1.サンタの話
※この話はフィクションです。実在の人物・団体等には一切関係ありません。
※残酷な描写を含みますので、あらかじめご了承ください。
おや、お帰り。今日の保育園はどうだった。
え、クリスマス、サンタさんからのプレゼントが欲しいだって。誰にそのことを聞いたんだい。
ああごめんよ。ばあちゃん怖い顔してたかね。怒ったわけじゃないから大丈夫だよ。そうか、最近隣町から引っ越してきたお友達から聞いたんだね。
クリスマスというのはね、外国で生まれたキリスト教という宗教――うちは仏教だから、寺からお坊さんが来て仏壇の前でお経を唱えてくれたり、お盆に墓参りに行くだろう、ああいうのの仲間の1つだよ――その神様の子供の誕生日をお祝いするお祭りだね。
サンタさんはキリスト教の人で、正しい名前はサンタクロースと言うんだ。優しいおじいちゃんだよ。
クリスマスは12月25日。その前の日の24日のことをクリスマスイブって言って、この日の夜、良い子にしてグッスリ寝ている子供の枕元に、プレゼントを置いて行ってくれるんだよ。トナカイの引くソリに乗って世界中を駆け巡り、キリスト教徒の子供たちにプレゼントを配るのさ。
ああ分かってるよ。自分も良い子にしてるから、サンタさんからプレゼントが欲しいって言うんだろう。
もらえるよ。
但し、キリスト教徒にならないとダメだけどね。
もしキリスト教徒になるなら、お正月も、お盆も、お彼岸も、節分も、雛祭りも、子供の日も、七夕も、お月見も、春秋の祭も無くなるけどね。
そうすると、お雑煮、お節料理、オハギ、煎り豆、雛アラレ、柏餅、月見団子、お祭の夜店での食べ歩きも、ぜーんぶ無くなるね。もちろん、お年玉も無しだよ。おや、良いことづくめじゃないか。よし、今日からお前はキリスト教徒だ。
ほっほっほ、冗談だよ、冗談。
今は、キリスト教徒でなくてもクリスマスをお祝いするよ。日本人は祭好きだから。
だけど考えてみてごらん。お前が会ったこともない全然知らない人たちが、お前の誕生日を言い訳にして、お酒を飲んで大騒ぎしてるところを。
大人の男の人っていうのはね、お酒をのむと乱暴になって、自分の友達と喧嘩したり、親や奥さんや子供を殴ったりすることもあるんだよ。そうなるとお巡りさんに捕まっちゃうね。そのときに、「あの子の誕生日を祝ってお酒飲んだせいだ」って、自分の名前を言われたら嫌じゃないかい。
ばあちゃんだったら嫌だねえ。
キリスト教の神様も同じじゃないかね。キリスト教じゃないヨソの人より、自分がよく知ってるキリスト教徒の人に祝ってもらえる方が嬉しいと思うね。
分かったかい。おお、えらいねえ。
じゃあうちではクリスマスは無しにしようね。
仏教でもお釈迦様の誕生日のお祭はあるから。花祭りって言うんだけど、そのうち詳しく教えてあげるよ。
そう残念そうな顔をしないで。お前の誕生日にはちゃんとお祝いするから。
・・・。
・・・・・・この町でクリスマスをしない理由は他にもあるんだよ。
本当はお前がもう少し大きくなってからと思ってたんだけど、クリスマスのことを知ってしまったからには話さないわけにはいかない。何も知らずにいるよりは、ずっといい。
今から教える秘密のお話は、自分の子供や孫に伝える時を除いて、誰にも言ってはいけないよ。お前の父ちゃん、母ちゃんや、上の兄弟はみんな知っているけど、内緒にしてるんだよ。
いいかい、お腹にグッと力をいれて、気を張って聞くんだよ。
これはとっても怖くて、とっても悲しいお話だからね。
* * *
これは、ばあちゃんがまだ小さい子供のころ、この町で起きたことだ。
まだ日本中が貧しくてね。クリスマスなんていう外国のしゃれたお祭なんて、知らない人の方が多かった。
高速道路も新幹線も無かった。この町を通る道路は隣の県へ行くための近道だったから、町も今より栄えていたし、人ももっといっぱいいたね。
この町では師走――12月のことさ。師、つまり、お坊さんも思わず走ってしまうほど忙しいって意味だよ――になると、あの行事があるだろう。
あそこの山の神社から、白い装束を着た神様が狛犬たちといっしょに山を下りてきて、それぞれの家の子供たちが今年1年良い子にしていたかを聞いてまわる、あれだよ。良い子かどうかは、神様が持ってるナタの表面に子供の顔を写せば分かるっていうね。
あのナタは神社のご神宝、ええと、神様の魂が宿る宝物なんだよ。
もし自分が悪いことをしたと思っているなら、神様へ素直に話して謝れば許してもらえるけど、もし嘘をついたらナタに写るから、きついお仕置きをされるんだよ。
とは言っても、家々を回るのは神様本人じゃなくて、神様から役割を言いつかった町の大人たちの誰かなんだけどね。
あの年その役を務めることになった大人たちの中に、町の地主の弟2人がいたよ。
双子の兄弟でね。二十歳過ぎくらいだったかね。
長男とはだいぶ年が離れていたし、両親はもう亡くなっていたから、家は長男が継いでいて、長男夫婦が親代わりになって弟を育てたようなもんさ。その長男夫婦には私と同じくらいの年の一人息子がいたよ。
その子のことを、そりゃあ家族みんなで可愛がっててね。
たまたまクリスマスのことを知った双子が、じゃあうちでもやろうかってことで張り切って。神社のお務めが無事済んだら盛大にやろう、プレゼントも用意しようって騒いでた。
あの頃は子供の数も多かったから、町中の家を全部まわるには数日かかってた。
それでも町の一番離れにある家までまわり終わって、さあ帰ろうというとき。
帰路の途中、民家の無い場所で、突然吹雪が襲ってきたのさ。
この辺りは元々雪が多いけれど、それは誰も経験したことの無いほどの酷い猛吹雪だった。自分の手を真っ直ぐ前に伸ばすと、手首から先が白く煙って見えないほどだった。
吹雪は5日続いたよ。
彼らは山小屋を見つけて吹雪を過ごそうとしたらしい。
らしい、というのは、彼らが発見されたのが山小屋だったからさ。
吹雪が止んだ翌日、辺りは2m以上の雪が積もっていた。玄関から出るなんて無理だから、2階の窓から出入りするしかなかった。大変だったよ。
そんな状態だから、帰ってこない彼らが心配でも、すぐには探しに行けなかった。やっと捜索隊を出せたのは、更に翌日のことだった。
日の出とともに大人たちが重装備で出かけて行ったよ。そして夕方、雪に埋もれかけた山小屋で彼らを見付けたときには、酷い有様だったとか。
寒さをしのぐために、小屋の中の燃やせるものは全部燃やし尽くした後だったそうだ。水は雪があるから何とかなるけど、食べ物が無いからね。寒さと飢えで亡くなったんだ。
そんなギリギリの状態だから、最後まで生き残った者は飢えに耐えかねて、とうとう先に亡くなった者の体に手をかけたらしい。捜索隊が見たのは、体の一部の欠けた遺体数体と、赤黒く染まったナタを握りしめた唯一の生存者だった。
遺体は後日引き取りにくることにして、とにかく生存者を連れて帰ることにした。衰弱して意識不明の状態だったから。
生存者は、双子の片割れだった。
町で一番大きな病院に運んだけれど、助かるかどうかは運次第だった。
入院したその日からずっと意識が戻らなかった。手足に負った重度の凍傷のせいで、指を数本切断しなければならなかったそうだ。
当然、クリスマスどころじゃないさ。
地主は自分の弟の葬儀だけじゃなく、他の亡くなった方の家族への謝罪もあるし、警察との話もある。それに・・・・・亡くなったのが、生き残ったのが、双子のどちらなのか分からなかったんだよ。
一卵性の双子だったから、顔も体型もそっくりでねえ。それだけじゃなくて、双子は面白がって髪型や服装までそっくり同じにしてたから見分けがつかなくて。
でも役場に届けないといけないから、色々話し合いをして、双子の弟の方が生き残ったことにしたらしい。弟は三太という名前でね、サンタクロースから生きる力を贈ってもらえるように、という願いを込めたらしいよ。
そして重苦しい日々が続いて、とうとう24日になった。クリスマスイブだ。
地主一家は肩身の狭い思いをしながら、暗く沈んだ毎日を過ごしていた。
その夜も静かに夕食を終え、早めに眠りに就いたらしい。隣家の亭主が、あの日は明かりが消えるのが早かったと言っていたから、確かだろうね。
翌日の25日の朝、町の人たちが屋外で雪かきをする頃になっても、地主の家からは誰も出てこなかった。
お昼を過ぎてもね。
不審に思った隣人が玄関を開けて呼びかけたけど――あの頃は玄関のカギを閉める習慣がなかったから――何の返事もない。それどころか人の気配もしない。そして生臭いような嫌な臭いがした、らしい。
これは変だぞと思ったその人は、他の隣人にも声をかけて、数人で奥まで入って行った。
その日、地主の家で見たものについて吹聴する者はいなかったよ。
新聞で伝えられたのは、地主夫婦と使用人たちは全員が尋常でない殺され方をしていたこと、凶器がナタのようなものであること、地主の息子が行方不明になったこと、地主の家の裏口から山の方へ向かって転々と血痕が続いていたこと、入院中だった地主の弟が病院からいなくなったこと、だけだったね。
事件は迷宮入りとなったよ。
いなくなった2人はとうとう見つからなかった。
新聞には載らなかったけど、実は神社のご神宝であるナタも無くなっていたんだ。今あるのは、その後新たに造り直したものなんだよ。
それ以来、この町でクリスマスの話題が人の口に上ることはないんだ。
何がいけなかったんだろうねえ。
あんまり辛い事件だったから、この話はいつの間にか町の秘密になったんだ。忘れてはならないけれど、誰彼構わず言って回るものでもないってね。
* * *
これで秘密の話は全部さ。
これが、この町でクリスマスの行事をしない本当の理由。
おや、長い話だったから疲れたんじゃないかい。顔色が悪いよ。熱があるじゃないか、もしかして風邪でもひいたんじゃないかね。
さあ、今日はもう布団に入って暖かくして寝ようね。
イヤイヤしてもだめだよ。
甘えんぼさんだねえ。しょうがないね、今日は眠るまでばあちゃんが傍にいてあげようね。