ギルド『夢路の導き』
「まさか、こんな身近に、こんな組織があったなんて……知らなかった」
「私としては、逆に身近すぎて盲点でしたね」
アラビアンナイトの中のような城から一転、今咲月らが居るのはお馴染み、日本国。
その、かつての都であった京都の街だ。
街中が観光地のようなこの街は、神社仏閣や昔ながらの建物と、近代的な建物とが見事に調和している。
何車線もあるような大通りもあれば、片道通行の細い路地もある。
けれどそのどれもが、碁盤の目のように張り巡らせられ、整然としている。
そしてそれは、そんな街中の一角にあった。
すぐ隣には全国どこでも見かけるコンビニチェーン。逆隣にはビジネスホテル。
――そんな立地に建つ、立派なビルだ。
特に目立つ看板などもなく、どこかの会社の事務所ビル、といった風の佇まいで、なんの変哲もなくごく当たり前にそこにある。
「……ここは、全国至る所にある支部を纏める総本部。ギルド『夢路の導き』は、この日本に住む数多の人外と、一部の人間とを結び、また様々なトラブルに対処する事を目的とした互助会みたいなものなのですよ」
総本部に来るのは私も初めてですがね、と肩をすくめながら葉月が説明してくれた。
「開国からこっち、……特に戦後は人だけでなく人外のものも外国から流入して来るものが増えましてね。割と最近、国際課が新設されたとは聞いていましたが……、まさか多くの諸外国にもこれに相当する組織が存在するとは知りませんでした」
アルフレートに紹介され、初めに訪れたのは、あの城から一番近い某国の組織だったが、葉月や咲月が日本に馴染み深いと知った彼らはさらにこのギルドへの紹介状を書いてくれた。
そうしてやって来たのが、ここ、という訳で。
「ギルドには、法務課、諜報課、業務課、情報課、国際課、刑務課、教務課、庶務課、人事課など細かく区分けされていましてね。人間界にて、人外のものが恙無く、人間たちとトラブることなく暮らせるようそれぞれのお仕事をされている、という訳です。ちなみに、“扉”の『番人』を管理しているのも、ここの法務課なのですよ」
葉月が言うには、彼の名前もまたこの組織の名簿に登録されているのだという。
「初診の患者などは、大抵、ここのギルドの支所から紹介されてくる場合が多くてですね、私も何かとお世話になることも多くて……」
エレベーターに乗り込み、2階のボタンを押す。
ゴソゴソと何やらカバンの中を探っている間に、エレベーターの扉が開いた。
エレベーターホールはあまり広くなく、降りてすぐにカウンターがあり、受付係らしい女性が立っていた。
葉月はまず、カバンから何か名刺サイズのカードを出して、彼女に見せた。
「――双葉葉月様でございますね。少々お待ちください」
彼女は、カードに記された16ケタのランダムな数字と記号との組み合わせを、カウンターのパソコンに入力した。
「お待たせいたしました、照会、終了いたしました。本日のご要件をお伺いいたします」
「……ギルドの長への面会を申請しに来ました。お手数ですが、この書状を長へお渡しいただけますか?」
「かしこまりました。少々お待ちください」
彼女は、渡された封筒を、カウンターの上でちょこんとお座りしていた真っ白な猫に手渡した。
「ユキ、お願いね」
猫は、それをくわえ、カウンターを飛び降りた。
――その尻から生えた尻尾は、2本。……猫又だ。
猫は、背後の壁をすうっと通り抜け、咲月たちの視界から姿を消す。
待つこと、およそ5分程。
先程すり抜けていった壁から、再び白猫が現れ、カウンターへ飛び乗った。
「お待たせしました、これからお会いになるそうです」
そして、澄んだ鈴の音のような声で、猫が喋った。
「ご案内いたします、こちらへどうぞ」
猫が、再びカウンターを降り、前に立って先導するように歩き出す。
後を追うようにエレベーターに乗り込む。
最上階へ直通のそれの扉が開けば、そこはビルの中とも思えぬ、まるで日本家屋の中にいるような、木板を渡した廊下と、ふすまや障子で仕切られた畳敷きの座敷が連なっている。
エレベーターホールの脇に下駄箱が設けられ、土足厳禁の張り紙が目立つところに何枚も貼られている。
白猫は、その一番手前のふすまの前で立ち止まった。
「――お連れいたしました」
「うむ、大儀であった。下がって良いぞ」
中から、ハリのある女性の声が命じた。
白猫は、部屋へ入るようこちらへ目配せしてから、後ずさり、ふっと姿を消した。
「失礼いたします」
そろそろと、ふすまを引く。
ざっと、12畳程の和室。
正面には高そうな掛け軸を飾った床の間。部屋の中央には、縦に長い座卓がどんと鎮座し、その上座に置かれた座り心地の良さそうな座椅子に、その人はいた。
「ようこそいらした、お客人。私がギルド、『夢路の導き』の長、スセリビメである」
名乗り、立ち上がったその人は、葉月よりも頭一つか二つ分は背が高い。
美しい黒髪を結い上げ、豪奢な黒地に赤を中心とした色とりどりの扇が散る着物を着た女性。
「スセリビメ……。素戔嗚尊の娘で、大国主命の奥方の、あのスセリビメ様であらせられますか?」
日本の最高神であり、太陽神である天照大御神の兄弟神の娘で、この国の国津神を統べるとされる大国主命の正妻。
この日本で、十本の指に入るだろう、高位の女神だ。
ほんのひと時ながら、豊生神宮で巫女の真似事などしていた咲月は、慌てて畳で正座をし、深々と頭を下げた。
「――お初にお目にかかります。私の名は、綺羅星の朔海。この度、魔界にて吸血鬼の王となる者。この度は、書状に記しました通り、こちらへ助力を乞いに参りました」
「ああ、聞いている。とある街の、とある番人の教育係からそういう報告を受けている。国際課からの報告もな。それにもう一つ、天界経由で面倒くさいヤツからも、な」
だが、と、彼女は言った。
「この組織はあくまで、人界で生きる人外のものの為、そして彼らと人とを穏便に繋ぐための組織だ。魔界の事情に首を突っ込む余裕はない」
懐から扇を取り出し、口元を隠すように開く。
「魔界の厄介事を持ち込まれても、困る。……我らにかなうのは、我らにある程度理解のある人間や、彼らと繋がりのある比較的扱いやすい人外どもを紹介してやる事くらいだが。これは、そういう事でいいのか?」
と、彼女はさも当たり前のように言う。
こんなにもあっさりと紹介できるような、そんな存在が当たり前に居る。
咲月は、ふと葉月が紅狼に殺され、豊生神宮へ行くことになったあの時、東京駅の雑踏で浮かんだ疎外感を思い出す。
……あの時は、そんな風に思ってしまったけれど。
どうもこの世には、世間で流布される常識の通じない事柄が、実はまだまだたくさん存在しているらしい事実をより現実的に理解した。
……きっと。魔王が求めているのは、そういう事なのだ。
「――はい。できれば、私たちとの連絡係のような人たちを数人、紹介していただきたいのです」
「何、その程度、造作もないこと。良い。一日待て。近くに宿を用意しよう。明日、改めて出直せ。それまでに、幾人か候補を見繕っておこう」




