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Need of Your Heart's Blood 2  作者: 彩世 幻夜
第十章 Wedding ceremony
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寄り道

 いずれ三日月が昇るはずの夜空には、まだ中天に届かない位置にオリオン座が輝いている。

 まだ月の昇らない、星明かりだけの夜。


 以前、朔海に抱えられて飛んだ時には暗闇に埋もれ、判別のつかなかった景色が、今は色彩こそモノクロだが、山に生い茂る木々、その葉や枝までもが昼の景色と変わらず見ることができる。


 そう、それは既に次元の狭間や魔界で目にしたものと、変わらない視界。

 いや、次元の狭間や魔界と違い、空に瞬く無数の星の明かりがある分、そして昨夜の雪が、まだ山の高いところや谷など影になる部分に残っている為、より視界が明るい。


 その事実が、今の自分とかつての自分の違いを否応なく突きつける。

 ――それは既に、昼にも感じていたこと。

 今は冬だというのに、日光に晒された肌が、微かにちりちりと痛んだ。そう、まるで真夏の太陽に焦がされる、その痛みによく似た感覚は、咲月が既にこの人界に住まうべき存在ではなくなったのだという事実を、否応なく思い知らせる。


 まあ、別段何か未練がある訳でもなし、多少寂寥感のようなものはあるが、特にこだわりがある訳でもない。


 だから、あちらへ帰る前に、と、彼にそう尋ねられ、咲月はつい聞き返してしまった。


 「……え?」


 寄り道、と言われて、かつて葉月の医院のあった町で見つけた美味しそうなたこ焼き屋や、一人暮らしをしていたアパートの近くにワゴン販売に来ていたクレープ屋、豊生神宮のお膝元で美味しい揚げたてコロッケやメンチカツを売っていた精肉店等々をつい思い浮かべてしまってから、咲月はそれらのイメージを頭から追い出すべく、慌てて首を振った。


 まさかこんな時に、そういうつもりで言った訳ではないことくらい、分かっている。


 朔海や葉月に出会い、そしてあの豊生神宮の面々と知り合うまで、咲月にとってこの人間界は、優しい場所ではなかった。

 辛い思い出が多い、むしろ冷たい場所だった。

 一度、その現場とも言うべきあの場へ乗り込んできた朔海は、それを直に感じたはずだ。


 その彼が、何故そんな事を聞くのか。

 

 ――確かに、辛い思い出ばかりだったけれど、“だけ”では無かった。

 ほんのひと時、咲月は暖かく幸せな生活を送っていた時期があった。その後に、あまりに辛い事が続いたせいで、つい忘れがちになるけれど……。


 もしも、あの日、あの時。児童福祉施設に居た咲月を、あの夫婦が見出してくれなかったら。


 咲月は、あのままあの施設で育ち、小、中、高と、多少理不尽な思いはしたかもしれないが、普通に学校へ通い、そしていずれ就職を果たしていたはず。

 最近の景気状況を考えれば、楽な生活は望めなかっただろうが、少し前の朔海の望んだ、ごく当たり前の普通の幸せな生活を送り、こうして彼と出会うことは無かったはず。

 ――と、いう事はつまり、咲月は己の出自も知らないまま、朔海は先日の一件で死を選んでいた可能性が否定できない。


 そして、短い間ながら、あの夫婦が咲月に注いでくれた愛情は、本物だった。

 葉月や、竜姫、晃希、稲穂たちが咲月に向けてくれたものと同じ――。

 

 「……そうだよ、ね。一度、お墓参りくらいしなきゃ、私、とんだ恩知らずだよね」


 こういう時、咲月はつくづく、朔海の凄さを感じる。

 力の強さとか、生まれとか、そんなもの全て関係なしに、彼は凄い。

 自分でも思い至れなかった、些細な事まで拾って、気にかけてくれる。さりげなく手を引いて、導いてくれる。


 きっと、普通の国だったら、彼のような王を戴けば、その国の民はとても幸せに暮らせることだろう。間違いなく賢王として歴史に名を残すはずだ。

 ……けれど、彼がこれから王位にき、治めなければならない民は、そういう幸せを“幸せ”と思わない、殺伐とした国だ。

 彼を見下し、排斥した国を、彼は治めていかなければならない。


 少なくとも今の咲月に、難しい政治に関わる手伝いなど、無理だ。猫の手に“劣るとも優らない”ような手伝いなどかえって邪魔になるだろう。

 ……今の咲月に出来ることは、せめて彼の心の支えになる事くらい。


 その為にも、彼の凄さの半分でも、見習わなければ……、と思う。


 「じゃ、どこか花屋によって、それから……。まだ、時間はあるし、折角だから、ちょっと遊ばない?」

 咲月はそう言って、朔海を誘う。

 「そういえば、こっちに居る間、朔海とデートらしいデートってしたこと無かったなぁ、と思って。まあ、草津でそれっぽい事したはしたけど、葉月さんも居たし。……きっと、魔界へ行ったら二人でデートなんて、そうそう出来なくなるだろうし。だからさ、カラオケでもゲーセンでも映画でも、ちょっと遊んでいかない?」


 次元の狭間でも、買い物ついでに街をぶらついたりもしたけれど……、そういえばあの時もファティマーが居て……。

 朔海と、デートらしいデートをした事が、実は殆ど無かったことに咲月は今更ながらに気づいてしまった。


 「うん、今からだと遊園地やら水族館やらへ行くには遅いけど、映画ならまだレイトショーとかあるはずだし、カラオケなら夜通し開いてるところもあるし……」


 ここから東京まで、飛んでいけば一時間ほどで着けるはずだ。

 「お墓があるのも、東京の……当時住んでいた家の近くの霊園だし。……ちょうど、バイトで稼いだお金もあるし」

 そんなに大きな額ではないが、映画やカラオケ代程度なら充分足りる。


 太陽は、もう沈んだ。今の時間なら、人間界に居るのに支障はない。

 今日――そして明朝までは時間もたっぷりある。


 「だから、目一杯遊ぼう」

 ほんの、ひと時。もしかしたら最初で最後になるかもしれない、他愛ない時間を――。


 

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