神前式
参道を登った先の広場にでんと構えた拝殿には、賽銭箱、しめ縄、鈴と三点セットが揃い、賽銭箱のすぐ裏に、殿上へ続く段が設置されている。
大きく観音開きになったその奥には、“御神体”とされる鏡などが飾られている。
その手前は、広く場が取られ、そこに数列、長椅子が据えられていた。
竜姫は先に立って賽銭箱の脇を抜けて拝殿に上がる。
後に続く面々も、各々履物を揃えて脱ぎ、彼女に先導されるまま拝殿の中へと進む。
――通常なら、このまま“御神体”を前に修祓から始まる一連の儀式をある意味一方的に行うことになる。この社に限らず、普通の人間に神々を視る事ができない以上、そういう形になるのは当然なのだろうが、今日この場に居合わせた面々は違う。
“御神体”が鎮座するその真ん前に陣取り居座る稲穂と久遠、この社の祭神の姿が視えない者はこの場に居ない。
神様本人が目の前にいるのに、それを無視して、物言わぬ“御神体”相手に一方的な儀式をするなど、滑稽極まりない。
普段は、狛犬ながら一般の常人には神職として振舞っている晃希が一連の儀式を主に執り行い、巫女である竜姫がそれを補佐する形で式は進む。
しかし、この社の本当の主は竜姫だ。そして、ここにいる者たちはそれを知っている。
「――それではまず、修祓の儀を執り行います」
竜姫は、稲穂の傍らに立ってこちらを振り返り、厳かに告げた。
一度、それぞれ席に着いた出席者に、起立を促し、彼らの前に大麻を捧げ持ち、それを振るいながら祓詞を奏上する。
大麻の枝が振られるたび、そして竜姫が口にする言霊が一つ形になるごとに、元々清浄だった空気がさらにピンと張り詰め、研ぎ澄まされていくのが分かる。
朔海、咲月、葉月、ファティマー。それぞれ頭を下げ、祭儀の前のお祓いの儀式を受ける。
その後で、竜姫は稲穂らの方へと向き直り、一礼。それに倣って、一同、同様にお辞儀をし直す。
皆が頭を上げた頃を見計らい、晃希がしずしずと竜姫の隣に立ち、稲穂らの前に置かれた棚に、神饌として、葉月たちが持参してきた酒などをてきぱきと綺麗に並べていく。
「新郎、新婦、両者の親族代表として葉月殿、ファティマー殿からそれぞれ良い酒や茶の葉などいただいておりますよ」
「――ほう。これは……」
稲穂が棚に置かれた酒瓶に満足げに目を細めた。
竜姫は懐から折り畳んだ紙を取り出し、広げ、流麗な文字でそこに綴られた祝詞の奏上を始めた。
その間、一同は再び起立し、頭を下げる。
厳粛な空気の中、やがて祝詞奏上が終わると、今度は晃希が盃を三つ携え、咲月たちの前に立った。
それぞれ大きさの違う盃のうち、一番小さな物を、朔海に手渡し、そこに御神酒を注ぐ。
「――ありがとうございます」
朔海は軽く頭を下げてから、そっと盃に口をつけ、それをそのまま咲月に寄越す。
身振りで促され、朔海から受け取った盃に、咲月もまた口をつけ、盃を晃希に返す。
が、すぐに今度は中くらいの盃を渡され、酒が注がれる。
促されるまま咲月は再びそれに口をつけ、残りを朔海に渡すと、彼もまたそれに口をつけ、晃希に戻した。
そして最後、残った一番大きな盃になみなみ注がれた酒を、朔海が半分ほど干し、咲月に渡す。盃に残るもう半分を飲み干して、咲月は空になったそれを晃希に渡す。
その味は、先日朔海と呑んだ酒よりだいぶ辛口だったが、飲み口は意外にさっぱりしていて割と呑みやすい。
盃としては大きくとも、せいぜい味噌汁などを入れる椀の蓋をひっくり返したような、その程度の大きさだ。その半分の量など、グラスに移せば大した量でもない。
三献の儀を終え、再び朔海とともに起立をし、祭壇の前に鎮座する稲穂と久遠、そして改めて彼女らと共に立った竜姫に、誓いの言葉を述べる。
――本来の式では、ここで少々小難しい文章を読み上げる事になるのだが……。
「そんな、どいつもこいつも大して代わり映えしない眠たい作文など聞いてもつまらん、簡潔に、すっきりさっぱりきっちり誓え」
との神様本人からの要請により、二人であの次元の狭間の誓約の儀式の間交わし、またそれぞれ潮との契約の儀で立てた誓約を改めて交わす。
「僕たちは夫婦として、これからの長い時を共に生きていく。いつか死が二人を分かつその時まで、互いに愛し合うことを誓います」
竜姫、稲穂、久遠。そして晃希、清士と、それぞれ順繰りに目を合わせ、宣誓する。
「うむ。お前たちの誓い、確かに聞き届けた」
稲穂は、ぱちんと手にした扇子を鳴らし、微笑む。
「――では、両者、指輪の交換を」
竜姫が告げ、晃希が紫色の小箱を持って二人にそれぞれ手渡す。
ぱくり、と小箱を開ければ、クッションに守られたリングがあらわれる。
細いプラチナのリングが二重螺旋を描き、そうして出来た間の空間に、それぞれアクアマリンとローズクオーツが交互に収まっている。
天頂の台座にはムーンストーン、そしてそれを囲うようにインカローズの赤が彩る。
「……綺麗」
思わず咲月が呟くいた。
咲月の指には少し大ぶりのそれを、そっと手に取る。
その隣で、朔海もまた、デザインの同じ、しかし少し小ぶりな指輪を手に取った。
それを、互いの左薬指に嵌める。
指輪の収められていた小箱を一旦回収した晃希から、代わりに玉串――榊の枝に紙垂を結わえたそれを手渡された。
まずは朔海が一歩前に出て、神饌を並べた棚の手前に、向きを返して置いた。
彼が一歩下がるのを待って、咲月もまた同様に玉串を供え、一礼する。
次に葉月、そしてファティマーがそれに続けて玉串を供えた。
ガラン、ガラン、と、清士が背後で鈴を鳴らし、それに合わせて皆で二拝二拍手一拝の拝礼を行う。
「――では、稲穂様、お願いいたします」
いそいそと、晃希が盃と酒瓶を持って彼女に近づく。
「うむ」
稲穂は鷹揚に頷き、酒瓶を傾け、盃に酒を注ぐ。
酒で満ちた盃を、清士が今日の参加者一人一人に――まだ子どもである瑠羽と潤を除いて――配る。
「これは、親族固めの盃。ここに在る者たちでこの御神酒を酌み交わすことで、一つの縁の絆を作るもの。今日の良き日に、この縁がより良きものとなるように――」
そして、まず自ら盃を干して、皆にも身振りで促した。
「それと、これは今日の記念に――」
赤い勾玉と、小さな鈴のついた根付を、晃希が皆に一つずつ配る。
そして、それとは別に、朔海と咲月にはもう一つ、銀の盃を二人に一つずつ、対のひと組が差し出された。
「我らの祝福を授けた、特別な清めの盃だ。――どこの世界、どの時代でも権力の集まる場所というのはどうしても不穏が付きまとう。その盃は、大抵の毒なら清め、無害なものにする力がある。力及ばず、清めきれぬ時には盃の内側の色が変わる。……それが役立つ日など、こないに越したことはないが……備えあれば憂いなしとも言うからな」
「――はい。……ありがとうございます」
深々と、頭を下げる。
「……では、堅苦しい式はここまでだ。さあ、場所を移して、宴を開こう」
さっと稲穂が立ち上がり、パン、と手を打ち、ニヤリと笑って言った。




