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Need of Your Heart's Blood 2  作者: 彩世 幻夜
第七章 Imperial family qualification ceremony
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忌まわしき過去の記憶(2)

 まだ、牙の生える前の獅子の子だと思っていたのに、それは既に立派な牙を持った獰猛な獣だった。

 くたりと力なく、明後日を見据えたまま動かなくなった娘を見た少女たちは、一気に恐慌の渦に巻き込まれた。

 いずれ、遅かれ早かれ魔物の餌としてなぶり殺しにされる。

 既に何人もがそういう最期を遂げてきたのを、同じ檻の中で見てきた彼女たちも、己の未来は識っていた。だが、識っていても、その恐ろしい現実を受け入れきれずに必死に目をそらしてきた。そんな少女も少なくなかった。

 なのに、突然現実を否応なく衝撃的な形で目の前に突きつけられた少女たちが恐怖でパニックを起こすのも無理はない。


 少女たちは、恐ろしい獣を始末しようと、ぎらぎらとした恐ろしい眼差しを朔海に向ける。

 一方で、たった今事切れた娘と同じ末路を辿りたくなくて、自分ではない誰かに犠牲を押し付けようと押し合いへし合いしながら、朔海に向かってくる。


 生への渇望に囚われた少女たちは相手が幼い子どもだという事も忘れたように、容赦のない暴行を彼に加える。

 だが、吸血鬼としての驚異的な治癒力を持つ彼に、誰も決定打を与えることはできない。

 しかし――その、吸血鬼としての治癒力も、無限ではない。その源となる力が尽きれば、だんだんと回復は鈍くなり、その源を欲して、吸血鬼としての本能が目を覚ます。

 その源たる血を豊富に蓄えた『餌』は、目の前にある。


 幼い朔海の、綺麗な濃紺の瞳が、緋色に染まった。

 ぱくぱくと、水を求める魚のように苦しげに口を開け閉めしながら、それでも初めのうちは、己の中で暴れる欲を抑え込もうと抗い、ひたすら小さく丸まって、己に加えられる暴虐に耐えていたが、やがて、その光景を眺めているしかできない咲月の目にも明らかに、ぶつりと理性が切れ、血の渇きに意識が囚われた。


 爛々と光る緋色の瞳が、とある一人の少女の首筋にひたりと据えられる。

 フッと、子どもの姿がその場から掻き消え――次の瞬間には、がぶりと音が聞こえそうなほど、深々と少女の首筋に牙を埋め、夢中で血を啜り上げる、彼の姿があった。

 ただただひたすら、無我夢中で傷口に吸いつき、そこから溢れる血を啜り上げ、飲み込む。


 咲月にそうした時のようないたわりや心遣いなど一切ない。

 少女の顔は、痛みと恐怖に歪み、やがて失血による不調も加わって、少女の目尻から涙が溢れる。

 どんどん血の気を失っていく少女は、やがてふっと意識を失い、力なく地面に転がった。

 少女の血で真っ赤に染まった口を、拭うことなく、幼い朔海は己のした事を信じられない様子で、倒れ伏した少女を見下ろす。

 声もなく涙を流し、ガクガクと体を震わせた彼は、しかし再びゆらりと立ち上がった少女の目に、緋色に灯る狂気の光を見とめ、息を飲んだ。


 理性を失った瞳で、少女はぐるりと檻の中を見回す。

 怯えた様子で距離を取った少女たちを、無感動に見回して――ひたりと、そのうちの一人に目を止め、にたりと嫌な笑いを浮かべた。

 「――っ、ひっ!」

 その少女が、あげかけた悲鳴が声になるより早く、化物ヴァンパイアと化した少女が動く。

 乱暴に少女を押し倒し、その首筋にむしゃぶりつく。

 びちゃびちゃと下品な音を立てて、少女の血を貪り喰らう。


 やがて、獲物が息絶えたと知ると、彼女は次の獲物を求めてふらりと立ち上がり――次の犠牲者へと襲いかかる。

 たちまちのうちに、檻の中は阿鼻叫喚が満ちた。

 逃げ惑う少女たち、しかし狭い檻の中、逃げ場など無いに等しい。

 自分が犠牲になるのを避けようと、ひたすら誰かの後ろに逃げ込もうと押し合いへし合いしながら、彼女たちは唯一その恐ろしい獣に対抗できそうな存在を見出す。


 彼女を獣に変えた、真の獣。恐怖にまともな理性も思考も失った彼女たちは、我先にと朔海の背後に隠れるように逃げ込んだ。

 盾にされた朔海は、己が生み出してしまった哀れな犠牲者と真っ向から対峙させられ、辛そうに顔を歪ませた。


 朔海は、嗚咽を飲み込み、握り締めた拳を、彼女の胸の真ん中に埋め込み、そこで脈打つ臓器を正確に打ち抜き、貫いた。

 吸血鬼の最大の弱点たるそこを潰し、その息を確実に止める。

 こうなってはもう、他に仕様がなかった。


 人の生を終え、吸血鬼として再生した命をも失った少女は、瞬時にその身を灰に変え、さらりとその形を失い、風に攫われていく。


 恐ろしい存在が、一つ、消えた。少女たちはほんの一瞬、つかの間の安堵を覚える。

 しかし、その恐ろしい存在を一瞬にして屠った、それより遥かに恐ろしい存在を、改めて思い出した少女たちは再び犠牲の押し付け合いを始める。

 彼は、それを悲しげに眺めながら、彼女たちから離れ、檻の扉に手をかける。


 血に汚れた手を見下ろしながら、彼は檻の格子を握り締めた。

 狭い檻の中、彼女たちの間は四メートルあるかないかの距離。

 彼が襲ってくる気配がない事に気づいた少女たちも、やがてお互い固まったまま可能な限り彼と距離を置き、怖々と彼の次の行動を注視し続ける。


 少しでもつつけば破裂しそうな、パンパンに膨らみすぎた風船のような危うい均衡。

 それは、やはり長続きはしなかった。

 それを破るべく、外から針が投げ込まれた。それは、赤い色の粉となって、少女たちに降り注いだ。


 ――見覚えのある。それは、咲月たちをこの幻の……過去の幻影へと導いたものとおそらく同じもの。

 その粉を吸い込んだ途端、少女たちの瞳から理性の光が失せ、少女たちは、再び朔海に襲いかかった。

 幼い朔海も、その粉の正体を知っているのだろう、彼は絶望の眼差しを彼女に向け――

 たった今起こった悲劇が、再び再生される。

 それは、繰り返し、繰り返し。やがて、鳥かごの中が空になるまで続けられた。


 檻の中、彼一人が取り残された時、鳥かごの鍵を持った王妃がその扉を開け放った。

 呆然と佇む朔海の襟首を捕まえ、引きずるようにして、次の鳥かごに彼を放り込み、錠を落とす。


 そうして、また繰り返される光景。

 全ての鳥かごが、空になるまで続けられる、阿鼻叫喚の図。


 幼く、純粋で柔らかな心が切り刻まれていく様が、目に見えるようで。

 しかし、幻の中の彼を救う術を持たない咲月は、代わりに震える彼に、そっと寄り添った。

 幼い彼の代わりに、今自分を抱える朔海を抱きしめる。

 

 そして、咲月は考える。朔海はこの光景を、王妃が咲月に見せるために仕掛けたものだと言った。

 彼女は、これを咲月に見せて一体何がしたかったのか。

 

 今咲月が感じるのは、王妃への強い憤りと、あの幼い彼への庇護欲。


 「……ごめん」

 朔海が、辛そうに声を震わせた。


 「やっぱり怖い……よね。ごめん、怖い思いをさせて」

 いつの間にかこぼれていた涙を、朔海がそっと拭ってくれる。

 「……違う。私は、怖くて泣いてるんじゃない」

 「え?」

 「あんな辛そうな朔海を見ているだけで、何もできないなんて……。それが、もどかしくて、悔しくて、辛くて……、だから、怖くて泣いてるんじゃない」

 「でも僕は! ……人間を、殺してるんだ。罪もない人を、何人も、何人も。血を枯れるまで吸い尽くして、そのせいで化け物にさせられた人を引き裂いて。見ただろう? 僕のおぞましい姿を。僕が犯した罪を。なのに、何で……」

 「馬鹿にしないでよ、どう見たって王妃様に無理やりやらされているんじゃない!」


 「そうだ……当時、初めて称号を貰った――今の、綺羅星の二つ名を。その皮肉をこめた称号に、母は自分の名誉が傷ついた、と怒ってね。僕に人殺しの訓練をさせたんだ。人も襲えない無能王子の汚名を返上しろってね。でも、たとえ自分の意志でなかろうと、人を殺めた事実と罪が消える訳じゃない。もしあの時僕に、銀で心臓を突く勇気があれば、彼女らは死なずに済んだ。僕は、自分の身かわいさに、彼女らを犠牲にして、自分だけ生き延びたんだ!」


 「そんな風に言わないで。自分の事、そんなに責めないでよ!」


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