宴
白無垢衣装で臨んだ式、それを終えた咲月は、かなり強引に、ささやかながら披露宴会場として支度された道場へと連行される朔海と再び一時別れ、神崎家の母屋へ足を踏み入れた。
「さて、それじゃあお楽しみ。――お色直しといきましょうか」
白一色の衣装から、華やかな刺繍が施された打掛へ――。
重たかった被り物も取り、髪型も整える。
ほんの数ヶ月ながら、一時ここに住まわせてもらっていた咲月は、晃希に魔術講座を受けていたあの一室で、竜姫と稲穂の手によって衣装替えの真っ最中である。
「うん。やっぱりこの色で正解。やっぱりこういう色って、若くないと中々着れないのよね……」
生地の色は赤――。深紅、というよりは鳥居の朱の色に近い赤色。
そこに、金糸、銀糸も含め、色とりどりの大ぶりの意匠――鞠や花、蝶――とても華やかだ。
「さあ、出来た。それじゃあ、男性陣にお披露目と行きましょうか」
竜姫に手を引かれ、母屋の隣に建つ道場へと足を踏み入れる。
既に長机を合わせて作ったテーブルの上には、美味しそうなご馳走が並んでいる。
咲月たちが式に参列している間に、山中さんたちが用意してくれたものだ。
いつも、朔海が作るものに比べれば、少々素朴な田舎料理ではあるが、祝い事の席に充分ふさわしい、手の込んだ料理。
福豆、昆布巻き、鯛、赤飯、といった定番品に加え、野菜の天ぷらや煮物、茶碗蒸しもある。
さらに、よく見れば、ファティマーが持ち込んだらしい、ローストビーフや、ハーブクッキーやフィナンシェ、ケーキなどのお茶菓子もある。
そして、先程神饌として式に出した日本酒やワインに加え、スコッチや焼酎が並ぶ傍らにはフレッシュジュースやハーブティーもある。
和洋が入り混じった、カチッとした形式からは少し外れた宴席がすでに整えられている。
そして、そのテーブルを取り巻く面々も、先ほどの式の最中に比べ、随分と砕けた様子でいる。
この場の主役を差し置いて、料理に手を出す者は――……瑠羽が先程からうずうずしている様子なのを、晃希が宥めているのを除けば――居ないが、欧州では見ない、東洋系の妖である久遠の前にしゃがみ込み、興味深そうに彼と談話するファティマー、気のなさそうな振りをしながらも、ぽつぽつと何やら朔海と会話を交わす清士など、場は既に賑わっていた。
「よう、待たせたな。お待ちかねの主菜の登場だ」
ニヤリと悪そうな笑みを浮かべ、稲穂が声を張った。
「……稲穂様、彼女はご馳走じゃありませんよ」
晃希が困った顔を装いながらも、堪えきれずに口元を不自然に引きつらせた。
「――まあ古今東西、うら若き美女が魔物にとって至上のご馳走である事は確かだが、な」
ふん、と、そこへ冷水を注ぐかのごとく清士が茶々を入れる。
「おや、魔物に限らず、男なら少なからず食指が動くものなのではないか?」
と、わざとらしく葉月に話を振るのはファティマー。
「確かに、これだけ素敵な女性ならついつい目がいってしまうのは避けられないでしょうねぇ。でも、だからといってそれ以上の行動を理性で制御出来ないような輩はただの獣です」
葉月は穏やかな笑みを浮かべつつさらりとそれを流す。
「そうね。……この世の全ての男性が、そういう事をわきまえた紳士なら良いのに、残念ながら中身が獣な殿方が多くて嫌になるわ」
ふう、とため息を零すのは、白猫姿の紅姫。
「な、何だよぅ、何でそれで俺を見るんだよ?」
そんな彼女におずおずと控えめな抗議を口にするのは同じく黒猫姿の青彦だ。
「お、お美しいです、姫様……!!」
瞳をキラキラ輝かせ、満面の笑みを浮かべて感激の意を全身で表しているのは、もちろん潮――そろそろ乳児の潤と変わらない背格好にまで成長した彼は、料理の並ぶテーブルの端に立ってふるふると震えていた。
そして――。
「あの……、どうかな、朔海……?」
打ち合わせの時、あれこれと衣装について説明されている間、咲月と一緒に説明を聞いてくれていた朔海だが、本決まりになった衣装がどれだか教えてはいなかったし、それを試着したところも、竜姫や稲穂が厳重に隠し通していた為、彼にとってはこれが初見なのだ。
そもそも咲月にとっても、これまで日本人として日本で育ちながら、着物を身に付けるのはこれが初めてなのだ。――ましてや、打掛。
成人式の振袖や、大学の卒業式などで見かける袴なども皆華やかだが、これはまた別格である。
まるで、時代劇の姫役のような出で立ち。
勿論、ある程度の心得は事前に竜姫や稲穂から手ほどきを受けている。――が、そんな一夕一朝で綺麗な女優がビシッと決める姫のような華のある艶やかさが身につくはずもない。
そんな中途半端さに、大して綺麗でもない自分が、衣装負けしていないという自信はない。
だが、数拍の間を置いて、朔海が目を泳がせながら小さくぼそりと呟いた。
「……うん、すごく綺麗だ」
「おうおう坊ちゃん、声が小さいぞ。なんだぁ、ちょっとは成長したかと思ったのに。ほらほら、ここはもっと大きな声で――」
それを青彦がワザとらしくはやし立てる。
「……はぁ、まるで小学生のガキね、全く。でも、朔海様、ここは男らしくビシッと決めてくれないと」
「うむ、全くもって興ざめだ」
さらに重ねて紅姫とファティマーの女性陣に畳み掛けられた朔海が顔を引きつらせる。
足元では、不満半分、期待半分の眼差しを向ける瑠羽。
愉快げな視線を向ける稲穂と竜姫。
少し同情の交じる苦笑を向ける晃希と、くだらないとばかりに冷めた目を向ける清士。
そして、当の咲月は、まだ少し不安そうに朔海を見つめていた。
好奇の眼差しを極力意識の外へと追い出し、朔海は一つ咳払いをしたあとで、深呼吸をして動揺する心を落ち着かせ、改めて咲月の目を正面から見据え、口を開いた。
「――当然、すごく綺麗だよ。とても似合ってる。これまで洋装ばかりだったけど、和装も華やかで……新鮮な感じがする。うん、すごく可愛いよ」
咲月の前に立ち、さっとさりげなく軽いキスをする。
わっと、周囲がわき、ぱちぱちと一斉に拍手が巻き起こる。
「さあ、では乾杯だ! 二人の幸せを願い、また未来の幸運を祈って――」
稲穂が、酒瓶ごと持ち上げ、音頭を取る。
竜姫、晃希、稲穂、久遠、瑠羽、清士。葉月に青彦、紅姫、ファティマー。そして幼いながらも潤もやる気満々で清士の杯に小さな手で触れる。
「乾杯――!」




