人の心と異世界の関係
人は、誰でも一つ、心に世界を持っている。
いや、より正確に言うならば、人は心という名の世界を誰しもが持っている、と言うべきか。
しかし、その事実をきちんと把握し、理解している人間はそう多くはない。
これは、今に始まったことではない。……しかし、朧げながらにその存在を感じている人間は、少なくなかった。
実際、その世界はとてつもなく広く、その一方で不確かであり、その世界の隅から隅まで全てを把握している人間など、この世に一人として存在するまい。
泣いたり、笑ったり、怒ったりといった喜怒哀楽のような、表層的な感情とは別に、深層心理と言われるそれは、当人にも心理の専門家にも、完全に理解することは不可能なものだ。
自らが生まれ育った土地の文化。それぞれの家庭環境で培われるもの。己の信じる宗教や思想。日々積み重ねる生活の中で見聞きするもの、それに関して感じる感情。決して他人が直接触れたり見ることのできない、それらで構成される世界は、一つとして同じものは存在しない。
そして、その自らの世界に自ら直接触れたり見たりできる者は、そう多くない。
しかし、それらに接触する事が全く不可能なわけではない。簡単ではないが、可能なことだ。
言葉を交わし、信頼関係を築き、心を開き、心を繋げることは、簡単ではないが、難しいことでもない。
そうして出来た繋がりは、物理的に離れていても繋がっている。――まあ、物理的に常に傍に居ても繋がりが切れてしまうケースも往々にして存在するけれど。
それでも、一度繋がりを持てば、仮に死別してしまったとしても、その相手が自分の心の中に居ると感じる事はあるだろう。
そういう風に、心と心、心の世界は繋がれる。
そして、人間の心、その世界が持つ力についても、同様にきちんと把握し、理解している人間は多くないが、朧げながらにその存在を感じている人間は少なくない。
実際、人間は強く思い込み、信じる事で、普通ではありえない事象を起こす力を持っている。
それを本当に引き出せる人間は限られているが……。
だが、例えばバーサーカー……狂戦士って、聞いたことがないか?
それとも、思い込みだけで重い病が嘘みたいに治ったって話は?
つまり、人間の心は、それだけの力を内包しているんだ。
それが繋がれば、どうなると思う?
そう、例えばひと柱の神が全てを創り、しかし自らの意思に反した者に怒り、自らの楽園を追い出した、そんな話があって、それを大勢の人間が信じ、一つの宗教として成り立ったら?
同じ思想、同じ宗教を通じて繋がった心は、自らの信じる世界を創りだす。
“神”がいて、それに侍る天使がいて、かつてそれに反逆した堕天使がいて、それらが住まう天界と、魔界とがあって……。
勿論、その宗教が初めて興った時点ではさして信者も居ない小さな宗教だった。
そして、世界にはその程度の宗教はごまんとある。
例えば天照大神、例えばオーディンやロキ神、例えばゼウス、テスカトリポカ、挙げだしたらきりがない。
しかし、規模は小さなコロニーでも、基本“神”たる聖なる存在がいて、それに反する“悪魔”や“魔物”、“悪神・邪神”といった存在が居る、というあたりはどの宗教でも基本だ。
だから、この世界は天界と魔界に別れ、それぞれより人界に近い部分に天国という楽園や、地獄を内包し、またそれらの緩衝帯として次元の狭間が存在しているんだ。
そして、それは信仰心が厚い程、信じる者の数が多いほど、より多くの心が繋がり、それそれから引き出される力が多ければ多いほど、その世界は確かなものとなり、力を得る。
天界や魔界における我らの勢力図は人間たちの勢力図に著しく影響されるのは、だからだ。
そして現状、世界的に見て、最も信者の多い宗教はなんだ?
そう、先程も言った通り、ユダヤ・キリスト・イスラム教だ。そして彼らは“神”を信じ、翻って俺の存在も――信じる、と言ったら少々語弊があるかも知れないが――まあ、認知はしている。
だから、俺は今魔界において随一の力を持ち、こうして魔王の座についていられる。
だが、最近――ことにこの百年ほどで、急激に世界に綻びが目立つようになった。
次元の狭間の世界の端が、ひどく曖昧で、まともに足を踏み入れることもできないような状態なのは知っているな?
あれはもともと、天界も魔界もない、淡いな世界を持つ者の心が寄り集まり、また天界と魔界との境にあって曖昧な世界なだけ、元々綻びやすい構造だからこその現象なんだが……。
それが最近、天界や魔界でも多く見受けられるようになった。
理由は、先にも言ったとおりだ。
科学が発展し、これまで信じられてきたことの大半がお伽話という事になり、それを真剣に信じる者が減ったからだ。
無論、これまでにも信じる者が戦や災害によって失われたり、信仰を無理矢理奪われたりして存在できなくなった神や魔物、それらが住んでいた地域がごっそり消えてなくなる、なんてことは昔から数限りなくあった。
しかしそれは局所的な、ごく一部の事でしかなく、他多くは変わりなく存在していた。
人の生は短く、目まぐるしく世代は移り変わり、その度に様変わりしていくものも少なくない。
だから、勢力図も目まぐるしく変遷し、魔界と天界の勢力バランスも逐一変化し、だからむしろそういう変化には相当柔軟な世界のはずなんだ、本来は。
しかし、今回ばかりは、違う。
世界そのものを支える力そのものの総量が減りつつある。
心が持つ力そのものが減ったとは思えない。
ただ、それを表に出すこと、そして心を繋げること、それが上手くいってない。
それこそが一番の原因だ。
だからつまり、お前たちに頼みたい仕事ってのはまさにそこのフォローってわけだ。
実際な、確かに宗教的な意味での信仰心は薄れている。
けどその分、ファンタジーとして、そういう世界に浸り込む、という方向で“信じる”人間はむしろ増えている。
特に無宗教の層は、旧約聖書だの北欧神話だのギリシャ神話だのとこだわりなく、それこそ俺やベルゼブブ、ミカエル、オーディンやゼウスなど、それぞれ一個神として入れ込むか、広く浅く興味を持っていたりもする。
――そうだろう、元人間のお嬢さん?
だから、これまでとは多少それぞれの力関係や、方向性に変化はあるかもしれないが、ここまで急激な綻びを生んだ直接の理由は、信仰心の薄弱化じゃねえ。
上手く他人と心を繋げられねぇヤツが増えた。
自分の心と向き合い、付き合う方法が分からねぇヤツが増えた。
それ故、心の世界がより不安定になった。
……無論、かねてからある一定数、そう言う奴は居た。けれど、最近それがより顕著に増えた、その結果が、この世界の揺らぎ。
例え魔界や天界が消えても、人間界が消えることはねぇ。
だが、この世界のゆらぎは、人間たちの心の揺らぎ。この世界の綻びは、人間たちの心の綻び。
人間が、“心”を持ったその時から、朧げながら存在し、人々が文明を得、信仰を打ち立てた頃より発展し続けてきたこの世界が消えるということは、少なからぬ影響を、人にも及ぼすだろう。
実際に消え失せる事は無いにしても、崩壊と言っていいレベルの影響が――。




