Ⅴ
音を発てずに回廊を駆ける一つの物体。
獣を思わせるその速さは人間が躰を壊さずに出せるギリギリの速度。
「 ……せぇ……のッ……! 」
其れは跳躍し背を向けた二匹の獲物をまとめて喰らう。
跳躍からの頭部への横へ薙ぐ蹴りを放つ。
こちらも壊れぬように手加減、しかし人にとっては驚異に成り得るもの。
蹴られた男は吹き飛び横に立つ男を巻き込みながら少し離れた壁にめり込む。
そんなモノを喰らえば意識が飛ぶのは確実。運が悪ければそのまま御陀仏である。
そんな一方的な狩りに等しい光景の後に終わりを告げる静かな声。
「 ……んー終わったよー?
外の人達呼んできて欲しいかなー 」
余りにも静かに終わりを告げた排除に驚きを隠せない大人達。
軍人である自分達にもあんな鮮やかに無力化出来ないだろう。
しかしそれを自分の子供と同じ年の子供がやってのけたのだ。
『驚いた』よりも『なんと情けない』という気持ちに襲われる
下手すれば軍人をやめようとすら思う者が出てくるやもしれない。
「 あ、あぁ、すぐに呼んでくる……… 」
外へ駆けていく大人達の背中はしょぼくれていたように見えたのは気のせいと思っておくのが優しさだ。
「 んーどうしようかなー 」
窮地から脱出したことに喜んでいる暇もなくテロリストをボロクソにしたことをどう説明しようか考えなければならない。
「 んーテロよりも説明のほうが難関ってなんだかなー 」
なんか、こう、テロリスト達にご愁傷さま、と言ってあげたい。
マッチポンプなんだけどね。
♯♯♯♯♯
「 んーとね、魔法つーか不思議な力つーかで倒したー……よ? 」
「 いや、疑問形で言われてもねぇ…… 」
現在地は軍の取調室。
所謂、事情聴取というやつだ。
此方は何も悪くないのだから客間とかにしてほしかった。
現在話しをしている中年は先の件でテロがあった地区担当のまぁまぁ偉い人、中間管理職の少佐だ。
フェル姉のほうが偉いし人望があるし髪もあるしみなぎる。
幸い、負傷者ゼロ(テロリストを除く)で王族はその日、重要な会議とかで王宮には居なかったらしい。
今は先刻のテロリスト達の仲間が街中に潜伏していないか血眼で探し回っている。
だからこんなもっさりとしたうすらハゲでぽっちゃりの中年でも少佐なんて階級の高いが来たのだろう。
「 そんなこと言われてもねー?
よくわかんないんだから…………困るよ? 」
「 いや、困るとか言われても…… 」
先程からずっとコレの繰り返しだ。
此方とてこんな事を繰り返すのは不本意だ。ただおっさんが同じ事しか聞いてこないから話が進まないのだ。
おっさんは痴呆か何かを患っているのだろうか?
コンコン
このエンドレスループが続けられるのかと戦慄していると、狭い部屋に乾いた音が反響した。
「 どうぞー 」
「 いや、なんで君が言うの!? 」
失礼します、という堅苦しい挨拶と共に短足デブの禿げたイカツイおっさんと眼鏡をかけた細身で長身の若者が入ってきた。
この狭い密室に男四人はキツい。精神的にキツい。
その内の二人は加齢臭のするハゲデブだから更にキツい。
「 どうですかァ、ガイラさん 」
このエンドレス中年はどうやら『ガイラ』というらしい。
「 あぁそれがね?ずっと同じことしか喋ってくれなくて困ってるんだよ……… 」
言葉のブーメランって知ってるかクソジジイ。
「 そうですか……では、少し席を外して貰っても? 」
「 あぁ、いや、助かるよ。
僕もどうすればいいのか解らなくなってきたところだったし 」
「 ありがとうございます、では、数分で片付くと思いますので 」
扉から出ていきながら「 うん、後で見に来るね~ 」と言い残し、禿げの方のおっさんは去っていった。
♯♯♯
「 さて、はじめに聞いておくぞ小僧、お前は何者だホントにカタギのガキか? 」
「 頭沸いてんなら行水を奨めるよー? 」
大分オクターブに包んで暴言を吐いた。
デブのおっさんの額に青筋が浮かぶが気にしようとは思わない。
なにを思ってそんな結論に至ったのかね?
「 クソガキィ、おまえ自分の立場が分かってないみてぇだな…… 」
「 ……んー? 」
「 今正直に白状すれば今回は見逃してやるっていってんだよ 」
「 見逃すもなにも誰一人殺しちゃいないんだけどな 」
むしろ救ったのにこの扱いはなんだ。
「 っるせー!さっさと認めればいい話しだろーがァ! 」
「 だって違うしー 」
自白を強制するのはアウト。
軍がこんな腐った奴をつかっているところをみるとこの国はもうダメだな。
「 んー何故俺がカタギじゃないと思うん? 」
「 しらばっくれやがって!いいだろう、教えてやるよ! 」
( ノリノリだな )
「 まず一つ目、残虐性だ。
広間にいたテロリスト九人全員が左肩、膝、眼球の粉砕 」
「 んー『銃だけ取り上げても意味がない無力化は徹底的に』って教えられたからさー 」
広間にいた九人は全員、アサルトライフルを持っていた。
グレネードと同じでかなり昔の武器だが、魔法は物を媒体として使う方がイメージが固まり、効率がいいので銃を媒体にしてる人は少なくはない。
が、別に媒体が無いと魔法が使えないわけではない、ただ効率が良くなるというだけだ。
「 どこのバカだ、そんな事教えたの…… 」
「 あ゛?
見たこともねぇ人の姉を馬鹿呼ばわりたぁ死にてぇって事だろ? 」
あー何か殺気みたいのが出てる気がする。
確かにカタギぽっくないな、これは。
まずそのバカな教えをしたのはたぶんあんたの上司だ。
「 ……それに、どこまでやれば抵抗しなくなるのか、なんて一般人が分かるわけない 」
「 そ、それはそうだがな
……まぁいい、二つ目だ 」
なにがいいのだろうか、小一時間問い正したい。
「 二つ目、その九人全員が全く同じ傷を負っている事。
全く同じ傷を負わせるなんてプロの暗殺者でもないかぎりできまい 」
「 ………んーそれはーたぶん魔、法……? 」
「 だまれ!もう言い逃れは出来んぞ!そんな魔法は黒魔法でも確認されていないし、そんな逸話を持った精霊も存在しない! 」
んー困った、かな?
確かにそんな精霊も神もいない、悪霊じゃあるまいし。
もちろんウロボロスにもそんな逸話も力もない、黒魔法でもそんな系統が発見された、なんて話は聞いたことがない。
というか新系統という考えはないのか?
「 おら!さっさと認めたらどうなんだ! 」
だから少しくらいは新種の可能性を考えろ。
さっきからうるさいデブにもうんざりだ。
こっちだってよくわかってないんだからどう説明すればいいのかなんてわからない。
ああこれだから姉さん達以外の人間は嫌いなんだ。
久しぶりに感じたこの苛立ちはデブに向けるしかない。
「 ……………そう 」
論より証拠だな。
「 んーじゃあ、全力で俺を殴ってみデブ 」
「 上等だ糞ガキャァ!! 」
腐っても軍の人間が一般市民に手をあげるのはダメでしょ。
ゴスッと鈍い音が身体に響く。
鼻から血が出ている。
「 ぐおおっ…… 」
鼻を押さえて膝をつくデブ。ついでに何の非もない若者まで標的にしてしまった。ごめんね。
「 ……っぐ、これでテロリスト達をやった、と 」
「 うん 」
「 だが、そうだとするとお前はあいつらと同じ傷を負ったということになるぞ 」
「 んー俺の顔よーく見てみ 」
指で鼻の下についた鼻血を拭うとそこには鼻血はおろか打撃痕すら消えていた。
「 傷一つ見当たら………ない………だと……? 」
「 んーとね、多分回復面は加護の力だと思うよ? 」
んーそろそろ説明するのも疲れてきた。というより飽きてきた。
もう全部説明したし、帰っていいよね?
「 もう帰っていいー? 」
デブはあれだけ自信満々に疑った挙句暴力を振るったのに予想が外れて意気消沈している。
どこかの誰かが『プギャ-m9(^д^)』と言った。
「 ………小僧、名前は……… 」
どうするかなー?なぐられたしなー。
まず身辺調べられると姉さん達に迷惑がかかるだろうしなー。
…………それに今更『あの事』を引っ張り出されても、ねー………
偽名でいっかー。
「 んー………スカー……… 」
「 そうか……適正魔法は黒魔法だな? 」
「 うん、そだよ 」
さっさと帰してくれないかなー?
「 ………我々だけでは、判断しかねるが貴様の黒魔法の系統は新種として登録されるかもしれん、一応名前をつけさせてやる 」
支局どうでもいい、早く帰りたい今の自分にとっては果てしなくどうでもいい。
「 んー自己犠牲とかでいいんじゃない?
帰るよー? 」
「 あぁ、もういいぞ… 」
一言も喋らなかったが結局若者は何しに来たのだろう。
♯♯♯
大人二人を尻目に部屋をでると、フィー姉がいた。
ずっと待ってくれていたのだろう。
「 フィー姉、先に帰ってもよかったんだよー? 」
「 ………… 」
沈黙。
「 あれ?どうしたのー? 」
「 ………… 」
だんまり。
「 ……あの……えと……… 」
なにかよくわからないが気まずい。
どうすればいいのだろうか?
「 …………か… 」
「 蚊?まさか蚊に喰われた?
姉さん達の体液を盗んだ挙句去り際に唾を吐いてくゴミ共が、今すぐに根絶して「 ぺーくんのバカぁぁーー!!! 」 」
罵声と同時に飛びつかれた。
異性とはいえ歳上という事は身長も上なわけで、
「 ………ぐへぁ…… 」
フィー姉に抱き締められ、圧倒的質量をもつサンタ袋(隠語)に顔が押し付けられ呼吸ができないがそれはもはやどこぞの業界でなくともご褒美です。
従姉と言っても容姿端麗、スタイル抜群で料理も得意なうえに人を幸せにする笑顔が標準のまさに天使いや神のような女神でその内新手の宗教として崇められるんじゃないかそうに違いないむしろ崇めようそうだ俺がその宗教を創ろう信者になろう全てを捧げよう万歳マイロード
な美少女に抱き締められたらとってもとてもうれしししい。
「 グスッ……もー!
無茶しちゃダメでしょー!怖かったんだよー? 」
抱き締めながら泣きじゃくる従姉の胸で反省しようと思ったけど男としての部分を刺激するようなまさに芸術的なフィー姉の泣き顔に御目にかかれたんだからそこまで悪くないような気がしたけどフィー姉を悲しませる行為自体万死どころか京は軽く越える位に悪事なので猿に芸を仕込む人がドン引きして嘔吐するくらい深く深く反省した。
「 ………ごめんなさい 」
無表情を貫き通すのはできるけど喋ってしまうと興奮が隠しきれない。
とりあえずは落ち着くまでこのままでいいかな、と思い抱き締め返すがこんな柔肌に触れていたら落ち着く事など出来るわけがないだってだってこんなに柔らかくて細いから思いっきり抱き締めたら破裂してしまうような気がしてでも全身にフィー姉を感じれるならありかもしれないいやいやフィー姉に傷を付けるとか正気の沙汰じゃない落ち着け俺。
「 グスッ…ばかぁ…… 」
♯♯♯♯♯
帰り道フィー姉が「怖くなかった?」とか「ケガしてない?」とか今更ながら心配してくれた。
フィー姉がどれぐらい素晴らしいのか御託を並べずにスタイリッシュに一言で表してみた。
かわいい。
新種の魔法を発現した、ってことで少し有名になるがそれは後程。
これで、長い長いめんどくさかった一日の終わり。
第一項 終