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Need of Your Heart's Blood 2  作者: 彩世 幻夜
第二章 Invitation to different world
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番人の教育係

 にっこり微笑みながらの問いだが、どう見ても目が笑っていない。答えを間違えれば、即座に息の根を止められる。何も言われなくてもそう確信できる、薄ら寒い空気が重く咲月の肩に伸し掛った。

 「珍しい物見たさの物見遊山だったらもう、用は済んだよね? ……それとも、“神隠し”さながら、若い娘さんをかどわかして異世界へ逃げ込もうっていう悪い子ちゃんかな?」

 片手を腰に当て、もう片方の手で面倒くさそうに頭を掻き、思い切り気の抜けた格好で困ったような笑みを浮かべているのに、ひしひしと絶え間なく殺気を感じる。


 朔海は、彼から咲月を庇うように前に立ち、「違います」と彼の言葉を否定した。

 「確かに僕は……、いいえ、私は吸血鬼です。私は、吸血鬼王紅龍が一の王子、綺羅星の朔海。本日は、新たに就任された番人への挨拶と、そしてもう一つ。彼女に、通行許可証を発行していただきたく、お願いに参りました」

 一度咲月の手を離した彼は、その手を左胸に当て、頭を下げた。


 彼の装いは普段と変わらず。完全に普段着であるというのに、その仕草は驚く程に様になっていて、とても綺麗だ。

 やはりこういう姿を見せられると、普段一緒に居るとつい忘れてしまいがちな彼のその肩書きを強く意識させられる。


 「ふうん? ――で、彼女は?」

 朔海から外された視線が、咲月を射抜く。

 「彼女は――僕の婚約者です」

 確かにそうなのだけど、改めて人前で言われると、何故だかどうしようもなく恥ずかしい。つい血が上って熱くなった頬は、しかし次の瞬間には瞬間冷凍された。

 「君には聞いていないよ。俺は、彼女に尋ねている」

 ――視線で人が殺せるなら、間違いなくその一刺しで彼の心臓は止まっていただろう程に冷たい眼差しで。

 「は、はい……! 私の名前は、双葉咲月。彼の家があるという、次元の狭間へ行きたいんです……! その後で、多分、魔界にも行かなきゃならなくなりそうで……。それで、その許可証というのをいただいた方が良いと、彼から聞いたんです。だから……」

 大蛇に睨まれたオタマジャクシの気分を存分に味わいながら、咲月は一瞬でカラカラに干上がった喉から、震える声を搾り出すが、凍てつく視線に頬の筋肉が凍りつき、引きる。

 何だろう、この威圧感は――? ただ、彼が人外の存在だからというだけでは説明がつかない迫力がある。

 「扉をくぐるのは真実自分の意志である、と? 彼は先程君を婚約者だと言った。でも、君は人間だよね? 吸血鬼の王子である彼に、異種族との婚姻は認められないはず。それは知ってる?」

 「はい。その壁を越えるために、行くんです。私が人間から吸血鬼になる方法があると、聞いたから」

 怯えながらもしっかり頷いた咲月を見て、彼はかすかに首を傾けた。

 「成程、確かに同意も覚悟もあるようだね?」

 と、その言葉と共に、ふっと空気が軽くなり、寒さが一気に和らいだ。


 「いいだろう。無法な連れ去りではないと、ここの番人の教育係兼補佐役であるこの俺、ロキが認め、証書の発行を許可しよう」

 「ロキ……? ロキって、まさか……あの、北欧神話に出てくるあのロキ神?」

 オーディンの義兄弟であり、フェンリルの生みの親であり、トールの親友とも言われる、あの――?

 「ほう? 俺の名を知っているのか、お嬢さん」

 トリックスターとして名高い、油断のならない悪戯好きな神が、にやりと微笑んだ。


 ――知っているも何も、この神にまつわるルーンの術を、咲月は使ったことがある。そして、葉月やあの紅狼がその身に宿すというフェンリルの血の父に当たる神だ。

 

 「中々見所あるじゃないか、お嬢さん。こっちの小娘は俺の名前どころか俺の義兄弟も、可愛い子供たちの事も何一つ知らねえとかぬかしたのにな」

 「し、仕方ないじゃない! 私は那由他の巫女だったんだもの、日本のモノノケには詳しくとも外国の神話なんか知らないわよ!」

 嘆く神に、少女は叫んだ。

 「それでも、キリスト教関連の悪魔や天使については随分勉強したのよ? でも、特にあの辺、ギリシャ神話とか北欧神話とか、色々紛らわしいんだもの!」

 だが彼は、そんな彼女ににっこり微笑みかけた。

 「――では千恵? ここに居るこの男は吸血鬼だが。では、お前のその愛しの那由他サマといったい何がどう違うのか、今すぐ答えてみろよ?」


 綺麗な顔に浮かぶ美麗な笑み。それがこんなに寒々しく見えるのは、何でなんだろう?

 「うっ、え、えっと……、那由他は自然に宿る気が集まって生まれたモノノケで、不安定な力の塊で、八百万の神々にも通じる精霊に近しい存在で……。血を糧にしているから、つい吸血鬼って思っちゃうけど、本物の吸血鬼は、那由他とはまた全然違う生き物で……!」

 心なしか青ざめた顔で、物凄く必死に答える彼女の名は、どうやら千恵というらしい。

 前にロキ神、隣に朔海と、人外の美しさを誇る男二人を傍に置くと、ごく普通の少女にしか見えない彼女。

 だが、先程ロキ神は彼女を『人間上がり』と称した。

 

 では、彼女は人間――。でも、今は違う?


 「相変わらず、愛しの彼の事は随分スラスラ出てくるようで結構だが、お前に与えられた仕事は異界の扉の番人だ。番人の仕事は、つまらん事を考える輩を取り締まって始末をつける事。なのに敵の情報すっからかんでどう対応するつもりだ、あぁん?」

 「は、はい! すいません! 以後精進しますっ!」

 「お前、そのセリフ何度目だと思ってるんだ、もう聞き飽きたぞ」

 彼女を叱りつけたロキ神は、懐から一枚の紙を取り出した。


 「おい、娘」

 突然呼びかけられた咲月は、慌てて返事を返す。

 「はい!?」

 「これに血判押せ。ここの三つある枠の一番下のとこだ」

 とん、と指で指し示される。――確かに上段に二枠、下段に一枠黒い線で囲われ、その上に咲月の知らない文字で何か書かれている。


 血判とは穏やかでないが、呪術の類には血を使うものが多く存在する。

 何しろ、人外の世界で扱われる書類だ。人間同士の間で交わすような薄っぺらい紙切れの書類だけでは意味がないのだろう。

 「これ、使って」

 そっと手渡されたのは、一本の針。

 「ありがとうございます」

 針の先で人差し指の腹を突き、ぷくりと膨らんだ血玉を、示された場所に押し付ける。

 「次、千恵、お前の番だ。分かるな?」

 「はい」

 同じ紙をロキ神から渡され、同じように血判を上段の二枠の片方に押す。

 「これで、こっちの番人の認証は済んだ。 あとは、扉の向こうの番人の仕事だ。――ついて来い」

 ロキ神は、スタスタと社殿の奥の深い闇の方へ向かって歩き出す。


 「あっ……、ちょっと待って!」

 それを引き止めたのは、千恵だった。

 「ごめんなさい、そういえばまだちゃんと自己紹介してなかったなぁ、って。――私は、愛羽千恵。あちらで同じく異界の扉の番人をしている那由他の巫女で、彼の花嫁。……まだ、修行中の身だけど、いつかきっと彼と一緒に居られる未来が欲しくて、今、神様になる為の試練の真っ最中なの」

 その指導係が、このロキ神で――。

 「私も、そういえばまだあなたにきちんと名乗っていませんでした。私は、双葉咲月。……お互い、頑張りましょう」


 この彼女もまた、過酷な現実の中、欲する未来を掴むために必死なのだと知って、咲月は自然と彼女に手を差し出していた。

 「ええ」

 二人の少女は、お互い笑いながら、しっかと互いの手を握り合った。


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