空
「なぁ〜。太陽がないよ」
誰もいない放課後の教室で、窓から空を眺める赤い頭はそう言った。
「そうだな」
青い頭の俺は簡潔に相槌を打つ。
「なんで」
赤いのは訊くので、
「曇ってるからだろ」
とまた簡潔に答えてやった。
すると、赤いのは
「たいよぉ〜っ!!」
と空に向かって叫んだ。
ああ、バカな奴。
赤い頭は俺の双子の弟で名を盟という。
二卵性のため、さほど似てはいないものの、身長とか体重とか、数値的なものは互いに近く、また、醸し出す雰囲気なんかも似ているらしい。
友人曰く、
『フェロモン垂れ流し』
だそうだ。
そんな俺たち双子だが、やっぱり似て非なる者同士。
髪型は、俺の方が短いし、色も互いに変えている。目の形は、俺がつり目、盟はたれ目。筋肉は、俺が目立たないのに対し盟はガッチリとはっきり分かる。
なのに、頭の中は盟の方が幼稚。もう高1だって言うのに、さっきみたいな事を言う。
兄ちゃんは、恥ずかしいぞ。
「さっきから何なんだ」
呆れたように言うと、盟は俺を振り返った。その目は恨めしげで……涙ぐんでいるように見えるのは、俺の気のせいであってほしい。
「太陽ないと、寂しいじゃんか。空、暗いし、オレ、沈んじゃう」
「勝手に沈め」
「いやぁーっ!周がオレをいじめるーっ!!」
「……」
これが、俺と大差ない遺伝子構造をしているのかと思うと、溜め息が出る。
てか、溜め息しか出ない。
だいたい、自分の頭が赤いって時点で、お前は充分明るいと思うのは俺だけか?
ああ、でも。沈んでる時のお前ほど、うっとうしい奴もいないな。
だったら…
俺も、太陽が出てほしいよ。
「で、ホントにさっきから何なんだ。ウザいな」
「ウザいなんて言わないで」
盟はさらに瞳を潤ませた。
ああ、やっぱり涙目なのは俺の気のせいではないんだな。
てか、その図体でその仕草は、ある意味犯罪だと思うぞ。お前は可愛いつもりでいるかもしれんがな。
「で、だから何なんだ」
もう一度訊ねる。
双子だから以心伝心で伝わるもんだと思っているなら、大間違いだ。
双子であっても、それぞれ別人格だし、性格も違えば考え方や思考のタイプも違う。
端的に言えば、俺が理論的であるなら、盟は感覚的だ、と言う事だ。
そんな奴を、「芸術家気質」と言えば聞こえは良いが、とどのつまりは、ただの「バカ」。
天才とナントカは紙一重と言うが、俺の見解では、盟は確実にナントカの方に属すと思う。
いや、属す。断言して、属している。
「空が暗くても、周はヘーキ?」
「意味が分からん」
本当に、意味が分からない。
空が暗くて平気か?って、何が。平気じゃ悪いみたいな言い方だが、何かダメな事があるのか。て言うか、どうしてお前は平気じゃないんだ。
「青くない空でいーの?」
「いやだから、意味不明だって」
「周は青いのに…」
「は?」
「青いのに…」
「……」
ああ。どうしよう。コイツ、本当にバカだ。
俺が青いって、もしかしてこの髪の色の事をさしているのか?
いや、もしかしなくても、そうだよな。そうなんだよな。
お前は、俺のこの色が、空色で、俺は青い空が好きなんだと、勝手にそう思っているんだよな。
どうだ。図星だろう?
ああ、図星なんて言葉、お前には難しくて分からないか。
何だか、兄ちゃんは、どっと疲れたよ。
「あのな、盟。これは別に空の色じゃ……」
「オレがどんなに元気でも、周がそっぽ向いてたらヤじゃん」
「……」
俺の言葉の途中で、盟がまた、意味不明な事を言う。
俺は本気で理解できない。
何だ?どういう意味だ?空の話はどうなった?てか、お前は話を飛ばしすぎだ。
理解しようと努力する事さえ、叶いそうもないぞ、コラ。
「盟。意味が分からんって……」
「どんなに明るくってもさ、壁があっちゃダメなんだよ」
どうやら、盟は俺の話に耳を貸すつもりはないらしい。こうなると、自分が納得するまでとことん語っちゃう奴だから……仕方ない。最後まで聞いてやるか。
「雲の上って、きっと明るいよ。でも、今日はそれが分かんない。どんなに俺が明るくてもさ、周が沈んでちゃ、おもしろくないじゃん。だって周は空だもん。曇ってちゃ、ヤダ」
そう言って、盟は再び窓から空を見上げる。
「周が沈んでたら、オレも沈んじゃう。きっと太陽も元気ない。だからオレ、沈んじゃう」
ああ。なんとなく、お前の言わんとしている事、分かるような気がするよ。
本当に、意味不明な“盟的理論”じゃあるけどな。
そんな意味不明な事が分かる辺り、やっぱり兄弟なんだろうな。
いやだなぁ。
「周。太陽が輝けるのは空が青いからだよ。あの抜けるように気持ち良い青色が好きだから、輝けるんだ」
そして今度は俺を見る。
もう、目は潤んじゃいない。
「だから周。元気出して」
真っすぐに俺を見る盟の瞳は、やんなるぐらいに澄んでいて。
どうやら今日は、奴に屈しなければならないようだ。
「……元気だよ」
少しの沈黙の後、ゆっくりと、だがはっきりと言った。
元気だ。充分、俺は元気だよ。お前に心配されるなんて、これっぽっちも思っちゃいなかったけど。
でも、サンキュ。
「周……」
盟がまた、何か言おうと口を開いた時。
「あれっ。お前ら、まだ残ってたんか?」
クラスメートで仲の良い友人の一人、ピンクのツンツン頭をした男が教室に入ってきた。
「楓」
男の名は荒谷楓。目がくりくりしていて、やたら可愛らしい顔をした、正真正銘の男だ。
「あれ。周たち、まだいたんだ」
「いたよ〜」
楓の後ろからもう一人、黒髪の男が顔を出す。
これもクラスメートで仲の良い友人の一人。相場石榴、通称ザク。
ザクの言葉に盟が返事をする。
「先帰ってりゃいいのに」
そして最後に頭を出したこの男は、長髪で金髪の日和美月。これも、正真正銘の男で……
盟が、俺の事を心配した原因。
「えー。一緒に帰ろうよ、仲良しじゃん」
たれ目をさらに垂れさせるぐらいにへらへらと笑って盟が言う。
盟は、俺たちの中で潤滑油の役割も担ってると思う。
太陽、ではない。たとえ俺には太陽だとしても、俺たちだと、そうじゃない。
ああー。何だかんだで、やっぱり天才とナントカは紙一重ってのはホントだな。
バカ、なのにな。
そう思ったらちょっと愉快な気分になって、一人でにやけてしまった。
「周、何か良い事でもあったか」
にやけた俺に気付いた日和が冷めた調子で俺に言った。
瞬間、せっかくの潤滑油が乾いてしまった。が、気にしない。
だって俺は、盟のバカに元気づけられたから。
「別に」
一言。言って、もう一度口を歪めてから、日和を真っすぐに見据えた。
「日和の髪が綺麗だなと思って」
ニヤッと笑う。
こういう笑い方をする時は、俺らしさを取り戻した証拠。だから、盟は嬉しそうに笑ってる。
楓もザクも、ホッとしてる。
「帰ろうぜ」
日和だけを見て言う。
俺と盟より長身で、もう少し線の細い日和は、端正な顔立ちのために冷たく見える。
でも、美人は嫌いじゃない。金髪もやったら似合ってるし、だからむしろ好きだ。
だからこそ、俺たちの衝突はしょっちゅうで……
日和は俺のその呼び掛けに苦笑して答えた。
「言われなくても」
この一言で、今日の喧嘩はチャラ。
俺は、この喧嘩で沈んでいるつもりはなかったのだけど、盟にはそう見えていたようだ。
いや、実際に沈んでいたんだろう。そういう気配り……いや、勘は鋭い奴なんだ。
空の話は、理解が難しい所が多々あるが、そんな事はどうでもいい。気を遣ってくれた事が、ただ、嬉しい。
盟は、空が青いから太陽は輝けるのだと言ったけれど、俺は違う。
太陽が輝くから、空は青でいられるんだ。
心地好い気持ちでいられるんだ。
澄み渡る青空。
確かにそれが一番だよな、盟。
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