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Need of Your Heart's Blood 2  作者: 彩世 幻夜
第七章 Imperial family qualification ceremony
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暁の霧人

 青い炎をたたえる器のその中で、その忌まわしい儀式の“主役”が炙られ、赤々と燃えている。

 その隣に立つ祭司の前へと、咲月は壇を上り、進み出る。


 「――では」

 短く、ふわりとした造りの袖は、少し捲ればすぐに、二の腕を晒せるように作られている。

 うっかり気を抜けばあっという間に竦みそうになる心を叱咤しつつ、咲月は右手で左の袖口に触れた。

 その間に、祭司が恭しく火箸のような道具で炎の中から真っ赤に色づく拳大の銀の塊を取り出す。

 その底面に彫り込まれた紋様は、咲月にも見覚えのある――確かに、朔海の胸にあったものと同じ。


 銀がどうこう言う前に、あんな真っ赤に焼けた金属に触れれば、どれだけの痛みがあるのだろう?

 その苦痛に対する恐怖を完全に拭いさる事は出来ないけれど――

 「でも、これで終わる――」

 この苦痛を受け入れたら、後はもう、何の心配もなく彼と共に穏やかな生活が送れる。

 咲月は覚悟を決めて、袖を肩まで捲くり上げた。


 耳の奥で、うるさいくらいに暴れる心臓から送り出された脈が鼓膜を震わせる。

 拳を握り締め、歯を食いしばって、迫り来る苦痛に備え、咲月は息を止めた。


 そして、次の瞬間。

 それが触れた時、熱いという感覚は全く無かった。熱さはそのまま全て脳天まで突き抜けるような衝撃的な激痛となって咲月に牙を剥いた。

 「――っ」

 一瞬、痛みに頭の中が真っ白になった。悲鳴を上げる余裕すらない。立っているのがやっとだ。


 そして、最初の衝撃の波が過ぎていくと、今度は火傷を負った場所を中心に、肉を食まれているような鈍痛が継続的にやってきて、しかもそれが少しずつ範囲を広げていく。

 そして、痛みの波が襲い来る度に、咲月から体力を奪い、膝や腰から力が抜ける。


 すぐに立っていられなくなって、咲月はその場に両膝をついてしゃがみ込んだ。

 頭がぼおっとする。寒いような、暑いような――。

 痛みのためか、熱でも上がっているのか、いつのまんか全身汗でびっしょりになっていた。

 軽く、吐き気も感じる。

 

 (――でも、取り敢えずまだ、生きてる)

 心臓は、相変わらず暴れている。酷い苦痛に苛まれながらも、咲月は自分が死にそうだという気は全くしなかった。

 痛みに意識の大半を持って行かれていて、難しいことを考える余裕はない。痛みに力を奪われた体を動かす余裕も、今はない。

 それでも、玉座で忌々しげな顔をする王に視線を向けるくらいの余裕はあった。


 全力疾走をした後のような荒い呼吸を繰り返しながら、咲月は背後から人の近づく気配を感じた。

 「――朔海……」

 その気配が彼だと思った咲月は、王に向けていた首を後ろへ回し、振り返ろうとした――


 「咲月!」

 しかし、離れた場所から彼の焦ったような叫び声が咲月の耳に届いた。

 そして、全身に重い衝撃が加わり、咲月の体は壇の向こう側まで吹っ飛ばされた。

 

 軽く、蹴っ飛ばされただけ。しかし、吸血鬼の力でそれをされれば、猪に体当たりされるのと大差ない衝撃を受ける。ましてや今は、全身を激痛に苛まれている。

 まともに受身も取れず、背中を地面に強く打ち付け、全身の骨と筋肉、内蔵まで余すところなく激痛に襲われた咲月は、一瞬意識が遠くなるのを慌てて引き止め、自分に危害を加えた者へと視線を向ける。


 「――……誰……?」

 咲月に、魔界の知り合いなど居ない。紅狼でも、王でも、王妃でもない。朔海とさして変わらない年頃に見える、まだ若い男。

 「霧人、何のつもりだ?」

 「……邪魔なんですよ。貴方が、そしてこの娘が。無能なくせに、与えられた立場と名に甘んじる貴方は、俺にとってはただただ邪魔なだけなんですよ」

 低い声で問いかける朔海を振り返ることもなく、淡々と喋る彼の瞳の色は、濃紺。朔海と同じ色をしているのに、彼から受ける印象はまるで真逆だ。

 そこに、暖かな色を見つけることはできない。代わりにあるのはただ、切るような冷たさだけ。

 「あんたが、兄と一緒に素直に大人しく潰れてくれれば、俺が代わって第一王子として、次期王位継承者になれる――俺には、それだけの力がある」


 「……兄……って事は……あなたが、朔海の実弟おとうと……?」

 床に転がったまま、咲月は小さく呟いた。しかし、吸血鬼として鋭い聴覚を持つ彼は、それを聞き逃す事無く反応し、片足を振り上げ、そのまま振り下ろした。

 踏みつけられた大腿骨が、嫌な音をたて、左のももに激痛が走る。


 「俺の名は、あかつきの霧人、第二王子だ。確かに綺羅星は第一王子だが、あんな無能者が実兄あにだなど、虫酸が走る」

 そう口にする彼の瞳に、時折赤い色がちらつく。咲月を見下ろすその目は、嫌悪と蔑みに満ちている。

 その視線に、咲月は改めて感じる。


 (本当に……朔海にとって、家族の誰も味方じゃないんだ……)

 朔海にとっての味方は唯一葉月だけ。彼と出会うまで、朔海はこんな四面楚歌な場所に、たった一人で置かれていたのか……。


 「霧人、彼女から離れろ」

 「……それは命令ですか、兄上?」

 「命令ではない。警告だ」

 「……っ、はっ、警告? あんたが、俺に何を?」

 朔海が憤りを押し殺した低い声で発したそれを、霧人は馬鹿にしたように笑い飛ばした。

 「無能のお前が、俺に何を出来るって……?」

 笑いながら、霧人は今度は咲月の左腕目掛けて足を振り下ろす。


 ただでさえ、火傷を負って他のどこよりも激しい痛みに苛まれるそこに更なる苦痛が加えられる事を覚悟して、咲月は咄嗟に目を閉じた。

 「あんたはいつも通り、そこで何も出来ないまま指を咥えて見ていればいいんだよ!」

 笑いながら叫ぶ霧人の耳障りな声。

 「いつも通り、か。他の事ならそれでも構わないが、こればかりは誰にも譲れない」 

 朔海が、いつになくきっぱりした口調で言うのが聞こえる。

 ――しかし、いくら待っても、危惧した苦痛がやって来ない。


 「警告はした。悪いけど、誰であっても彼女を傷つけようとする者に容赦は出来ない。彼女は、返してもらうよ」


 その、朔海のセリフが終わるか終わらないかというタイミングで、叩きつけるような強風が、咲月にぶつかってきた。と、同時に何かに包み込まれるような感触を覚え、咲月は何事かと目を開いた。


 まず、目にしたのは随分と下にある、床。そして、見上げればきらきらと白金しろがね色に輝く大きな竜の姿。咲月の体は、巨体に比べて随分小さく見えるその腕に、大事に抱えられていた。


 改めて見下ろせば、何故か面白いほどに皆一様にこちらに呆けたような顔を向ける。

 霧人はぽかんと口を開けたまま腰を抜かしているし、王は思わずといった様子で玉座から立ち上がり――そして紅狼は……


 「馬鹿なッ……!」


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