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Need of Your Heart's Blood 2  作者: 彩世 幻夜
第九章 Preparations for the ceremony
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復活の儀

 「――じゃあ、始めようか」


 翌朝。二人は屋敷の地下室に居た。――そして、もう一人。

 その儀式を行うため顔を揃える。

 

 広い―― 少し広めの家のワンフロアが丸々収まりそうな広さのある空間。

 床も、四方の壁も、天井も、濃い黒色の石材で造られ、他にどんな家具もなく、装飾も皆無で、ただ無骨なばかりの石壁があるだけのその場所に、朔海が改めて立つ。

 咲月も、自らの魔力の扱いの訓練のために何度も利用したこの部屋のほぼ中央に、朔海と共に立った。


 「――では、これが注文の品だ」

 一つ、包みを朔海に渡し、ファティマーが少し後ろへ下がる。


 朔海は、包みからまず広げた新聞紙くらいのサイズの羊皮紙を取り出し、床の上に敷いた。

 その、ほぼ中央にセージの葉のついた枝を一本、そっと置く。

 それを囲うように円を描き、ブラックオニキス、ルビー、エメラルド、アメシスト、ブラッドストーンのビーズ玉をそれぞれほぼ等間隔に、それぞれの間に線を引くとちょうど五芒星を描く位置に配置していく。

 

 その、天然石の上に置くように、もう一枚羊皮紙を被せ、乗せる。

 新たな羊皮紙の上に、瓶から出した彼の亡骸である灰を置く。さらにその上に、咲月のブレスレットから外した彼の魂が眠るムーンストーンを置き、朔海はその上に自らの血を――彼の血の情報を持つそれを注ぐ。

 一滴、二滴――雫が落ちるたび、ムーンストーンが淡く光を放つ。やがてその光が波状に広がり、それに呼応するように周囲の灰も儚い光を帯びてくる。

 朔海は、その光を覆うようにさらにもう一枚、羊皮紙を被せる。――その羊皮紙に、ヘブライ文字の「シン」――審判、そして復活の意味を持つ文字を自らの血で刻んで……。

 

 すると、その文字が、覚えのある青白い光を放ち、それに反応するように石が光り始める。


 その光が波状に広がるのをせき止めるように、朔海はその周囲の床にルーン文字を自らの血で刻んでいく。「ケン」、「ウィン」、「シゲル」、「ベオーク」――。その意味も、もう咲月にとっては当たり前に理解できる。それぞれ「開始」、「愛情と喜び」、「生命力」、「誕生」を意味するルーンだ。


 それぞれが、青白い光をまとい、内側から放たれるそれをそこで押しとどめる。

 それでも中央から放たれる力はおさまらない。

 溢れ、抑えられた力は徐々に内圧を増し、光がどんどん凝縮されていく。

 膨れ上がる光の上に、朔海は改めて己の血を、これでもかとばかりに注ぐ。


 「……潮」

 今朝、この時に備えて朝食の席で普段の倍以上の量の血液パックを空けた朔海だが、それでもやはりあの勢いで魔力を消耗するのは、例え彼でも相当な負担となる。

 だが、以前葉月の家で結界を張る魔術を展開した時とは決定的に違う条件が一つあった。

 咲月は、己の守護精霊の名を喚ぶ。

 「はい、姫様。仰せの通りに」

 頭の中に、彼の声が響く。


 咲月は己の内の魔力の流れに意識を集中し、努めて魔力を彼と繋がる契約の印へと導く。

 そこから、潮との繋がりを利用して、彼に魔力を送り込む。


 復活の儀式に必要なのは、葉月の「魂」と「遺灰」、そして彼の「血の情報」と「王族の血」。

 前者を提供したのは咲月だが、そこには何の負担もない。

 しかし、後者を提供できるのは朔海だけで、儀式を無事に成功させるには、相当量の血の魔力を費やさねばならない。


 咲月に、だが、それを直接手伝う事は出来ない。

 葉月の血の情報は、一応咲月も朔海を通して持っているが、儀式に使えるのは彼から直接その血を受け取った朔海の血でなくてはならなくて。

 王族の血、というのも、『王族認証の儀』を終え、無事王族と認められた咲月の血ではなく、それを生まれ持つ朔海の血でなくてはならないのだと言う。

 だから、今咲月に出来るのは、せいぜい儀式で消費されていく彼の魔力をこうして補う事だけだ。


 それでも、ただ見ているしか出来なかったあの時とは決定的に違う。


 彼の血を飲み込んだ石が――彼の魂の眠るムーンストーンが、パリン、と音を立てて爆散した。

 一際強い光が部屋を真白に染める。

 あまりの眩さに、咲月は思わず目を閉じた。


 円陣の中にある全て――石も、紙も、草も全てが光の中に溶け、やがて光が一つの形を作り上げる。

 ――見覚えのあるシルエット。

 やがて徐々に光が収まり、そして――朔海が、がくりと床に両膝をつくのと同時に、光が完全に失せる。


 ハニーブラウンの髪。優しげな面立ち。細身の長身。間違いなく、記憶にある通りの葉月の姿――

 咲月は、彼のまぶたが僅かに痙攣し、ゆっくりと持ち上がるのを、ホッとしながら見守る。

 「……ここは――、私は……?」

 探るように、薄茶色の瞳が辺りを見回す。

 「……朔海……様?」

 そして、その瞳がその姿をとらえたとき、ハッとしたように彼は勢いよく身を起こした。


 その様に、咲月は慌ててくるりと彼に背を向けた。


 常の薄茶色の瞳を有する彼の目、いつもそれを覆う眼鏡は、今はない。

 彼の遺灰から甦らせたその身体に、見たところ不備はなさそうだが――その身を覆い隠すものは何もない。

 「咲月君……? あ、ああ……これは……申し訳ない……」

 主のすぐ後ろに咲月の姿を見つけ、その彼女が取った行動に改めて自らの姿を見下ろした彼はまず謝罪を口にした。

 「別に、自ら脱いだ訳でもなし、謝る必要は無いと思うがな。取り敢えずこいつを羽織っておけ」

 一糸纏わぬ裸体を、しかしファティマーは平然と眺めながら、白いシーツを一枚、投げてよこす。

 「――済みません」

 葉月はそれを適当に身体に巻きつけ、ひとまず裸身を覆い隠す。


 「……それで、葉月。あの日、紅狼殿の襲撃を受けた事は覚えているか?」

 

 朔海は、床に直接腰を下ろしたまま、葉月に質した。

 その問いに、葉月は一瞬、動きを止めた。


 「ああ、……そうですね。今、思い出しましたよ。――……私、確か死んだはずなんですが……ここ、冥府じゃありませんよね?」

 「残念ながら違うな。ここは次元の狭間にある僕の屋敷、その地下室だ。ちなみに今日は日本の暦で言えば十二月の中旬、――あれから半年近く経っている」

 朔海と付き合いの長い葉月は、それだけで、自らの状況をすぐさま把握する。

 「……それは、朔海様に随分とお手数をおかけしたようで申し訳ない」

 「いいや、功労者は僕じゃない。葉月をこうして無事復活させる事が出来たのも全部、彼女のお陰だよ」


 そろそろと葉月に向き直った咲月を示して、朔海が言った。

 「彼女が、上手いこと葉月の魂を捕まえて保護して、葉月の遺灰もきちんと保管してくれていなかったら僕は何も出来なかったんだし」


 「それは……、ああ、あの時は力及ばず、君を守るどころか君に助けられてしまったんでした。全くもって格好のつかない情けない状況だったというのに……。さて、私はどうしたら良いでしょうね……?」

 「それはそっくりそのまま、僕が葉月に後で相談しようと思ってた事だよ」

 朔海は苦笑を浮かべて肩を竦める。


 「……でも、葉月に伝えなきゃいけない事が色々たくさんあってね。こんな場所じゃなんだし、いつまでもそんな格好でいられるのもアレだし。取り敢えず、場所を移そうよ。葉月、立てる?」

 朔海がゆっくり立ち上がり、彼に手を差し伸べた。


 「――葉月、僕、王位を継ぐ事になったんだ」

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