魔王さまの頼みごと
「俺はな、かつてこの世に初めて帝国と名のつく国が興ったその時から、こういう事になる可能性に気づいていた。……もっと言えば、俺たちの存在が、人の心に依存している物だと識った時から、その危惧はあった。だからこそ俺は、かつてお前の先祖に俺の魔力を分け与えた」
「……何故、その対象が私たち吸血鬼だったのです?」
「お前たちと、俺たちとは一線を画す存在だからだ。そうだろう、元は人間界の生物の一種であった吸血生物が、お前たちの先祖であるのだから」
人の心の力に依って生み出された魔物たちと違って、吸血鬼はそれに依らずともその存在を保つことが出来る。
「まあ、お前たちを魔物たらしめている力の出処は俺だからな、力は削がれるだろうが――」
それでも、世界の崩壊とともに消えてなくなる事だけはない。
「それに、お前たちのその生態、習性もまた魅力的だった。『その地の食物連鎖の最上位に居る者の情報を取り込み、それを自らのものとし模倣する』という、その能力が」
そして今、地球上でその位置にいるのは人。だから、吸血鬼は皆人を模して生きている。
「人そのものではないが、人により近い存在。しかし、その習性から人より柔軟で、俺の力も簡単に受け入れ、しっかり自らのものとした――だけでなく、この魔界の魔物たちの力をそれぞれ取り込み、独自の進化すらとげた。正直、期待以上だった」
しかし、それだけでは足りなかったのだ。
「そのルーツは魔物でなくとも、それ以外に関して他の魔物と変わらず、ただ力に固執するだけの“魔物”に用はなかった。人を食い物としか見なさない輩に人間の心の問題など解決できるはずもない。そもそも、こんな秘密を知った時点で、奴らはまず俺の首を獲りに来ただろう。その結果、世界がどうなるかなど考えもせずに」
それでは、仕事を託すに値しない。
「だからこそ、お前たちを喚んだんだよ。吸血鬼の王子として生まれながら、魔物らしくなくて弾かれた、紅龍王第一王子、綺羅星の朔海。そして半分とはいえ人間の血をその身に宿した半吸血鬼、白露。そして、元は真実人間であった、双葉咲月。そして、お前たちは仕事をなすにふさわしい力をも持ち合わせている。これ以上の人材は、この先いくら待っても出会えまいよ」
魔王は、ニヤリと満足げに微笑んだ。
「実はなぁ、昔、もう一人居たんだよ。これだと思って声をかけた男が。……だが、そいつは俺を振って人間の王に仕えやがった。その王が死んだ後も、その遺言に従って人間界を渡り歩き、終いには自ら見出した娘に惚れ込んじまってなぁ。当時はまだ、今ほど急を要する事態にゃなってなかったから、こっちも強要はしなかったんだが……」
「まさかそれは、伝説の赤竜の使い手では……」
魔王の言葉に、朔海が思わずといった様子で息を飲んだ。
「ああ、そうだ。確か名をアルフレート、とか言ったか? まあ、仕事そのものは断られたがな、顔の広いやつだ、声をかければ手伝うくらいはしてやる、と言っていた。知らせを飛ばしておくから、近いうちに挨拶に出向くといい。それに人間界にだって、こっちと繋ぐ組織は存在する。そういうところと連携をしつつだな、仕事に励んでほしい」
「……それは、まあ、一応理解はしましたが。具体的に、何をすれば良いのです? 上手く他人と心を繋げられない者、自分の心と向き合い、付き合う方法が分からない者が増えた、そのフォローをしろとの事ですが、それぞれのケースに個々カウンセリングでもしろと? でも、それでは焼け石に水ですよね?」
「おお。何もかも、全てをお前たちに背負わせるつもりはねぇ。そんな簡単な問題じゃないのは俺が一番よくわかってる。他にも幾人か、それぞれの仕事に見合う人材を見繕って、声をかける時期を見計らっている。だから、綺羅星の朔海、そして双葉咲月、お前たち二人にに頼みたいのは、うっかり不用意に異世界に迷い込んだ者をフォローする、守り人の役目だ。そして白露、お前にはこうして俺が見繕ってきた人材を纏め、それぞれに適切な仕事を割り振る元締めを任せたい」
その為に、と、魔王陛下は言った。
「白露。お前に、俺が直々に爵位をやろう。仕事場たりうる城と、それを回せるだけの人材を養えるだけの領地を治める、侯爵の位を」
その言葉に、葉月が目を丸くする。
「俺と、吸血鬼王たるそいつの連名による命令なら、文句をつけられる輩は居るまい?」
と、彼こそが否応を許さぬ口調でそう問いかけた。
「相応の爵位を持てば、これの臣下として傍に侍るにも箔がつく。それを臣下とするこいつ自身の箔もつく。そうだろう?」
「……なるほど、何かを統べる者として、ただ吸血鬼王の臣下というだけでは弱い、と。けれど魔界で悪魔に次ぐ力を誇る吸血鬼一族の王に仕える侯爵なら、確かにそれなりの位ですね」
「何よりそうすることで、お前を縛る呪縛を退ける一助ともなるだろう」
それに、と、魔王は玉座から立ち上がりながら続けた。
「これもまた極秘事項だが、この件では俺の弟、ミカエルも動いている。……が、この件に関しては俺も奴も表立って動けない事情を抱えている。だから、その分お前たちの働きに期待する。これは、その餞別がわりだと思ってくれればいい」
本当は、俺が動ければいいんだがな、と、自嘲じみた笑みを浮かべながら、魔王はゆっくりと段を下り、そして咲月たちの前に立った。
「仕事は、追々、順次回していく。まずはそれぞれこの件を前提としつつ、新たな環境の中で自らの立ち位置を見極め、それを構築、維持することに全力で努めろ。――これは、魔王ルシファーの命令だ。いいな?」
魔王の命令、と言われて、否やを唱える事はできない。
朔海はすぐさまその場で立ち上がり、地面に膝をついて頭を下げた。
「――御意に」
主が頭を下げたのだ、当然葉月も即座にそれに倣う。
それを見た咲月も、慌てて跪いた。
「ああ、お前の戴冠式の折には山ほど祝いの品を贈ってやろう。お前は、魔王ルシファーが認めた王だと、な」
そう言って笑いながら、魔王はまた指を鳴らした。
すると、一瞬で謁見の間から城門へと周囲の景色が入れ替わる。
橋の向こうには、乗ってきた馬車が支度されている。
「さて。人払いしていたせいで、さしたる歓待も出来ずに申し訳ないが」
――そうは言うが、魔王陛下直々の見送りなど、そうそう期待できるものではない。と、いうか普通ならまずありえない。
「ではな。即位の知らせ、楽しみにしている」
手を振る魔王に見送られながら、馬車はゆっくり走り出す。
天馬は翼を広げ、闇に覆われた空へ駆け上がる。
それを追って、魔王は自らの翼でふわりと宙を舞い、馬車の窓越しに、ひょいっと何かを差し出した。
反射的にそれを受け取ってしまって、咲月は目を白黒させる。
「餞別、その2だ。ま、突然色々何だかんだとあって大変だろうが、お前らの鍵を握ってるのはあんたみたいだからな。それは、あんたに託しておくよ」
と、意味深に言うだけ言って、彼はあっさり馬車を離れ、城へと戻って行ってしまった。
魔王が、餞別にとくれた、それは――




