赤竜のアルフレート
城の総面積、という点では、ここは吸血鬼の城よりずっと狭い。
しかし、要所要所の造りは、こちらのほうがずっと余裕があり、狭いと感じる事はまずない。
何より、城の雰囲気がまるで違う。
全てがぴしっと規律正しく整えられ整然としている一方で、城の内部で働く者たち、衛兵や文官、侍従や侍女、メイド達の誰もがとても大らかで気安い雰囲気を漂わせ、ここでは余所者である吸血鬼一行たる咲月たちにも居心地がいい。
城で働く者たちの制服も、城の内装も、豪奢な飾りの類は全く無く、どちらかといえば質素とも言える装いだが、どれも趣味よく整えられ、貧相に感じる事も無い。
全てが程よく調和され、絶妙なバランスを保っている。
これを整え、維持してきたその代表者たち。
朔海は、とうとう目の前に現れた大きな両開きの扉を見上げ、一度、深呼吸をしてから、声を張り上げた。
「――吸血鬼王紅龍が第一王子、綺羅星の朔海。及び我が伴侶、双葉咲月と我が側近双葉葉月。三界を統べる王、ソロモン王が後継、ライラ女王にお目通りを願いたい」
すると、見るからに分厚そうな扉の向こうから、凛とした女性の声が返った。
「どうぞ、お入りください」
その声に応えるように、扉の両脇に控えていた衛兵が門を両側から押し開く。
扉の向こうの空間は、おおよそ学校の体育館ひとつ分が入るかどうかというくらいの広さ。
そして、その舞台のように一段高くなったその場所に、座り心地の良さそうな椅子が一脚。
その玉座に座るのは、咲月とあまり年の変わらないような少女――。
顔立ちは、アジア系よりアラビア系に近い。
取り立てて美女、という感じではないが、その凛とした佇まいと彼女の纏う雰囲気が、彼女が王である、とひと目で分かる高潔さを際立たせている。
そして、その傍らに立ち、彼女を守るように侍る一人の男。
こちらは葉月と同じか、若干年上位に見える。
女王に仕える側近。――と、いう事は、彼が例の「赤竜」なのだろうか?
朔海に倣い、彼らに対する礼を尽くし頭を下げつつ考える。
「どうぞ、頭をお上げください。あなた方は、魔界に棲まう吸血鬼一族の次期王と聞きました。するとつまり、アルフレートの主筋に当たる方。何より今回の件については魔王陛下直々の書簡が届いております。私に力を貸してくれる者たちの約三分の一は魔界に暮らすものたち。彼らに責任を持つべき立場にある私が、手をこまねいて見ているわけにはいかないのです」
椅子から立ち上がり、彼女は言った。
「ねぇ、そうでしょう? アルフレート?」
そして隣へ振り返り、少しからかう様な笑みを浮かべて尋ねた。
「……まぁ、そうだな。事が魔界のみに留まらず、天界や、果てはこの人界までもが脅かされる可能性があると言われては、そうそう無視もできまい」
それに対して、アルフレートと呼ばれた彼はバツの悪そうな顔をしながらため息をついた。
「――だが、俺は神とソロモン王、そして女王たる彼女に忠誠を誓っている。力は借すが、魔界の連中……特に俺の古巣の面倒くさい連中と馴れ合うつもりはない。何より、俺たちの目指す理想に反するような事には関わらない。それだけは、覚えておけ」
女王が身につけているのは、伝統的なイスラム教信者の衣装。
一応、王らしく多少飾っていはいるが、朔海の実母が身につけていた煌びやかな衣装と比べるまでもなくかなり質素なもの。
アルフレートの衣装もまた、吸血鬼の国では見かけなかった、この地域でよく見る民族衣装を組み合わせ、アレンジしたような装いだ。
彼は、種族としては朔海と同じ吸血鬼だが、ここで独自の居場所を得た。
「彼女は、ソロモン王の指輪を持っている。その気になれば、お前たちを従わせることもできる。
やって来た次期王というのが、あの連中のような者だったとしたら、俺は即座にそうすべきと進言していただろう」
彼は不遜な笑みを浮かべながら、腰に下げた剣を鞘から少しだけ持ち上げ、その刀身で指に小さな傷をつけた。
「そしてもしも、従わせるにも値しないような奴なら……」
その手のひらを掲げてこちらに向ける。
「この場でこいつの餌にしてやる――」
ふわりと、その傷から血色の霧が立ち上り、たちまちむくむくと膨れ上がる。
その端から、霧のようだったそれが次第に実体を成し、輝きを得る。
鈍く光る赤銅の鱗を身に纏う、その堂々とした出で立ちは、まさに――
「竜……」
美しく輝く、赤銅色の竜。
彼の二つ名の由来であるそれが、こちらへ向かって牙を剥いた。
「……って、させるか!」
それを見た潮が即座に竜の姿で顕れ、相手の竜と対峙する。
迸る銀の光を抑制する事もなく、潮は相手に牙を剥き返した。
「主を傷つけるつもりなら、オレ様がお前を喰らってやるまでだ!」
部屋中に舞い散る銀の光、しかしそれを浴びても女王は勿論、アルフレートも痛くも痒くもない様子でそれを愉快そうに眺めた。
「アルフレート。彼らは、貴方の知る者たちとは違うようです。牙を収めなさい」
「……まさか、王家直系嫡子が、破魔の気を纏う竜を使うとは、な。成る程、俺以上の変わり種らしい」
女王の命に、アルフレートは面白そうに笑いながら、自らの竜を消した。
「いいだろう。では、場所を移して詳しい協議に入る――が、まだしばらく予定が立て込んでいる。今宵は城に部屋を用意する。晩餐の後に、話を伺おう」
彼が、部屋の隅に控えていた女性に目配せをする。
「では、お部屋へご案内いたしますわ」
質素なメイド服を身にまといながら、しかしその豊満な身体に全く合っていないように見える、そんな女性が、丁寧に腰を折り、頭を下げた。
「私、王妃付きの侍女頭で、リーと申しますの。我らが主の賓客、私が誠意を持っておもてなしいたしますわ」




