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コンコン
一室のドアをノックする。
ちなみにどの部屋も扉一枚隔ててリビングにつながっているのでどこに行くにも必ずリビングを通るようになっている。
………ノックの返答はない。
もう一人とは違い、起きているのはわかっているのでドアを開ける。
「 ナギちゃん?ご飯できたよー? 」
「 …………… 」
この部屋には個人的な要望があってフローリングではなく畳が敷き詰められている。
部屋の中央には剣道などにみられる袴付きの胴着を着た天津神が佇んでいた。
間違えた従姉が佇んでいた。
「 ナギちゃーん? 」
「 ……………… 」
いつもならこのまま気づかせ、リビングまで連れて行っただろう。
だがしかし、今日はいつもより精神統一を三分していない。なぜわかるか?
この部屋の空気を吸えばわかるに決まっているだろう?
さて、
「 この三分を無駄にする事無かれ 」
集中力が異常な程に高いので声をかけるくらいでは気付きもしない。
「 んーあまりにも無反応すぎて少し傷つくんだけどねー 」
畳を蹴り天井まで跳躍する。
天井に数コンマ着地し、跳躍地点からだいぶ前の床を目指しまたしても天井を蹴る。
着地時に騒音が出ないように体が床に触れる直前で転身する。
その後、ナギちゃんに向き直り右前方の壁に向けて跳び、三角跳びの要領で薙ちゃんを飛び越える。
空中でまたもやナギちゃんに向き直り、着地時に後転する事によって静寂を保つ。足音を少したりとも発てずにそそくさと扉の前に戻る。
一連の動作には十数秒も掛かっていない。
ん?何をしていたのか?
ナギちゃんの凛とした正座姿を脳に焼き付けていたに決まっているだろう。
この脳の良いところは普通なら容量オーバーで忘れてしまう出来事をいつまでも鮮明に憶えていられる事だ。
んー、後の二分半は全細胞をナギちゃんの息遣いを聞き取る事に集中させ健康状態のチェックに専念しようか。
……………………
…………………
………………
……………
呼吸に一切合切の乱れなし。ん!至って健康体だ。
んーそろそろ頃合いだろう。
「 ん、ナギちゃんごはんだよー 」
「 …………! 」
ん?普通に肩でも叩けばいいのに何故抱き着くかって?
何故かは知らないが肩だろうが背中だろうがどこを叩いても薙ちゃんに組伏せられて首の骨を折られかけるっていう謎の事態になるので方法がこれしかない。
フェル姉が言うにはなんでもナギちゃんは自分を中心に球状に気配を配っていて自分に危害を加えるもの、自分が心を許していないものがその球状の中に入ってくると無意識に迎撃しているらしい。
俺は心を許しているものだが『叩く』という危害を加えるものなので迎撃されてしまうらしい。
だから方法がこれ以外に思い付かなかった。
ジパング特有の艶のある漆黒の髪は俺を魅了しさらに所謂ポニーテールのお陰で露になっているうなじが劣情をも抱かせる仄かに体臭が香ってくるがけして臭くなどではない香水を使っている訳でもない何とも言えぬいい匂いがする深呼吸深呼吸嗚呼この匂いを嗅ぐだけで媚薬を口にしたかのように俺の『ソレ』がいきり立つが今しがたへし折ったのでナギちゃんに触れる事はないだろう嗚呼この匂いは俺をさらに壊してしまうもし俺が理性的な人間じゃなかったらこのまま俯せに押し倒し獣の様に事に及んでしまうだろう
「 ナギちゃんおはよ 」
「 うん…おはよう…… 」
我がアルター家四女の薙。通称ナギちゃん。
ちゃん付けで呼んでいるが年上。東の島国、ジパングの出身で剣道をやっている。ちなみに俺もやっていて、ナギちゃんは師匠。
蒼い瞳はとても綺麗で顔を会わせる度にみとれてしまう。
口数が少なく、感情をあまり表情に出さないクールな性格のナギちゃんがその時見せる羞恥に頬を染める姿がたまらなく愛しい。
絶えきれずにそっぽを向くという追い討ちに俺は毎回憤死一歩手前になる。
来年から一足先にタルターヴァ学園に入学する。
「 ナギちゃん、ご飯できるってー 」
「 ん…わかった…… 」
武士道精神というやつなのか、ナギちゃんは毎朝誰か来るまで瞑想をしている。
正座の姿勢から立ち上がるナギちゃんの洗礼された動作を脳に焼き付けてから部屋を後にする。
♯♯♯♯♯
アルター家の五女にして我が家一の問題児(リア姉談)、俺の一つ上の従姉
コンコン
メリル=アルター
通称メリー
俺はめーちゃんと呼んでいる。俺の事を愚弟と呼び、やたらめったらコキ使ってくれる文字どおり黄金級な五女。
どういう事かはすぐにわかるだろう。
「 めーちゃん入るよー 」
ノックをしても無反応なので扉を開け中に入る。
「 …………… 」
案の定まだ寝ていた。
スピーとかわいい寝息をたてるその金塊は寝間着が着崩れ、寝相も悪く、鼻提灯付きというトリプルブッキングで色気は無いが見ていてとても癒される。
世間では小動物的とでもいうのだろうが俺としてはあんな毛玉共とめーちゃんを同列に扱われるのはとても不愉快だ。殺すぞ。
「 ほら、めーちゃん起きてー
朝だよー 」
この世の幸せの瞬間を体現したかのようなめーちゃんの寝顔を崩すのはとても忍びないが、このままだとリア姉に怒られてしまうのでなるだけ健やかに起こす。
肩を揺すり、起こそうと試みるが金色の天使は寝返りをうつのみ。
「 ぅん…………ん……………すぴー………… 」
「 ずっと眺めてたいんだけどなー 」
普段温厚なリア姉を怒らせるなんて万死に値するからなー。
しかないんだよなー。
俺はこの金色天使を起こすための方法を二つ知っている。
一つ目は自然に起きるのを待つ事。起こすとは言えないが本来ならこれが一番いい。
二つ目は………
「 失礼しまーす 」
身を乗り出し目標固定する。
「 はい、せーの! 」
ぷにぃ
ほっぺた光速ぷにぷにの巻。
「 …ぐ……! 」
「 …ぐぐぐ………ッ! 」
光速、とは言っても天使の玉肌に不可をかけるわけにもいかないので、まるで砂の像を触るかのように優しく触れる。
しかし加速。
「 ……んぐぐ……ッ! 」
「 んぐ!……………ぐぅ………… 」
この低反発の吸い付くような肌が辛抱堪らない。
それに綺麗な(めーちゃんの寝顔)が壊れる(崩れる)のを見ていると興奮する。どちらの意味かはいわない。
背徳感がたまらない、という事なんだろう。
倍プッシュ。
「 ……んぐぐぐぐッ! 」
「 ……ぐ…んなぁーーッ!! 」
かわいい怒声とともにやっと起きる。
「 ん!おはようめーちゃん、朝食の時間だよー 」
「 なら普通に起こせこんにゃろー!! 」
ぷんぷんという表現が似合ってしまう合法ロリもとい幼児体型の天使様はお怒りのようだ。
「 んー普通に起こしても起きなかったからいつもの如く、ね 」
「 なんで諦めたっ!諦めたらそこで試合終了だぞー! 」
たまに何を言ってるのかわからない時もあるが、そこも魅力だろう。
ミステリアスレディというより不思議ちゃんになってしまうが。
「 まったく舐めてんのか!そこに膝ま着け愚弟! 」
「 仰せのままに 」
よいさぁ、というよくわからない掛け声と共に俺の背にしがみつく。
所謂おんぶだ。
寝起きなのに元気なので本当は抱き抱えて感触温もりその他諸々を堪能したいところだけどそうもいかないでもおんぶは自分の全てを任せてもいい本当に信頼できる人間にしかやらせないらしいのでつまり俺はめーちゃんに頼られてるその事実だけで近衛兵以上の能力を発揮できるそれに拍車をかけるのが文字通り金に煌めく金髪と金色の瞳を兼ね備えた背中にいる天使様の存在だまるで本当に天使を守っているかのような錯覚に陥るためたとえ虫だろうと近寄らせないだろう本によると出るとこ出てない低身長の幼児体型は大きなお友達が喜ぶらしいが俺は喜ぶどころか憤死するあと大きなお友達って誰だろうもしかしたらそいつらにめーちゃんが蹂躙されてしまう可能性があるそれならば俺が全身を揉みしだき発育を促すしかいやちょっとまて神聖なる従姉の成長に俺なんかが手を加えていいのかいいや駄目だしかしそれだとめーちゃんがゴミ野郎共の魔の手に嗚呼だからといって俺が神聖なる従姉の成長をどうこうする訳にもいかない嗚呼いったいどうすればあああああ「 愚弟!さっさと出陣だ! 」
「 はい 」
おれはかんがえるのをやめた
♯♯♯♯♯
「 ふははは!私様の凱旋だー! 」
「 だー 」
「 うむ!やっと揃ったか! 」
「 もう!メリーはぺーくんに負担かけないの! 」
「 ……お茶おいしい……… 」
「 はーい!みんなご飯ができましたよー! 」
以上の自分を含めた六人ともう一人の姉が個性豊かなアルター家の愉快痛快な家族。
俺からすれば桃源郷か東の楽園に等しい。
「 それじゃあいただきます! 」
「「「「「 いただきます!! 」」」」」
俺はこの幸福だけは失いたくないし失わせない。