでも少し悲しかった。
だって、私は人間なんだもの。この景色をずっと見ていられるわけではないの。
いつかは見えなくなってしまうわ。その時、あなたはどうなってしまうの?
一人ぼっちで・・・
だからあなたと同じになりたかった。
一生懸命お願いしたのに、貴方は頷いてはくれなかったわね。
「ロキ・・」
名前を呼ぶと私を抱きしめる力が強くなった。
「リリー。ずっと・・・この100年ずっと君を探してた。君がいなくなったあの日からずっと。なんであの時君の願いを叶えなかったのかと、一瞬だって後悔しない日はなかったよ。」
「ロキ・・顔を見せて・・」
震える声で言うと、彼は拘束する腕をとき私の目の前に来て跪いた。
「リリス、どうかあの時の約束を果たさせて。ずっと一緒に。今度は片時も離さない。永遠の時を俺と歩んで欲しい。愛してるんだ。」
私の手を取り、くちづけた彼はとても綺麗。
わからなかった自分の気持ちが、今は分かる。私はこの人を待っていたの。
アルバート様に感じた愛情は、きっとこの人に対するもの。だって瞳が似ていたから。
悲しかったのに、少しほっとしたのは、アルバート様が彼じゃなかったから。
今はこんなにもドキドキして、幸せで、やっと巡り会えたと涙があふれるの。
あなたが言った言葉を、私思い出したわ。
『ずっと一緒だよ。キミの身体が朽ちてしまっても、絶対にみつけるから。』
「もう絶対に離さないで。愛しているの、貴方だけを。私を一人にしないで。」
あの時、あなたの顔が少しずつ見えなくなって。暗闇の世界に落ちた。
貴方を忘れてしまう恐怖。そのうち、それすらもなくなって。
でも、今また貴方に出会えた。もうあんな怖い体験したくないの。
あなたと同じで在りたい。
「わかってる。人間の君を俺たちのような存在にするのを、あの時の俺は良しとしなかった。永遠の命なんてのは、多くの人との別れや辛いことばかりで君には酷だと思ったからだ。でも、君を失ってわかったんだ。俺の隣に君がいないことが、俺の声に応えてくれないことがどんなに辛いことなのか。自分のことしか考えない俺を嫌わないでくれ。君の魂がこの国に生まれ落ちた時、今度こそ君を手放したりしないと決めたんだ。もう一度俺と結婚してくれないか。今度こそ君と永遠に在りたい。」
「はい。愛しいロキ。私は永遠に貴方の傍に。」
そう誓った私をもう一度ギュッと抱きしめてくれた貴方。
ああ、やっとあの時の願いが叶う。
愛しい貴方とやっと結ばれる。
あのあとアルバート様と聖女様は無事にご結婚なされたそう。
時々噂を聞くけれど、あまりお幸せではないらしいわ。
なぜかしら。
私とロキは魔大陸へと戻り、こちらで結婚式を挙げたの。
彼のこと言っていなかったわね、彼この魔大陸の王様なのよ。
そう、魔王様。
私を探すために、魔物たちがいろいろなところで騒ぎを起こしていたみたい。
といっても、そこにいるだけで大騒ぎになってしまうものね。悪いことをしたりはしていないわ。
むやみに人を襲ったりするわけないの、だってとても頭がいいんですもの。人間よりもね。
私はお父様、お母様にロキのことを話しこの大陸にやってきた。
あの時お父様が言った事はこういうことだったのね。
100年前の私も、ウォルターの人間だった。だからきっと生まれ変わるならウォルターの人間だと言われてきたみたい。生まれる女には代々王の花の名前が受け継がれてきたみたい。
私の名前はリリス。
目の前に広がる白く気品ある花。
私が大好きな花。
永遠に咲き続けるリリーは、いつでも王の隣に。
閲覧ありがとうございました。