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Need of Your Heart's Blood 2  作者: 彩世 幻夜
第八章 Visit of the Lucifer
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城の朝

 「……疲れた」

 咲月は思わずこぼした。

 

 王族認証の儀を終えたと思えば魔王の使者がやって来て。

 部屋へ戻れば、初めて人の生き血を吸う経験をする羽目になり、果ては慣れないフレンチのフルコースをいただくことになった。


 その席で、容赦ない指摘の嵐を受けてノックアウト寸前まで追い込まれた彼の前で申し訳ないとは思いながら、それでもその言葉がこぼれ落ちるのを、咲月は止めることができなかった。

 半ば倒れこむように、ベッドに懐く。


 ――儀式さえ終えたら屋敷へ帰って、平穏な日常が取り戻せると思っていたのに。


 「ホント、まさかだよね。魔王陛下に名指しで喚ばれるなんて」

 全く、とんでもない急展開があったものだと思う。

 ついこの間まで、普通に人間界で当たり前の生活をしていて、異世界なんてモノ自体がファンタジーの中の話でしかなかったはずなのに。

 「まさか、あの有名な魔王ルシファーに直接会う機会が巡ってくるなんて……」


 咲月がこれまで直接見たことのある有名人なんて、せいぜいが中学の卒業式に来ていた市長くらいのものだというのに。ある意味、ハリウッドスターよりも凄いVIPに呼び出されるなんて。


 「……疲れてるはずなのに、眠れないよぅ」

 頭の中身がぐるぐると撹拌され、意識は朦朧としているのに、最後の一本の糸が張り詰め過ぎていて、眠りの世界への残り一歩が踏み出せない。


 朔海は……といえば、死んだようにベッドにうつ伏せたまま動かない。

 身体的なものはともかく、精神的なダメージが相当に大きかったらしい。


 窓の外が少しだけ明るくなり、部屋の物が色を取り戻す。しかしこの吸血鬼の城では今からが大方の者の就寝時間だ。

 陽の射さない魔界ならば、吸血鬼が真昼間に外を出歩いても、何の不都合もないのだが――。

 やはり、吸血鬼というものは基本的には夜行性の生き物であるようだ。


 城も街も、眠りの気配に包まれていく。

 咲月は、その雰囲気に流されるまま眠れはしないだろうかと、逸る心臓をなだめながら、目を閉じた。



 しかし、例外、というものはどこにでも存在するものだ。

 夜更かし、ならぬ朝更かしを楽しむ者も居る――……



 「……あの娘、いったい何者だ?」

 低い、低い声が問う。

 「王子のみならず、吸血鬼になったばかりの小娘が龍王の血の使い手だと? ――ふざけるなッ!」

 ぐっと、グラスに注いだ真っ赤な血のような色をした赤ワインを一息に干し、乱暴にバーテーブルに叩きつける。


 ……いや、どうやら“楽しんで”は居ない様子だ。


 ガシャン、と派手な音を立ててグラスが割れ、ガラスの破片と僅かに杯に残っていたワインの赤い雫が上等な絨毯の上に飛び散った。

 「お陰で、計画は台無しだ!」


 これまでずっと、無能だと思い続けてきた第一王子。それが、あれだけ大勢の有力者達の前で派手に力を見せつけた。王子自身のみならず、その妃として連れられてきた、あの娘まで――。

 「……あの娘。あの娘の力を喰らえば、間違いなく我が王だ。それは間違いない。……だがしかし、さすがに無策でかかるには少々リスクが過ぎる」

 イライラと呟く主に びくびく怯えながら近寄ってきたメイドが、そそくさと大急ぎで散らかったガラス片を片付ける。


 「――おい、誰か」

 紅狼が声を上げる。

 「あの娘の素性を詳しく調べろ」

 娘を押さえれば、王子も抑えられる。思い出すだに忌々しい光景を思い出しながら、紅狼は考えた。

 「あの力。何としてでも手に入れ、玉座を奪う。次の王は、この我だ」




 「……王よ」

 

 ……そして、こちらでも。


 「何だ、霧人。明日の仕度で忙しいんだ、急ぎの用でないなら後にしてくれ」

 「しかし、納得がいきません!」

 「――我ら吸血鬼一族、いや、魔界に棲まう者として、強いものが上に立つのが当たり前だ。貴様が納得できるかどうかなど、誰も気にせん」

 「……なら、あれより私のほうが強いと証明できれば」

 

 しつこく食い下がる霧人に、王は苦々しげに答える。

 「ああ、それが可能であるなら、もちろんお前が次期王だとも。……しかし、出来るのか、お前に? あれの竜を見て腰を抜かしておったお前が?」

 「……っ」


 あれを無かったことに出来るなら、何を差し出しても惜しくはない――。そんな失態を持ち出され、霧人は言葉を詰まらせた。

 「お前が望むなら、いくらでも御前試合の場を設けよう。……しかしそれが、お前にとって逆の決定打になる可能性もある。それだけの覚悟があるなら、いつでも言うがいい」


 押し黙った息子に背を向けて、王は珍しく慌ただしくその場を去る。


 ――忙しいのは本当らしい。

 あまりに久しい、そしてあまりに突然の魔王陛下の来訪。

 あまりに予期せぬ事態が重なり、いつものように人任せにはしておけないのだろう。

 あんな風に王自ら動くことなど滅多にない。

 

 「……だが、あいつは王になる気は無いと言った」

 誰も居なくなった部屋で、霧人が呟く。

 「次期王は、俺だ」


 けれど、公衆の面前でみっともなく腰を抜かした事実は変えられない。


 「あいつを廃するには、どうすれば――?」

 すぐ目の前にあって、あと少しで触れられそうだったものに、寸前で逃げられた。

 絶対に手に入ると確信していただけに、その落胆は大きく、またそれを求める心はより貪欲になる。


 「……明日は魔王陛下が参られる、か」

 何故か、綺羅星を指名し御前に召そうとする魔王は、いったいあれに何の用があるのだろう?


 「待てよ。魔王の前で失態を演じれば……」

 にやり、と霧人が嫌な笑みを浮かべた。

 「王も、綺羅星も、まとめて廃せるかもしれない。そうすれば、次期王は俺しかいない――」

 

 そう。

 「次の王は、俺だ」  

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