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第八章 暗紅老仙 (7)


 夕刻。

 空があかね色に染まり、都の中央にある『皇城』本殿の屋根を覆う朱の瓦が殊更ことさらに毒々しい赤みを帯びている。


 本殿の北に隣接する建物は、昼夜を分かたず衛兵の巡回が行われる皇城の中でも、さらに厳重な警護体制が敷かれている。

 リャオ王朝の『皇帝』、その『寝所』を兼ねる施設に対する扱いとして、じつに相応ふさわしいものと言えるだろう。


 ツィウ・ハー丞相はその中の一室において、うやうやしく膝をついていた。リャオの高官の中でも皇帝の寝所にまで立ち入りを許されているのはツィウ丞相のみである。


 ツィウ丞相の正面、壁際に四隅を柱で囲って数段高く作られた場所。

 そこで老いた男が椅子に座り、ツィウ丞相を見下ろしていた。


『皇帝』が、朱と金箔で装飾された椅子のなかで窮屈そうに身じろぎする。


 即位から二十五年。この王朝の皇帝としては長期の在位期間といえた。そして時の流れに見合う『老い』が彼の体をじわじわと侵食しつつある。

 近頃では、痩せた体をゆったりと包む絢爛な衣装の重さすら苦に感じる時もあった。


 たるんだ瞼を億劫そうに上げて、皇帝がツィウ丞相を見やる。

 ため息のような細い声が、皺だらけの口元からこぼれた。


「ツィウよ。『霊薬』のたくわえが間もなく尽きる」


 こうべを深々とれ、床を見つめたままのツィウ丞相が淡々と答える。


「はい」


 皇帝が灰色の眉をそっと指でなで、苦悩するように息継ぎをする。


「まだ……『仙人』は見つからぬのか?」

「手を尽くしております。いましばらく、お待ち頂きますように」


 ツィウ丞相の態度は忠臣そのものだった。内心はともかく、表面上は。


 皇帝が自身の手をどんよりとした目で見つめる。張りのない肌、かすかな震えが常につきまとう指先。若かりし頃の瑞々みずみずしさが失われてどれくらいつだろうか。

 両手を肘掛けに乗せ、わずかに身を乗り出す皇帝。


「ツィウよ。仙人の『ぎも』より練りだした霊薬。その薬効、が身をって理解している。この歳まで命ながらえさせてくれたお前の功、丞相という地位を与えたところで足りぬと思っておるぞ」

「ありがたきお言葉に存じます。されど、陛下の御壮健は、ひとえに陛下の御徳おんとくるものにございましょう」


 顔を伏せたままのツィウ丞相の唇に、あざけるような微笑が浮かぶ。


 もちろん、『霊薬』など嘘っぱちだ。


 皇帝が同年代の庶民よりも健康体を保ち続けてこられたのは、ツィウ丞相の助言による、日頃の節度ある食や生活習慣からもたらされた必然の結果にすぎない。

 死の恐怖は、他者を操るための優れた道具である。たとえ相手が皇帝であろうとも。いや、皇帝という地位であるからこそ、生への執着がより強いのかもしれない。

 皇帝が肘掛けの上でこぶしを握り、念を押す。


「よいか。仙人の探索、全ての国事にまさる任であると心得こころえよ」

「承知致しました。この身命しんめいして見つけ出しましょう」


 さらに頭を深く下げたツィウ丞相の姿にじっと見入っていた皇帝が、ふっと糸が切れたように椅子に体をあずけ、長い袖口からのぞく右手を小さく振る。


「……下がってよい」


 ツィウ丞相は頭を下げたまま立ち上がり、後ずさりつつ部屋の外へと通じる扉へ向かう。廊下に出ると、左右に控えていた衛兵が待ち構えていたように扉を閉じた。


 ふっと息を吐き、ツィウ丞相は真一文字に唇を締め、背をぴんと伸ばして廊下を歩き始める。

 窓から見える空はすっかり薄暗いが、屋内は昼間の蒸し暑い空気がしっかりと居座っていた。夏の夜は、老齢の皇帝にはかなりこたえるだろう。侍女たちが持ち回りで寝床の皇帝におうぎで風を送る徹夜仕事が追加される季節でもある。


 ツィウ丞相が、大きくはないががっしりとした造りの門をくぐって表に出る。目の前には本殿の巨大な輪郭が夕闇に溶けこむようにそびえていた。


 ちらりと振り返る。すでに閉じられた門の向こうで、忍び寄る死の恐怖に怯える哀れな老人を思い描く。

 老いぼれた皇帝のいのちになど大した価値はない。だが今はまだ死んでもらうわけにはいかない。利用できる内は徹底的に利用させてもらう。


 ふと、自分のたどってきた年月がツィウ丞相の脳裏を横切る。

 役人や政治といった世界に、これほどまで水が合うとは自分でも意外な事実だった。


『師』を殺し、その『むくろ』を手土産てみやげにして、皇帝に取り入ってから十年ほど。このリャオという国の中枢において、ついに丞相という地位にまでけた。


 お膳立てとしてはおそらく、これ以上望むべくもないほど理想的な環境だ。

 自分の野望が現実のものになる日も近い。決して誰にも邪魔はさせない。


 にやりと唇に浮かぶ微笑。

 そしてツィウ丞相は黄昏の薄闇に溶け込むように皇城から歩み去っていった。





 夜のおだやかな川面かわもに、三日月がゆらゆらと映り込んでいる。


 宿場町の賑わいから少し離れた川岸で、数人の人影に囲まれて小さな火が揺れていた。


 地べたの上には手頃な石で組んだ即席のかまど。それに支えられた小ぶりの鉄鍋の下で、焚き火が控えめにくすぶっている。

 

 鉄鍋の中では、刻んだ青菜や雑多な根菜を混ぜ込んだ粟粥あわがゆが先ほどからことことと煮こまれ、ふんわりとした匂いをあたりに漂わせている。


 ひょいと鍋の中に差し込まれた木のさじが、わんに粥を一人分すくい取る。


 大槻キュウタは、河原に転がっている大きめの石に腰掛け、神妙な顔で粥をひとくち頬張った。

 味付けは塩だけの粗末なものだが、温かい食事が喉を通っていく感覚は何ものにも代えがたい安堵を与えてくれる。


 ずるずるずると、派手な咀嚼音そしゃくおんがキュウタの隣から鳴り響く。地面にあぐらをかいたサザレが一心不乱に粥をかきこんでいる。あまりの勢いに椀ごとむさぼり食ってしまうのではと不安になるほどだ。


 鍋を挟んだキュウタの向かいでは、流木に腰を下ろしたイェンルゥが落ち着いた仕草で匙を口に運んでいる。


 キュウタたちがイェンルゥと出会ってから十日かそこら。町から町へと渡り歩く道のりは特に事件らしい事件も起きていない。

 成り行きにまかせて行動をともにしている彼らの間には、未だに奇妙な距離感がつきまとっている。


 明確な敵意と表現できるものは互いの心からすでに姿を消した。さりとて膝つきあわせ親しく語らいあう仲には程遠ほどとおい。

 交わす会話は寝泊まりする場所や食事の支度やらの事務的なやりとりにとどまっている。この集まりのなかでもっとも人間臭い態度を見せて屈託なく喋るのが、人間の形をしていない丸壺の中の『老師ガン・ワン』というのも皮肉な状況だった。


 ふっと息をもらしたイェンルゥが、椀を流木の上にそっと置く。彼女の黒い瞳が焚き火の灯りをぼんやりと見つめた。

 イェンルゥの隣にちょこんと置かれたガラスの丸壺の中で老師の顔がくるりと動いて言った。


『どうした、イェンルゥ』


 ぷいと視線を反対にそむけて答えるイェンルゥ。


「なんでもない」


 粥の残った椀を見つめて老師が言う。


『手が止まっているようだが』

「そんなに腹は減ってないんだよ」


 だるそうに応じるイェンルゥに、老師が目配せするような仕草をした。


『なら嬢ちゃんにくれてやればどうだ。まだまだ足りん御様子ごようすだしな』


 鍋の中身を丹念に小削こそぎとるように椀に移していたサザレがぴくりと反応する。獲物を前にしたネコのような集中力でイェンルゥの椀をじっと見つめるサザレ。少女がごくりと喉を鳴らす音が全員の耳に届くが、みなそれに気づかぬふりをした。


 ため息をついたイェンルゥが、サザレのほうに身を乗り出した。びくっと肩を縮こまらせて警戒するサザレと対照的に、イェンルゥは何の気取きどりもない様子だ。そして彼女は自分の椀を傾けて、中身をサザレのそれに流し入れてやる。


「ほら、やるよ。お、芋が残ってたね」


 大事そうに捧げ持った椀に目をきらきらさせるサザレ。そして粥とイェンルゥを交互に見ながら、サザレは後ずさるようにゆっくりとキュウタの隣に戻って食事を再開する。キュウタはその光景に、用心深い野生動物を餌付けするさまを連想した。

 再び黙々と食べ続けるサザレを見ながら、イェンルゥが髪をぽりぽりとかく。


「しかしよく食うねえ。そのちっこい体のどこに入るんだい」


 まったく同感だ、という感想を心のなかでつぶやいたキュウタが立ち上がる。水辺に歩み寄り、椀と匙を軽く流れに浸して中身を洗う。ふとキュウタは背中に視線を感じた。


 振り返ればイェンルゥと目が合うだろう。だがそうする気には何故かなれず、キュウタは片膝をついたまま暗い川の流れを見つめていた。





 鍋を上から外した焚き火はほとんど燃え尽きかけている。


 星空は風もなく晴れ渡り、雨を心配する必要もない。今からわざわざ町に入って宿を探す手間を掛けずとも、そこらの地べたでごろ寝するのがいいだろう。


 洗った小さな鍋を持って、キュウタは焚き火の場所へと戻った。サザレは敷き布がわりにした白い外套マントの上に寝転がって小さくいびきをかいている。くすりと笑みをもらしたキュウタが自分の外套をサザレの体の上にかけてやる。真夏とは言え、夜の野外は体が冷えるものだ。


 二人から少し離れた場所でイェンルゥが川辺に座りぼんやりとしている。右手にぶらぶらさせている竹筒の中身は酒だろう。昼の内に町で手に入れたものらしい。毎晩のようにこうして酒をあおるのが、イェンルゥの習慣になっていることにキュウタは気づいていた。


 仙人というものはもう少し禁欲的な存在という思い込みがキュウタにはあったが、現実と想像が異なることなどさして珍しい話でもない。


 落ちていた枝ですっかり下火になった焚き火のなかを軽くいじる。灰から火の粉が二つ三つ散り、火の明るさに招き寄せられていた羽虫と踊るように舞い上がった。

 人気ひとけのない夜、川のせせらぎと虫の音が混ざり合い、平坦なノイズとしてあたりに満ちている。考え事をするには理想的な環境だ。


『仙術』というものが、これからの歴史においてどの程度の影響をおよぼす可能性があるのか。それを見きわめることはまだ出来ていない。


 ただ、今の時点でもいくつか推測できることはある。

 サザレの『未来視』が捉えていないのであれば、『仙術』と『魔法』の間に技術的な共通項は極めて少ないはずだ。仙術という存在に対する興味は尽きないが、少なくとも『魔法学の発展』に『仙術』は必須では無い。


 これからの歴史において、キュウタがやるべきことはまだまだ山積みだ。リャオの土地に魔法学を広める良案も見えてこない現状、のんびりと無駄な寄り道をしている暇はあまり無い。仙人や仙術のことはすっぱり忘れてこの地を去る、というのもそれほど悪い選択ではないだろう。捕らぬ狸の皮算用に時間を浪費するくらいなら、『未来視』で確認できている歴史の実現に力を尽くすほうが合理的というものだ。


 キュウタは少しだけ眉をひそめた。

 いくら頭を捻っても、なぜか自棄やけぎみな方向へと思考が後押しされていく。やはりサザレの『未来視』に少し頼りすぎているのかもしれないと自省する。

 キュウタは持っていた枝を焚き火の残り火の上にそっと乗せた。思いつめても仕方がない。今日はサザレにならってさっさと寝るべきだろうか。


『しかし、ツィウ・ハーが丞相とはな。またえらく出世したもんだ』


 出し抜けにかけられた声に、キュウタは伏せていた視線を上げた。


 消えつつある焚き火から昇る細い煙。それを透かした向かい側の流木の上で、ガラス壺の中の血によって形づくられる『顔』がキュウタを見ている。


 キュウタは軽く唇を結び、丸壺の中の顔と見つめ合った。

 そういえば、この丸壺ガン・ワンについても、いろいろと『疑問』が残っている。疑問といっても、血を満たした丸壺に心と記憶を写しとる術式の仕組み、などという些末さまつな点ではない。仙人ガン・ワンという存在に対する、人々の思惑おもわくだ。この一連の流れは、どうにも理解に苦しむ矛盾がある。


 キュウタはイェンルゥの後ろ姿をちらりと見た。相変わらず川の流れを眺めている。こちらに注意を向けている気配は無い。

 キュウタは声を低めて老師ガン・ワンに話しかけた。


「ガン・ワンがツィウ・ハーに殺された……というのは、どういう経緯いきさつだったんです?」

『詳しくは知らん。十年ほど前か。ワシが『動き始めた』とき……つまり『本物のガン・ワン』が、この丸壺に刻まれた術式に『気』をそそいでワシを『目覚めさせた』ときのことだ。ガン・ワンは丸壺ワシに『イェンルゥを頼む』とだけ告げると、そのまま立ち去った。しばらくしてから、ワシのもとにイェンルゥがやってきた』


 老師の顔がわずかに動いてイェンルゥの背中を見つめた。


『そしてワシは、ガン・ワンがツィウ・ハーに殺されたことを、イェンルゥから知らされた。それ以上は分からん。イェンルゥも詳しく話したがらなかったし、ワシ自身もあまり興味が無かった』


 キュウタが腕組みをして首をひねる。


「……自分の『ぎわ』が気にならないんですか?」

『正直、他人ごとにしか思えなかったのだよ。所詮、ワシはただの玻璃ガラスの丸壺であり、ガン・ワンでは無い、ということなのだろうな』


 しみじみとした調子で言う老師。

 一方のキュウタは、この数日、心にずっとこびりつく疑問について思案していたが、どれだけ考えても納得のいく答えは見つかっていなかった。


「老師。本当にガン・ワンはツィウ・ハーに殺されたんでしょうか?」

『……何が言いたい?』

「ツィウ・ハー丞相が『仙人ガン・ワンを探せ』というめいくだした理由が不可解に思えるんです。すでに死んだ人間を探すなんて、そんな行為に何の意味が?」


 キュウタの投げた疑問に、老師は少しだけ黙りこんだ。


『さあな。だが、奴が意味の無い行動をとることは決してない。ツィウはそういう男だ』


 キュウタは、老師の言葉の奥に、どこか込み入った感情を見て取った。


「ツィウ・ハーは優秀な仙人なんですか?」


 丸壺の中、血でかたどられただけの単純な顔が、何かをなつかしむような表情を見せる。


『仙術の使い手、という意味であれば『並』だな。ワシやイェンルゥに比べれば、かなり格は落ちる。『影鱗えいりん』の会得えとくにも至らなかったしな』

「でも、ツィウ・ハーは貴方ガン・ワンを殺すことができた」

『別に仙術は戦いの道具じゃない。ツィウの強さはその『機略』にある。ワシの弟子だった頃から、他の仙術使いたちとは目の付け所が変わっていてな。特にま……ああ、いや、とにかくだ。はかりごとやら相手の裏を突く手際はずば抜けていた。丞相という地位を手に入れられたのも『仙術』のおかげではなく、奴自身の才覚が成し遂げたものだと思うぞ』


 ふうむ、と息をついて、キュウタが視線を夜空に向ける。

 老師との会話には個人的に興味をそそるものがある。だが何をどれだけ聞いても事態を進展させる材料は手に入る気がしなかった。

 こうしている間にも、『魔族』が人類に襲い掛かってくる日は刻一刻と近づいている。体がもうひとつふたつあれば、などと益体やくたいもないことを思った。

 黙りこんだキュウタの憂いを感じ取ったのか、老師が言う。


『どうした。ワシとの話は退屈か?』

「あなたたちにくっついて歩くのを、そろそろ終わりにする頃合いかと思ってるんです」

『ほう。いよいよ丸壺ワシを皇帝に献上するはらが決まった、というわけだな』

「いいえ、仙人ガン・ワンは見つからなかった、と報告するだけです」


 きっとそれがいいのだろう。老師やイェンルゥを見ていても、彼らはただ普通に日々を過ごすことだけを望んでいるように思える。もしかしたら仙術を魔法の発展に利用できる道もあるのかもしれないが、それにかかずらいすぎて、より重要な歴史の分岐を見逃すことのほうが遥かに危険だ。

 手元にあった竹筒から水を一口飲んで、キュウタが言葉を続ける。


「こう見えて色々と忙しい立場なんですよ。実入りのない仕事にく時間はありません」


 一瞬ぽかんとした老師の顔が、ゆっくりとにんまりとした表情に変わる。


『実入りがあればいい、というわけか。だったら一つ『賭け』をしないか?』


 竹筒に栓をしながらキュウタが胡散臭そうに丸壺の中の老師を見る。


『お前さんが持っている化物ばけものじみた莫大な『気』……『魔力』といったほうが魔術士には馴染みがあるか。それをどうやって手に入れたか、その謎をワシがけるかいなか、ってのはどうかね』


 キュウタは頬を指でかきながら用心するような表情で応じる。


「……見当がついてるんですか?」

『じつはお前さんを初めて見たときからずっと考えているんだが、はっきりこれ、という答えはまだ無い。だが、きっと面白い答えだろうとは思っている』


 困惑まじりの愛想笑いでキュウタが言う。


「ま、当てずっぽうでも、何度か挑戦していれば、そのうち正解を引くと思いますけどね」


 老師が、馬鹿にするな、というような表情になる。


『それでは『賭け』にならんだろう。ワシが答えを言うのは『一度きり』だ。それが当たっていたらワシの勝ち。はずれだったらお前の勝ちだ』

「……僕は別に構いませんが。それで、何を賭けるんですか?」


 いまいち乗り気でなさそうなキュウタに、老師がいくらか低い声音こわねになった。

 その変化を感じたキュウタがわずかに姿勢を正す。


『ワシが勝ったら、ワシの『頼み』を一つ聞いてほしい』

「僕が勝ったら?」

『ワシが持つ『仙術の知識』を全て教えてやろう』


 ぴくりと身を乗り出したキュウタを見て、老師の口元がにやりとする。

 キュウタは相手のもくろみを想像しながら言う。


「僕を弟子にしてくれる、と?」

『残念だが、ワシの見立てではお前に『仙術』の素質は無い。だが、何かの役に立つとは思わんか?』


 確かに知識は多いに越したことは無い。それが西方諸国ではまったく未開拓の領域であればなおのことだ。仮に帝国フィロマでイェンルゥのような強力な仙術使いを組織的に育成することができるのならば、魔法技術の発展に限らず、歴史改変プロジェクト全体においても色々と幅が広がるかもしれない。

 キュウタは口元に手を当ててじっくりと考えこむ。


 横で眠っているサザレがもごもごと寝言をつぶやいた。


「……むにゃ……お、おかわり、ください……」


 キュウタはため息をついて、一度だけ老師にむかって小さくうなずいた。

 行き先も目的も定かでないこの奇妙な旅は、もう少しだけ続きそうだった。



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