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Need of Your Heart's Blood 2  作者: 彩世 幻夜
第十章 Wedding ceremony
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祝いの宴は賑やかに

 カラカラカラン、と、幾重にも重なる、たくさんのグラスが触れ合う音。

 

 そこに溢れる、紛れもない笑顔に、咲月も自然と笑顔になる。

 ほんの一年前までは決して考えられなかった幸せを噛みしめるように、グラスに注がれたワインに口をつける。


 「ほう、これは旨い。普段は日本酒や焼酎ばかり飲みつけて、葡萄酒などさして嗜んだ事もなかったのだが……」

 「お口に合ったようで、恐縮です。それは、温めてホットワインにしても、ジンジャーエールやコーラで割って楽しんでも美味しいんですよ。こうして縁続きになる良い機会を得たのです、もしお気に召したのでしたら、おすすめのワインを格安でお譲り致しましょうか?」

 ワインの味に満足気な稲穂に、ファティマーが抜け目なく商談を持ちかける。

 「ああ、それも興味深いのだが……、うちにはまだ酒は当分お預けな年頃の子どもが居るからな。――今はそれよりも、あの美味い茶葉について、後で詳しく聞かせて欲しいのだが」

 「ええ、勿論――。種類は豊富に取り揃えております。よろしければサンプルなどお持ちしますよ」


 「近々、魔界へ居を移されると伺ったのですが……?」

 その向こうでは、晃希が少し心配そうに葉月に尋ねる。

 「――ええ。朔海様が王位をお継ぎになられることがほぼ決定しておりますからね。私は、彼の臣下。彼の傍でお仕えするのが、私の役目です。……けれど、このお社の方々が、私にとって、そして我が主にとってもかけがえのない恩人である事に変わりはない。何かあれば、可能な限り駆けつけますよ」

 それに対し葉月はそう請け負った。

 「……次元の狭間ならともかく、魔界の毒は、瑠羽や潤には普通の人間以上に障りとなる可能性がある。この子らを魔界に連れて行けない以上、そう言ってもらえるのは、助かる」

 気のない様子で潤を抱いたまま傍に佇んでいた清士が珍しく素直な謝意を表したのに、晃希が目を見張る。

 「おい清士、まさかお前、もう酔ったんじゃないだろうな?」

 「ふん、バカ者め。天使が酒に酔っ払うわけがなかろう。……そう、我は天使だ。だからこそ、この社において、魔界の事情に一番精通しているのは――おそらく我だろう。単純な知識だけならこやつの方が優れているかもしれんが」

 「……癪ではあるが、俺にあるのは実のない知識だけだからな。確かに百聞は一見に如かず、実際の経験を持つお前の方に一日の長がある……、か」

 「何か、我で力になれる事があるなら、まあ、相談に乗ってやらん事もないぞ」

 ふん、とお得意のポーズで胸を反らす政治に、葉月が苦笑しつつも「ありがとうございます」と礼を述べる。


 「久遠、私、あれ食べたい!」

 「あれはケーキ、デザートだよ。瑠羽、まだちゃんとご飯食べてないでしょ。だから、まだダメ。ちゃんとご飯食べたら、取ってあげるから」

 「えー、ケチー」

 「ギャっ」

 少々恨めしげな瑠羽にギュッと尻尾に抱きつかれた久遠が悲鳴を上げる。

 

 「ははっ、これだけ色々ご馳走が並んだらそりゃ目移りするよな。うん、気持ちは分かるぞ、瑠羽。だが、甘いものを先に腹に詰め込んだら美味しい食事が腹に入らなくなるぞ」

 「そうね、甘いものは別腹とは言うけど……、あれって普通、食事をした後の話だものね。瑠羽、ご飯もどれも美味しいのばっかりだから、食べてご覧? 何がいい? 取ってあげる」

 それを稲穂が窘めつつも笑い飛ばし、竜姫が母親らしく世話を焼く。


 ――とても、賑やかだ。


 小皿に取った黒豆を甘く煮つけたものを箸で一つ一ついただきながら、その様子を眺める。

 その隣で、朔海は鯛を口にしながら、首を傾げた。

 「何だろう……、これ、味噌……だよね? 何だか変わった味がする」

 「うん、それか。それは甲府味噌の味噌漬けだ」

 「甲州味噌?」

 「うむ。合わせ味噌でな。しかもそれは我が社の、文字通りの手前味噌だ。要はオリジナルってやつだな」

 得意げな稲穂に、朔海は納得したように頷いた。

 「これ、美味しいです」

 「お望みなら、後で味噌を分けてやろう」

 

 朔海に勧められて、咲月も同じものを口にする。

 それは、数ヶ月の滞在の間に何度も口にした、咲月にとっては馴染みのある味だ。


 「魔界へ行けば、味噌なんてそうそう手に入らない。……次元の狭間のあの街は、色々な物が集まるけれど、それでも、特定の地方固有の物というのはなかなか手に入りにくい」

 「……まあ、そうよだね。最近では海外でも和食が注目されて、お醤油なんかは海外の大きなスーパーへ行けば買えるらしいけど。それでも日本なんて小さな島国だもんね。海外どころか異世界でお味噌やお醤油売ってるの見つけたら、むしろびっくりだよ」

 「僕は、ここが葉月の故郷の国だから、わりと頻繁に訪れていたけど、魔界にあるあの王城が建つ周辺地域は、主に欧州系の魔物が多い地域で――……それは、次元の狭間の僕の家の辺りも似たような感じなんだけど……」

 そういえば、先日城を訪れた際に饗されたのはフレンチだった。

 

 咲月の貧相な発想では、フレンチ=(イコール)高くて贅沢な料理、というイメージしかなく、元々夜会パーティーの食事として出されるはずだったと聞けば、特に思うところもなかったのだけれど……。


 「流石に、王城で僕自身が厨房に立つわけにはいかなくなる。……しばらくは、こういう食事と疎遠になるかもしれない」

 「……そっか。なら、今日のうちにしっかり味わっておかないと、だね」

 咲月は、天ぷらに手を伸ばした。

 衣装を汚さないように気をつけながらも、さくさくとした衣の食感を楽しむ。 


 その間にも、稲穂の前に並んでいた酒瓶が、どんどん空けれられいく。


 「よぅし、晃希、お前そろそろ何か余興でもやれ!」

 機嫌よく、稲穂が名指しで振った。

 突然の指名ながら、ある程度予想していたらしく、彼は苦笑しながらも「はいはい」と軽く請け負い、一人食事の並ぶテーブルから離れた。

 豊生神宮の面々は、この手の展開に慣れているようで、自然と彼の周囲に場を作り、彼を囲む。それに倣い、葉月やファティマーも興味津々に彼の方を見た。


 「では、僭越ながら私の『マジックショー』をお目にかけましょう」

 

 そう言って、パチンと一つ指を鳴らす。

 すると、突然彼の手の上に黒いシルクハットが現れる。

 帽子を逆さに持ち、中へ手を入れ――そうして取り出したのは、色とりどりの布。

 手巾サイズの赤、黄、緑、青、白、黒、そうして取り出された布は、その姿を観客の目に晒した次の瞬間には、それぞれ、やはり色とりどりの炎に変わる。

 赤い炎、黄色い炎、緑、青、白、黒――。

 それらを、晃希はシルクハットを虫取り編みのように振って捕まえ、帽子の中へとしまいなおす。しまわれた炎がシルクハットを燃やす――なんてことはなく、再び彼がその中へ手を入れると、今度は旗――フランス、イタリア、ドイツ、日本、アメリカなど主要な国々の国旗が現れる。

 

 「タネも仕掛けもありません」


 そうお決まりのセリフを放ち、彼は空の帽子を皆に見せる。――当然だ。彼の『マジックショー』は「手品」ではない、真実「魔術マジックショー」なのだから。


 「よし、次、清士、お前も何かやれ」


 ご機嫌な稲穂の次なる指名を受けた清士は、結婚式定番の賛美歌を歌い、続いて「では我らも」と腰を上げた稲穂と竜姫の日舞に久遠の幻術ショー。

 

 途中、打掛からファティマーの用意した漆黒のウェディングドレスへのお色直しを挟み、大いに盛り上がった空気に「では私も」と、ファティマーが即席のフレーバーティー試飲会を始め、女性陣に大ウケしたと思えば、「お前も何かやれ」とばかりに持ち上げられた葉月が、戸惑いながらも「テントウムシのサンバ」を青彦、紅姫と共に歌って踊るも、残念ながら清士や瑠羽には不思議そうな顔をされていた。


 そうこうするうちに、テーブルの上の料理もあらかた片付き、騒ぎも一段落し、ふと落ち着いたところで、稲穂が、

 「……さて、満足して貰えたかな?」

 と、咲月に尋ねた。


 「――はい。それは、もちろん」


 最初から最後まで、とにかく賑やかで。

 こんなふうに、身内だけの集まりででも、こんな賑やかな宴は初めてで。

 これだけ暖かく自分を受け入れてくれる人達と一緒に騒いで、それが楽しくないわけがなかった。

 だから、咲月はごく自然に心からの笑みを浮かべてそう答える。


 「そうか。それは良かった」

 

 最後に、皆でもう一度乾杯して、楽しかった宴は終わり、朔海と咲月は、豊生神宮の面々に礼を言い、次元の狭間の朔海の家へと帰る。

 ファティマーは、自分の店へ。そして葉月は「まさか、このような日に野暮は言いませんよ」と、最後の片付けを済ませに、医院へ帰った。


 朔海と二人、人間界の空を自らの翼で舞う。

 人間界の空を飛ぶのは、あの日――朔海が咲月を迎えに来た、あの満月の夜以来の事。

 けれど、咲月はあの時とは違い、自らの翼で飛ぶことができるようになっている。

 左手こそ、彼としっかり手を繋いでいるけれど――。


 「さて、あちらへ帰る前に、どこか寄り道したい場所はあるかい?」

 と、豊生神宮から少し離れたところで、唐突に尋ねられ、咲月は目を瞬かせた。


 「……え?」

 

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