第三章 家なき歌姫 (2)
日も暮れかかったテントの中、タアルの家族の反応は様々だった。
父親は腹を抱えて笑い、母親は穏やかにうなずき、弟はきょとんとしながら皮袋からミルクをちびちび飲んでいる。
ぶすっとしたタアルに母親が目を細める。娘に抱えさせた羊毛のかたまりから母親は糸を手紡ぎしていた。
「タアル。あんたも十六なんだからさ、身の振り方を考える時期なんだよ」
「嫌よ。あんな他所者に、いきなり自分を売るだなんて」
「働き手の足りない西の町に、あんたを紹介したいって事だろ」
繊維が柔らかい糸として母の膝元に紡がれていくのに合わせ、手の中の毛のかたまりの向きを微調整するタアル。幼い頃から慣れ親しんだ作業であり、手はほとんど無意識に動いていく。
タアルはふんと鼻から息を吐きだした。
「ただの奴隷集めよ。それくらい分かるわ」
「ナラガンが断ってない、ってことはそんな悪い条件じゃないはずだよ。話だけでもきちんと聞いてみたらどうだい?」
母親の言葉に、ぐっと詰まるタアル。
それは正論だった。ナラガンが族長として優秀なのは子供の自分でも分かる。彼はいつも部族全体の暮らしをより良くすることだけを考えている。その裏表のない公平さが、彼が族長として皆に認められているいちばんの理由なのだ。
敷物の上にごろりと横になった父親がのんびりと呟く。
「別に今すぐ決めろって話じゃ無いんだろ?」
「……うん。族長はそう言ってた」
「俺たちもあと、ひと月くらいはここに留まるんだ。その間に決めたらええさ」
大あくびをして、父親が目を閉じた。まるで満腹になった牛のように、あっというまに鼻いびきを響かせはじめる。そんな彼に母親が柔らかな視線を向けた。
いつだったか、彼のこの呑気なところがいい、と母親がタアルにこっそり打ち明けたことがある。だが娘の目からはまだよく理解できない。
母親がふたたび目を細めてタアルを見る。テント中央の小さな炉の火が、彼女たちの影を布壁にゆらゆらと映している。
「タアル。あんたが他所の部族に嫁入りしようが、町で暮らそうが、あたしらから見れば大して変わらないんだよ」
「それはそうだろうけど……」
「あんたが元気でやってけるなら、あたしらはそれでいいんだよ。親ってのはそういうもんさ」
母親が糸紡ぎの手を休め、父親に続いてうつらうつらし始めた弟をヒザにのせる。息子のまっすぐに切りそろえられた髪をなでながら、母親がぽつりと言った。
「ジャドゥのことが気がかりなのかい?」
「別にそういうんじゃないけど」
我ながら白々しい返しかただと、内心でうんざりするタアル。
なぜ母親というものは、こうして核心をつくことばかり的確に口にするのだろう。タアルは掛布を頭からかぶり、敷物に倒れこむように横たわる。
ナラガン族長が昼間のタアルに向けた、「遊牧生活から町に移り住む人間もそう珍しいものでは無い」という言葉。
胸の中でその意味をじっくり考えながら彼女は寝床についた。
◇
夜を通じて空を埋めつくしていた星たちが、ようやく白んできた東の空から追いだされていく。
遊牧民たちのテントの列から少し離れた草原。
ナラガンから特別に貸しだされた小さなテントの中で、大槻キュウタは敷物に横たわるサザレを見つめている。
各地をわたり歩く遊牧民の少女に対する、いきなりの身請けじみた申し出。本来なら門前払いされても文句は言えないだろうとキュウタは覚悟していた。だが族長の対応は破格の好待遇といっていいだろう。
キュウタがそっとささやく。周囲に人の気配はないが、慎重さを失うべきではないだろう。
「あの子……タアル、か。彼女の『未来』は、まだ変わってないんだな?」
しばらく黙考していたサザレの唇が開かれる。
「はい。このままでは『二年』ほどで、彼女は歴史から消えます」
「回避する方法はありそう?」
「あります。ですが、どの道を通るにしても犠牲は避けられないでしょう」
目を閉じたまま答えたサザレが、ゆっくりと体を起こす。そっと開かれた青い瞳がキュウタをみつめる。
「キュウタ。私の『未来視』は全てを詳細に見通すわけではありません」
ここで『未来視』とは何か、説明しておく必要がある。
それはテレビのチャンネルを合わせて眺めるのとは少々違う。
まず、無数に存在する未来の『可能性』の中の『一つ』を選ぶ。そして、そこに至る道の上の『光景』を読みとる魔法。それが『未来視』なのだ。
例えるなら、森のなかでヒモのついた石を放りなげ、そのヒモが地面の上で描く形。それを見る行為を想像すればいいだろう。
ヒモは曲がったり、よじれたり、時には枝に引っかかったりという『光景』を作るはずだ。
もし特定の木の上、しかも枝が複雑に入りくむ一点を選び、そこに石を置きたい。そう考えるなら、ヒモが取りうる形も明らかに限定されてくるだろう。石を投げる人間が立っている『場所』と、ヒモの『長さ』。それを大きく動かすことはできないのだから。
つまり特定の未来を目指すならば、その道のりも自ずと限定されてしまうのだ。
選べるのは『魔法の発展』という結果だけである。
結果に至るまでの途中の『光景』を、どうにかして実現していく作業。それが『歴史改変』なのだ。
キュウタはゆっくりとうなずいた。
「……うん。神さまもそんな事を言ってたっけ」
サザレがひざを抱えて、キュウタを横目で見る。彼女のまなざしには、かすかな不安が見え隠れしている。
「キュウタ。この世界の未来……特に魔族が出現すると思われる時代の風景は、私の『未来視』では未だよく見えません。魔族とは、そんなに強かったのですか?」
「……うん、強かった。人間は手も足も出なかった」
キュウタが自分の手のひらを見つめて記憶をたどる。
「今、世界にある魔法だけじゃ魔族には勝てないと思う」
くるりと目を動かすサザレ。昔の記憶を思い出しているのだろうか。
「原初魔法に覚醒した人をたくさん見てきましたが、みんな『強い』魔法にはほど遠いものでした」
現時点において世界を見わたしても、魔法が発展しているとは言いがたい。
たしかに『母なる魔術士』の血統は世界各地にかなりの人数が広がっている。実際キュウタたちも、原初魔法を使う者たちと数多く出会ってきた。この先も魔法の才能を持つ者が消えることはないだろう。
だが、それだけでは足りない。今、この世界に存在する魔法には『応用性』が無いのだ。キュウタとサザレが使う魔法は確かに強力だ。だがそれは二人が二十万年近く鍛錬してきた『魔力』の強靭さによるものでしかない。
「みんなは僕らみたいに『不老』じゃない。一生かけて魔力を鍛錬しても、たかが知れてる」
「ええ。それに原初魔法も戦いに役立つものばかりとは思えません」
長い歴史の中、キュウタたちが出会ってきた魔術士は少なくない。魔法の才能を持つ者なら誰もが『一つだけ』手にする『原初魔法』。それはじつに多種多彩だった。だが比較的魔力の強い者でも、小枝に火をつけたり、皿に張った水を凍らせる程度で精一杯なのだ。
それでも、本格的に魔力を鍛えればそれなりの力にはなるかもしれない。だが魔族との戦争に対する備えとしては、今ある原初魔法だけではあまりに力不足に思えるのだ。
「うん。サザレの刀の方がよっぽど強いと思うよ」
「え、えへへ」
キュウタにほめられて一気に緊張感がゆるむサザレ。彼女の色ボケじみた反応は取りあえず放っといて、キュウタが仮説を組み立てていく。
「神さまは、こうも言ったんだ。『呪文や術式』を体系的な知識として研究、進化させる必要があるって」
真面目な様子を崩さないキュウタに、サザレも頭をしぶしぶ切り替えたようだ。
「どういう意味でしょう? 原初魔法の他にも、別の魔法がまだ存在する、ということでしょうか?」
「そこがよく分からない。ちゃんと神さまに聞いておくんだったな……ただ、魔法はもっと『柔軟性』のある使い方ができるんだと思う。僕らもまだ知らないような何かが」
そもそも魔法という概念が、人々に正しく知られているとは言えない。知られていないものを使いこなせるわけもない。魔法の才能があっても、生涯それに気付かない者も多いだろう。
日々の暮らしのなかで偶然、身に宿る原初魔法を自覚した人々も多い。だが結局は、ちょっと不思議な力を持った町の有名人という程度で人生を終えるのだ。
魔法が世の中に占める『立ち位置』。魔法を発展させ広めていくならば、そこにも色々と知恵を絞っていく必要がありそうに思える。キュウタはまた一つ頭の痛い課題を見つけてしまったと、密かにため息をついた。
少年は眉を寄せて考えをめぐらせる。だが答を思いつける気はしなかった。これはきっと、自分のような平凡な脳みそが正解を導き出せるほど簡単なものではないはずだ。
視線を伏せ、頭をかきむしりそうになるキュウタ。
その姿にサザレが肩を落としてしまう。彼女は、自分が少年の力になれない場面に出くわすと、とても苦痛に感じるのだ。
「私の『未来視』でそういう細かな所を確認できればいいのですが……ごめんなさい、キュウタ」
一瞬ぽかんとしたキュウタが、くすりと吹き出す。彼はしょげかえるサザレの頭に手を乗せた。とたんに彼女の頬がだらしなくゆるむ。これは彼女を子供扱いしているようで、キュウタ自身は正直あまり気がすすまない。だが、サザレがあまりにも気持ちよさそうにするので、ついついやってしまうのだ。
「魔法を発展させるのは僕らの仕事じゃない。というか、僕らには無理だろうな。色々な時代の、本物の天才たちが少しずつ仕事を積み重ねて、やっと実現できるんだと思う」
これはサザレをなぐさめるための言い繕いではなく、キュウタの本心から出た言葉だった。
◇
静かな朝の気配が、湖の上をゆっくりと漂っている。
タアルは湖面を見つめて胸の前で両手を組んだ。この宿営地を訪れる季節には、ここで歌うのが何よりの楽しみなのだ。
そして、確かめるようにゆっくりと口から紡ぎだされる『歌』。
その歌詞自体に意味はない。だがそれは彼女の心を安らかにし、声が届く全ての生き物がそれに聞き入る。
タアルの体のどこかから自然発生した歌。それは彼女が幼い頃から感覚として身に付けたものでもある。どういう形の音を、どういう高さとリズムで声にするかの試行錯誤。
どう歌えばより自分が心地よくなるか、聞いてくれる皆が喜んでくれるか。それを少女はひたむきに探し求め続け、誰の真似でもない自分だけの歌を創りだしてきたのである。
なぜその気配に気付いたのか、タアルはよく分からない。
歌を止め、振り向いた先の樹の下に、キュウタが立っていた。タアルは精一杯の皮肉を顔と声に浮かべた。
「あら、おはようございます。奴隷商人さん」
キュウタは肩をすくめて笑った。
「奴隷って言ってもピンからキリまであるけどね」
「あらそう。では、あなたは私をどこに突っ込むつもりなのかしらね?」
草の上をゆっくりと近付いてくるキュウタ。不思議と警戒心はタアルの中に沸いてこなかった。
少年は自分自身の唇を指差して、おどけるように片眉を上げる。
「君、歌が上手だね。誰かに習ったの?」
同世代の少年に真正面から歌をほめられるという場面に慣れていない。タアルはちょっとばかりどぎまぎしてしまう自分を叱咤し、なんとか冷たい口調を繕ってみせた。
「いいえ。自分で作ったんです」
「そりゃすごい」
「どうも」
どこかわざとらしいキュウタの素振りに、タアルは目をそらして太陽の高さを確かめる。そろそろ母親の手伝いに戻る時間だ。
ちょうど良い口実が出来たと湖に背を向けたとき、遠くから飛んできた威勢のいい声がびりびりと空気を震わせた。
同時に、草地を叩く蹄の音が軽快なリズムで近づいてくる。
「おい、お前! タアルに近づくな!」
声には怒りが満ちている。
一気にここまで駆けさせたのだろう、馬の鼻息も荒々しい。鞍の上からキュウタを見おろしながら、ジャドゥが明らかな敵意をむき出しにしている。
弓や投げ槍を背負った青年は物々しい空気を隠そうともしていない。ジャドゥの怒りをたぎらせた声が、ぽかんとしたキュウタにぶつけられる。
「お前、俺と勝負しろ。俺が勝ったらタアルをあきらめろ」
先日のキュウタの言葉に不愉快になったのは、タアルだけでは無いようだった。
◇
タアルは腕組みをして唇をへの字に結んでいる。彼女は男たちのバカさ加減にうんざりしていた。特にジャドゥに対しては愛想も何も尽き果てるほどだ。
午後の仕事もそこそこに、男たちがナラガン族長のテントの前に集まっている。それをさらに遠巻きにするように女や子供たちが不安そうな視線を向けている。
日常的に娯楽に飢え気味の野次馬たちは、降って湧いたイベントに無責任な高揚感をもってざわめいている。
人垣の一番前でそれを見守っているのは他でもないタアル。彼女の後ろでは面白半分の会話が飛び交っていた。
「マジで? ジャドゥが喧嘩ふっかけたって?」
「ああ。客人も受けちまったってさ」
「おいおいおい、死んだらどうすんだ」
すっと上げられた片手に、群衆が静まり返る。はあっとため息をついたナラガン族長が、男衆が取り囲む中央に進み出た。まるで腐ったミルクを自ら飲みにいくような表情である。
二人の男が草地の上で向き合っていた。
大柄な青年と、あまり頑丈そうでない少年。二人とも上半身裸になり靴も脱いでいる。
ナラガンはほとほと困り果てた様子で、ぶつぶつと両者に確認する。
「あー、武器は無し。相手を地面に倒して背中をつけるか、『参った』したらそこまで。いいな?」
こうして組み合う競技は、彼らの民族に共通の習慣でもあった。おおむね力比べを目的とした、掴みと投げを主体にした闘技。季節を問わず盛んに行われるこれは心身を鍛える手段にもなり、時としてジャドゥのような傑物が誕生したりもするのだ。
筋骨隆々としたジャドゥが体を揺すりながら、ナラガンの規則確認に馬のような鼻息でうなずく。
一方のキュウタの体は引き締まってはいるが、歳相応の少年の域を越えるものではない。見上げるほどの大男を前にして、キュウタは緊張のかけらもなく頭をぽりぽりかいていた。自分の状況をどこまで理解しているのか疑わしいほどである。
体格差はまさに大人と子供。キュウタの身長はジャドゥの肩までも届かないだろう。体重にいたってはニ倍近い差があるはずだ。
賭けで盛り上がる気配もない。この客人がどれだけ持ちこたえられるか、あるいは死なずに済むかに野次馬たちの興味は向いている。
もう一度、両者の顔を見るナラガン。落ちつきはらった顔でうなずくキュウタにため息をつき、ナラガンは渋面で手を振り下ろした。
「始めっ!」
声と同時に巨体が動く。
ジャドゥは相手を掴んだり投げたりする気など全く無かった。
固く握りこんだ拳を、目の前のチビの鼻っ柱に叩き込み、思い知らせてやることだけを考えていた。仮に相手が死んだところで、別に知ったことではないとまで断じている。俺の女に手を出すのが悪いのだと。
恵まれた肉体が全体重をかけて踏み込み、上半身を大きく捻じりながら腕を振り回す。見ていた者は皆、ジャドゥが相手を殺すつもりだと知った。
殺気の先には呑気な少年。
キュウタは身構えるでもなく、逃げるでもなく、ただ突っ立ったままジャドゥの動きを見ていた。目の前に唸りを上げて迫る拳の前に、彼は手のひらをひょいと上げた。
思わずタアルが目を閉じる。いくらいけ好かない相手でも、死ぬ場面を見るのはいい気分ではないのだ。
肉と肉がぶつかりあう苛烈な音が、草原に響く。
「……あ?」
ジャドゥの呆けた声がもれる。
キュウタは棒立ちのまま、ジャドゥの拳を片手であっさりと受け止めていたのだ。
野次馬がおおっとざわめく。当然だろう。力だけなら部族の中の誰よりも強いであろうジャドゥの本気の拳。それをこんな子供が涼しい顔で止めてみせたのだ。
ジャドゥの顔が紅潮する。獣のように唸り声を上げ、がむしゃらにキュウタに襲いかかった。もう技もへったくれもない、殴り、蹴り、掴み、投げようと渾身の力を振りしぼる。
だがその試みのすべてが受け止められ、あるいはかわされてしまうのだ。
キュウタが選んだ対応は単純だった。ジャドゥの体が自分に触れる寸前に、『硬化』させた空気の層で拳や蹴りの動きを一瞬止めただけだ。あとはキュウタ自身が拳を受け止めたり、掴みかかる手をギリギリでかわしたりしているように演じるだけである。
ただ、ジャドゥの体力も超人的だった。この圧倒的な壁に対する攻撃を三十分近くも続けてみせたのだ。
野次馬は夢でも見ているような気分だった。ジャドゥは明らかに本気で戦っている。だが対する少年は何の苦もなくその猛攻をしのいでいるのだ。この少年は一体何者なのだろうかという点に皆の興味が向き始める。あるいは、彼がどうやってジャドゥを『倒す』のだろうかと。
やがて、ようやくジャドゥの動きが止まった。
「ハア……ハア……何なんだ、お前……」
彼のたくましい上半身は汗が吹き出し、ぬらぬらと光っている。
そして、戦いは大きく動き出す。
荒々しい呼吸の収まらないジャドゥに向かって、防戦一方だったキュウタがゆっくり一歩を踏みだしたのだ。びくっと体を震わせるジャドゥと、ざわつく野次馬。
両手を下げたまま一歩ずつ進むキュウタに合わせるように、ジャドゥがじりじり後退する。そして少年の瞳は少しずつ淀んだものに彩られていく。
こいつは人を殺した事がある、それも何度も。ジャドゥがそう直感する。内臓をつかみ取るようにこみ上げる恐怖を押しのけ、ジャドゥは最後の力で拳を振り上げた。
それに応じるキュウタの右手がゆっくりと貫手の形になり、顔の高さに持ち上がっていく。
皆いつの間にか息をするのも忘れて静まり返っていた。
最後の一歩をキュウタが踏み込もうとする刹那。
「そこまで。この勝負は引き分けよ」
キュウタの目の前に立ちふさがったタアル。子を守る母のような彼女の視線をキュウタは黙って受け止めた。
邪魔をするなと言いたげなジャドゥが口を開こうとした。
その機先を制したタアルが、周囲を取り囲む人垣に大声を張り上げた。凛とした声には、どことなく不思議な力が込められている。
「時間よ、遊びはお終い! はい、散った散った! 皆も仕事に戻りなさい!」
タアルがそう宣言する。
はっと我にかえった人々が、太陽の傾きに気づく。あわてて家畜の様子を見に早足で去っていく男たちの背を見て、ナラガンが安堵のため息をつく。
少し離れた場所で一人、草原の上であぐらをかいて見物していたサザレが、つまらなそうに欠伸をした。




