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Need of Your Heart's Blood 2  作者: 彩世 幻夜
第九章 Preparations for the ceremony
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臣下の誓い

 ――返事は、すぐに来た。

 『承知した。その日取りにて準備を進める』

 と、やはり稲穂の筆跡で書かれたそれ。

 『衣装や何かについては任せろ、ツテを頼って最高のものを揃えてやろう』


 「――では、私は神饌に相応しい良質の酒を見繕って来ましょう」

 「それなら、私の手持ちに良いワインがあるのだが――やはり日本の酒でないと駄目か?」

 「うーん、普通の神社ならアウトだろうが、あそこだったら大丈夫じゃないか? むしろ喜ばれそうな気がするぜ?」

 「着付け要員もあちらで見繕ってくれるそうだから……、むしろあなたの衣装を揃えないとじゃないの、葉月? 曲がりなりにも彼女と朔海様双方の親族代表なんだから。いくら身内だけの式とはいえ、ちゃんとしないと……」

 「式の後の披露宴はどうする? お色直しはするのか?」

 「あ! そうね、白無垢もいいけど、やっぱり女の人生最大の晴れ舞台だもの、華やいだお衣装だって着たいわよね? それに、お料理は……」

 「さすがにそこまで忙しいところあちらばかりに任せるのも心苦しいし、何より私も一枚噛みたい。式の後なら、ドレスもよかろう? 最上のものを用意しよう」

 「まあ、素敵! と、するとお料理ね。葉月に任せる、ってのはまず有り得ないとして……。これが他の人の事なら朔海様に一任するのが一番最善なのだけど、今回は彼が当事者だものねえ……」

 「なら、適当にケータリング頼んだらどうだ?」

 「どこのお店に? それに場所は? ……ああもう、ここで話し合ってても埒が明かないわ、葉月、豊生神宮へ行って、あちらとも話を詰めないと」 

 紅姫が葉月を急かす。

 「私も行こう」

 そう言って、ファティマーも立ち上がる。

 「そうですね。この先魔界に居を移すのでしたら、今の家の片付けものも早々に済ませてしまわないと。朔海様、そういうわけで少々出かけてまいります。夜には戻りますので――」

 それに続くように葉月も立ち上がった。

 

 当人そっちのけで、話がどんどん転がっていく。


 あっという間に応接室に朔海と二人、半ば置いて行かれたかの如くとり残された。 

 ――と、咲月は思ったのだが。

 「あ、ごめん、ちょっと待ってて」

 と、今度は朔海まで、彼らの後を追うように急いで部屋を出て行ってしまった。




 「――葉月」

 玄関を出た葉月を追って、朔海も外へ出る。

 「葉月、本当に僕と共に魔界へ来る気なのか?」

 そうして呼び止めた彼に、朔海は問いを投げかけた。


 「確かに僕は、王から早急に信頼できる臣下を集めよと命じられている。そして葉月がその一人となってくれたらとても助かる。……でも、僕が人間界に長居出来ないように、葉月にとって、魔界は住みよい場所じゃないだろう?」

 

 朔海が人間界に長居できないのは、身の内に流れる悪魔の力が、太陽の光を嫌うから。即座にどうこうなってしまうことはないが、居心地の良い場所ではない。

 そして人間にとって、魔界の空気は即死ものの猛毒だ。

 葉月は、半分人間の血を引いている。

 だから、朔海より吸血鬼の血が薄い彼は、太陽への耐性を持ち、それへの脆弱性も薄い。

 しかし、吸血鬼の血が薄い分、魔界の空気の毒に対する耐性が低い。彼の人間の血は、そのダメージをモロに受ける。何の対策もなしに魔界へ乗り込めば、彼は日に日に身体を病み、弱っていくだろう。


 「魔界には、紅狼殿も居る。一時しのぎにしかならない術に頼るだけで魔界に来ようとしているなら、僕は全力で断るぞ」

 朔海は、きっぱりと告げる。

 「もしも、本気で魔界に来るつもりなら、僕の血を受けろ。半吸血鬼である事を捨て、吸血鬼になれとは言わない。でも、僕の血を受け入れ、正式に僕の眷属となり、血の加護を受ける気が無いと言うなら、僕も葉月を臣下として受け入れることは無い」


 ――それは、主としての言葉。

 決然とそう言い放った朔海に対し、葉月はへらりと相好を崩し、微笑んだ。


 「……再びの目覚めからこっち、ずっと思っていましたが……朔海様、本当に成長なされましたね」

 眩しいものを見るような目で朔海を見て、葉月は嬉しそうに言う。

 「朔海様が咲月様と出会えた事、その運命には私も感謝せねばなりません」


 そして、彼は半歩朔海から距離を取って下がり、その場で片膝をついた。

 「私は、貴方に仕えると決めたその時から、あなたの忠実な臣下。この先も、そうある事を私は望む。そのためにと、あなたが言うのなら、私は謹んでお受けいたしましょう」

 朔海が葉月に手を差し出し、葉月はその手のひらに牙を立てる。

 

 ――彼が、朔海の心臓に牙を立てれば、彼は半吸血鬼ではなくなる。

 けれど、こうして心臓以外の場所から血を啜るだけなら、彼は半吸血鬼のまま。

 取り込んだ血の魔力に抗わず従順に受け入れる事で、血による主従の契約が成立し、従たる血は、主たるその血の魔力を借り受けることが可能となる。


 ただし、それはもちろん主たる者の許容の範囲で、だが。

 そして、身の内に流れる主の血は、その者が主に背くことを決して許しはしない。場合によっては、その血によって命を奪われる事もある。

 もちろん、葉月も朔海もその辺りの事は当然承知している。


 その上で、葉月は朔海の血を受けた。


 そして、葉月が眷属となる、という事は同時に――

 「うわぁ、すげえ。坊ちゃんの血、すげえ」

 「……本当、一気に身体が軽くなったわ」

 彼の一部である二匹の猫――青彦と紅姫もまた、朔海の眷属となる。

 既に竜を制した朔海の血の加護があれば、彼らの負担も軽くなる。


 「……僕の事もだけど、それ以上に葉月、そして紅姫には咲月の事に気を配って欲しい。これまで人間界の生活が当たり前だった彼女にとって、魔界など僕ら以上にアウェーだろう。僕ももちろん最大限気を遣うつもりだけど、やっぱり味方は一人でも多いほうがいい。特に紅姫、君なら女性として、男の僕ではフォローしきれない部分も寄り添えるだろう?」

 「そうね。彼女のお話し相手くらいならいくらでもお引き受け致しますわ、朔海様」

 「おう坊ちゃん、俺は、俺は?」

 

 「青彦はむしろ余計なこと吹き込んでくれそうだからな。全くさっきはよくも……」

 じろりと睨まれながらも、青彦はニヤリと笑った。

 「無事オトコになれたなら僥倖だが、本当に嬢ちゃんを満足させられたのか? やっぱりここはオニーサンが手とり足とり腰とり……フギャッ!」

 

 朔海は容赦なく黒猫の尻尾を踏んづけた。

 「馬鹿ねえ、もう。そんなの見てたら分かるじゃない」

 それを冷めた目で眺めながら、さらりと紅姫が言う。


 「……分かるの?」

 朔海が恐る恐る紅姫に尋ねる。

 「当然よ」

 「……それで……紅姫の見解は……?」

 「何だ坊ちゃん、結局自信ないのかよ……て、ギャッ!」

 朔海は黒猫の背に足を乗せたまま、紅姫を伺う。


 「あのね、本当に何か不手際があったとしたら、あんな風に自然に寄り添うなんて出来ないものよ。さっきこれが要らない事言った時の反応から考えても、ちゃんと合格基準は満たしていたと思うわよ」

 「本当に王位を継ぐなら、子作りも大事な王の義務だからなぁ」

 「ふむ。朔海様のお子ですか。そう言えばこれまで考えたこともありませんでしたが……。楽しみですね」

 「葉月にとっちゃ嬢ちゃんは義娘だもんな。ってことは、つまり孫だろ? そりゃ可愛くないわけないよな」

 「ああもう、分かった、分かったから。……まだその話、彼女の前でするなよ?」

 「――まあ、まだ彼女、16歳ですからね。さすがにまだ子は早すぎますからね。……朔海様、ちなみにその辺りのことは?」


 葉月の問いに、朔海はそろそろと目をあさってへの方へ向けた。

 「最初の時は、その……ちゃんとしたよ……?」

 「何、最初の時って、もう二度目も済ませたのか……!」

 「す、するつもりじゃなかったんだけど……!」

 もそもそと、その時の事情を白状すると、葉月にこれみよがしにため息を吐かれた。

 「で、でも『もし』があったとしても、僕はちゃんと責任は取るつもりで……!」


 「……そんな心配しなくても大丈夫だと思うわよ」

 しかし、慌てる朔海に静かに声をかけたのは紅姫だった。

 「彼女、そんな考えなしなタイプじゃないもの。ちゃんと分かった上でのことだと思うわよ」


 確かに、十六で子供を作るのは早い。それが世間一般の認識だし、実際、15,6の娘の大半は、まだ子供気分の抜けない者ばかりだ。

 子どもが子どもを育てるのは、無理だ。

 けれど――


 「ちゃんと自覚と覚悟を持っているなら、良いんじゃないの?」

 だって、と紅姫が続ける。

 「ひと昔前までは、十代で嫁ぐ娘なんて珍しくなかったのよ……? むしろ二十超えたら嫁き遅れって言われる時代だってあったんだもの。――全ては心の問題、でしょ?」


 逆に、二十越えようが三十過ぎようが、その覚悟がない者に、子を産み育てる資格はない。


 「ちゃんと『結婚』して、その責任を取る心づもりがあるのなら。躊躇う必要はないの。もちろん、彼女の同意の上で、という注釈はつくけど」


 「ま、まずはそのためにも式の段取り、整えねえとな。そろそろ出かけねえと日が沈むぜ?」

 「……そうですね。私にとってもめでたい席です。心して準備にかかりますので、そろそろ行きますね」

 「――ああ、頼んだ」

 「では、行くぞ」


 ファティマーが、ぽろりと石を一粒地面に転がした。するとたちまちそこから魔法陣が展開され、青白い光が放たれると同時に、二人と二匹の姿が掻き消えた。

 

 

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