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Need of Your Heart's Blood 2  作者: 彩世 幻夜
第七章 Imperial family qualification ceremony
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毒か、薬か

 鈍く光る刃が振り下ろされる。

 鋭く尖った刃の先が、朔海の首筋――頚動脈の辺りを掠め、一筋赤い線が引かれた。

 「――っ、」

 朔海の顔が微かに歪む。

 だが、殊更頑丈に体を押さえつけられ身動きが取れずに居る彼に、更に一人、また別の者が近づき、その傷口に、手にしたカップを押しつけた。

 透明な容器を、見る間に赤い液体が満たしていく。容器は五百ミリリットルの計量カップ程もの大きさがある。吸血鬼の治癒能力のお陰で、どうやら傷はすぐに回復できたようだが、流石に切りつけられたのが主要動脈ともなれば出血によるダメージは少なくない。


 彼に手を伸ばそうとして、格子に触れ――咲月は先程の朔海同様、すぐさま痛みに顔をしかめた。

 指の先が少し触れただけで、電流が流れたような痛みが走る。


 なんのつもりかと抗議の視線を玉座へ向ければ、朔海の血を採ったカップを受け取り、先程の瓶の中身――朔海によれば「チェリス」とやらの葉をそれに浸した。


 「これは、チェリスの葉ですわ。その効能は皆様もご存知の通り、消耗回復に大変効果のある薬草でございます」

 先程、朔海が途中にしていた説明を、王妃が自身の口で語りながら、そのカップを再び従者の手に委ね、その従者はそれを恭しく受け取った。

 「――ただし」

 その間も、王妃の口上は続く。

 「チェリスの葉には、皆様ご存知のとおり大変強力な毒がございます。薬の大半は元は毒、良薬ほど口に苦しとは良く言ったものですが……。これの正しい服用法を、もちろんあなたはご存知ですわね、紅狼殿」

 そして、彼女は紅狼に話を振った。

 「無論。その草の毒素の源は、我らと同種のもの。ならば、同じものをぶつけて相殺してしまえばいい。つまり、己の魔力で毒素を無効化した上で服用する。――たった今、王妃様がなさったように、自らの血にチェリスの葉を浸して飲用するのだったと記憶しておりますが」

 「その通り。ただし、チェリスの葉に含まれる毒は強力。故に、その毒を相殺するには相応の魔力が必要であることも、皆様ご存知ですわね?」

 従者は、王妃から受け取ったそのカップを紅狼に差し出した。

 「……これは、どういう志向です? まさか、私にこれを飲めと?」

 「――飲めませんか?」

 「さて、王子の血を頂けるのは光栄な事。……ですがこれは……、戦いの最中であるならいざ知らず、このような事で命を落としたくはございません」


 「つまり、紅狼殿はこれを毒だとお思いになるのですわね?」

 「不敬を承知で言わせて頂ければ、その通りでございます。なにしろ、綺羅星殿、それも不意打ちで得たものですからなぁ」

 その答えに、王妃は咎めるどころか頷き返した。

 「では、それに貴殿の血を加えてその娘に飲ませてみたら――どうなると思われます?」

 王妃がうっそりと微笑んだ。

 「さて。自分で飲むためにするなら、私はこれを薬にするでしょう。ですが……あの娘のために私が薬を拵えてやる義理はない」

 「ええ、我らの血は、チェリスの葉の毒を相殺できるほど強力な毒。薬とならないそれは、相乗効果も相まって巨人族でも即死に至らせる程の毒となる。それを、あの娘に飲ませれば――」

 

 その王妃の言葉に、紅狼は大げさにため息をついてみせる。

 「――王妃様。王はこの賭けに、娘が試練に耐え切れずに死ぬと賭けた。私は、この賭けにて、娘が途中で音を上げ逃げ出すと賭けた。……その私が、その案に首肯すると?」

 「もちろんですわ。何事も加減次第ですもの。貴殿ほどの実力者であれば、それを薬とするも毒とするも自在であるはず。なれば、貴殿は毒にも薬にもならぬよう。そなたの願い通りの展開になるよう望めば良いのではないのですか?」

 それとも、そんな事は出来ないと、この公衆の面前で言うのかと、無言の圧力をかける。

 「……成る程、そう来られますか。しかし、王妃様はそれでよろしいので?」

 「何、そなたは加減したつもりでも、その娘がそれに耐え切る保証はどこにもない。どう転ぶかは賽を振るい、目が出るまで分からぬ。しかし、それこそが賭け事の醍醐味というものでは?」


 「確かに、一理ありますな。良いでしょう、……では」

 紅狼は、自らの従者に差し出させた小刀で指先に傷をつけ、そこから数滴血をカップの中へ滴らせた。


 王妃の従者はそれを再び受け取り、それを持って咲月の元へとやって来る。

 そして、格子の隙間からそれを差し出した。


 「――では、娘よ。それを干して見せるがよい。それを飲み、そなたが命を落とせば賭けは我らが王、紅龍様の勝ち。命を落とさぬまでも苦痛にそなたが負けを認めたならば、紅狼殿の勝ち。そのどちらでもなく――命を落とさず音も上げずに耐え切ったならば、そなたの勝ちだ」

 咲月は差し出されたそれを一瞬見下ろしてから、ぐるりと周囲を見回す。

 こちらに向けられる視線の大半は、どう転ぶか興味津々な眼差しだ。


 王は、既に自らの勝ちが決まったような余裕の表情を保ち、紅狼は一抹の不安を残したもどかしげな表情を浮かべている。

 「……本当に、それで良いんですか、王妃様?」

 咲月は、念を押すように尋ねた。

 「――飲めませんか? 飲めないと言うのならば試練の辞退と見なしますが?」

 「いいえ、辞退などしませんよ。とても簡単で分かりやすい方法で、私としてはむしろ有難いですし」


 随分長々とご高説頂いたけれど、咲月には全てが茶番にしか思えない。

 咲月は、躊躇うことなく、カップを傾け、中身を一気に口の中へと流し込んだ。


 「良薬口に苦し」などと王妃が言っていたが、その味は思ったより甘かった。

 確かに、ほのかな苦味はあるが、普段、輸血用パックの薬の苦味に慣れた舌には、まるで抹茶やコーヒーの苦味のような、むしろ美味と感じられる程度のものだ。

 いつも冷たく冷やされた血ばかり飲んでいる咲月にしてみれば、それは吸血鬼に変わるために朔海の血を飲んで以来の新鮮な血液である。


 あっさり、美味しくそれを頂き、あっという間に器を空けた。


 しん、と部屋の中が一瞬静まり返った。

 咲月の身に起きるはずの異変を見逃すまいと、目を凝らし、耳を澄ませる観客たちは、ささやかなBGMを演奏していた楽隊を睨みつけてまで静けさを求めた。

 すぐさま苦しみ悶え始めるものと思っていた娘は、未だけろりとした顔で、檻の中に突っ立っている。

 ――……刻々と、時が過ぎていく。しかし、変化らしい変化は何も起こらない。


 「――と、いう訳で王妃様。賭けは、私の勝ちです。今度こそ、儀式の許しを下さいませ」

 檻の格子越しに王と王妃を見上げ、咲月は再び慇懃に一礼して見せた。


 「――っ、馬鹿な!」

 思わずといった風に声を荒らげたのは紅狼だったが、玉座に座る王もまた、苦い顔をしているのを、咲月は見逃さなかった。

 「……王妃よ、あれは確かにチェリスの葉であったか?」

 「え、ええ。確かに信用のおける者に入手させた物でございます」


 「確かに、本物だったと思いますよ。お陰様で今しがたの戦闘での疲れも全て吹き飛びましたから」

 これまで自分に侮蔑の視線を向けてきた者たちに、逆に侮蔑の視線を向けて、咲月は笑みを浮かべた。

 「だから、私は事前にお尋ねしたのです。本当に良いのかと。そして王妃様、あなたはそれを良しとし、王様、あなたもそれを止めなかった。今回の賭けは私の勝ちです」


 「……紅狼殿、加減を間違えましたか?」

 「まさかっ、……いや、しかし」

 王妃の下問に紅狼が狼狽える。

 観客たちは、楽しみにしていた反応が見られず、不満げな目を王に向けた。


 「――仕方ない。負けは、負けだ。良いだろう。お前に、儀式を受ける許しを与えよう。――檻を下げよ」

 王の一言で、するすると檻が再び高い天井へと引き上げられ、天井裏へと隠される。

 朔海の拘束もようやく解かれる。


 「咲月、大丈夫、怪我はない?」

 「大丈夫だよ、見てたでしょ? ……っていうか怪我したのは朔海の方で……朔海こそ大丈夫なの?」

 怪我もしていないのに、大層な回復薬を飲んだ咲月だが、その回復薬の素材を提供したのは朔海だ。

 

 「では娘よ、壇上に上がるが良い」

 王の声が響く。

 「……咲月」

 できることなら行かせたくない、引き止めたいと、朔海の瞳が揺らぐ。


 「うん、行ってくるね。……あと少し、頑張ってくるから」

 

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