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Need of Your Heart's Blood 2  作者: 彩世 幻夜
第七章 Imperial family qualification ceremony
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咲月の実力

 檻の中、血色をした無数の蝶が舞った。いくつかの群れになり、檻の中を縦横無尽に舞う蝶たちで、檻の中が朱に染まる。

 ひらひらした羽で音もなく飛ぶ蝶が、キラキラとした赤い光の粒を撒き散らす。


 「…………!」

 一度あれを喰らっている朔海は、先日のそれとは段違いの規模に目を見張る。

 簡易の使い魔とはいえ、あれだけの数を作って全てを制御するのは容易いことではないだろうに、蝶が撒き散らす鱗粉を浴びた敵の大方は覿面てきめんに動きを止め――

 「え……?」

 痺れに動きを鈍らせる――だけではい。苦しみ悶え、ばたばたと倒れ伏すものが続出している。


 「これは、模擬戦じゃなくて実戦。敵に情けをかける必要も感じないこんな場面で、麻痺毒なんてそんな生ぬるいもの、使わないよ」

 あれは、吸血鬼の魔力を精一杯凝縮させた毒。

 強すぎる毒に耐え切れない弱いものが、端からバタバタ倒れていく。


 だが、やはり相手は魔物。元々魔力にある程度耐性のあるものたちだ。毒で倒れたのは全体のせいぜい二割、といったところか。もう一割か二割、動きの鈍ったものは居るけれど――それらを踏みつけにして、さしたるダメージを受けていないものたちは咲月へと迫ってくる。

 

 咲月は、蝶の群れをそれらに差し向け――蝶の群れが、魔物の群れの合間合間を埋めるように突撃を仕掛ける……と、魔物群れの先頭で血飛沫が派手に吹き上がった。パンパンに張った水風船を切り裂いたように、魔物たちの体に無数の切り傷が刻まれ、そこから血が勢いよく吹き出している。

 しかし――蝶の羽はひどく脆く儚い。一方で魔物の体は、大体が相応に頑丈にできている。

 それなのに、何故――?


 「違う、あれは……妖精?」

 血の色をしたたくさんの蝶に紛れて、気付かなかったが、よくよく見ると、百に一程度の割合で、蝶とは少し違う生き物が紛れ込んでいる。

 「……シルフ」

 風の精霊の、最下位クラスの妖精を模した使い魔が、鋭く研いだ風の刃で次から次へと魔物の皮膚を切り裂いているのだ。

 そして、それを取り巻く蝶は、途切れることなく毒粉を撒き散らし続ける。

 呼吸器からだけでなく、傷口からも体内に侵入する毒に、先程まではなんとか凌いでいたものたちも、たまらず倒れ伏す。


 「……これで三割とちょっと、か。まずまず、かな。――じゃあ、次いってみようか?」


 先程からあの蝶が撒き散らしている毒は、咲月の血を素にしたもの。つまり――


 「全員、回れ右!」

 咲月は大声で号令をかけた。

 それを合図に、群れの約半数が急にぎくしゃくとぎこちない動きで身体を反転させる。

 「私の敵と戦いなさい!」


 以前、紅姫が教えてくれた事。吸血鬼が使い魔を得る方法のひとつに、自分の血で相手を従わせるものがあると、彼女は言っていた。

 撒き散らした分の力で倒れはせずとも、その支配力に抗いきれなかったものたちが、咲月の使い魔となって、敵に向かっていく。


 数は半々。だが、残っているのは撒き散らした分の魔力では従わせることの叶わなかったものたちばかりだ。まさに一騎当千、一対一では殆ど歯が立たない。一体につき数体がかりでかかって、なんとか倒す、という状況で、侵攻を食い止められたのは一部のみ。


 使い魔たちの壁を破り、尚も迫って来るのは――手練ばかり、まだ両手の指だけでは足りない数がいる。

 咲月は、一度塞がって既に無くなった傷に、もう一度小刀を滑らせた。

 吹き出す血を重力に任せて地面に滴らせながら、意識を最大限集中する。

 

 落とした血で魔法陣を描き、咲月は、それを喚び出す。

 「……敵が実力者なら、こっちも相応の対応をしないとだよね」

 エオーのルーンを主軸とした魔法陣が青白い光を放つのと同時に、石の欠片をそこに落とす。


 一際眩い光と共にけたたましいほどのいななきが室内を席巻する。

 光の中から姿を現したのは、純白の毛並みを有した馬が、二頭――。

 片方の額からは鋭く長い一本の角が生え、もう片方の背には純白の美しい翼が生える。


 「ユニコーンと……ペガサス?」

 角と翼の違いはあれど、体格も色彩もほぼ同一。まるで双子のようだ。

 アルファベットのMの文字に似たエオーのルーンの意味は、馬。または双子神の意味も持つ。

 

 その二頭の馬たちは、さっそく向かってくる敵に向かっていく。

 ユニコーンはその全てを浄化すると言われる角を以て敵を貫かんと駆け出し、ペガサスはふわりと宙を舞うように翔けて雷雲を操り、次々に魔物たちの頭上に雷を落とす。

 それらは、先程の蝶と同様、簡易使い魔として作られたものでありながら、その完成度はもはや『簡易』どころではない。

 「……石の核の効果、か?」

 使い魔を喚ぶ魔法陣に咲月が落としたのは、ダイヤモンドとトルマリンの欠片。

 宝石として、宝飾品としての価値はほぼ皆無ながら、力を持った天然石だ。

 ダイヤモンドは、征服されぬもの、という意味を持ち、悪霊を祓うとも言われる石。

 トルマリンは別名電気石とも呼ばれ、エネルギーの浄化と純化、活性化を助けると言われる石。


 ペガサスの雷に焼かれ、ユニコーンの角に突かれ、魔物たちの数が一気に減っていく。

 背後でまだ続いているのとは、まるきり逆の光景が広がる。

 軽やかに駆けるユニコーンを捕まえようと単体で動いても、動きが素早すぎて捕まえられず、それどころか己が貫かれる。魔物たち数体がかりでユニコーンを追い込むが、それを遮るように雷が落ちる。

 雷は、後方でまだ争い続ける魔物たちの上にも降り注ぎ、雷鳴が轟くたびに、動かなくなった魔物の体が床を埋めていく。

 ――そして、ついに最後の一体が頭から雷を落とされ、ユニコーンの角に突かれて動かなくなる。


 咲月は自ら返り血を浴びる事無く見事、魔物の群れを全て葬ってみせた。


 「――ご満足、いただけましたか?」

 檻の格子越しに王を見上げ、咲月は慇懃に一礼して見せる。

 「ご覧の通り、魔物は一掃致しました。賭けは、私の勝ちです。お約束通り、儀式の許しを下さいませ」


 しかし、咲月の言葉に答えを返したのは、王ではなく紅狼だった。

 「何と、何と。成る程、かの綺羅星殿下の奥方とは思えぬ勇猛ぶり、とくと拝見させていただきましたがな。たかだか雑兵相手に勝ち星を上げただけでは……」

 ちらりと、王を振り返り、紅狼は殊更嘲笑を深める。

 

 朔海は、それを忌々しい思いで睨みつける。

 「たかが雑兵」と言うが、先程の群れの中にはケルベロスの一族やミノタウロスの一族など、魔獣の中でも中級クラスには相当するものも居た。

 それをあの数、一人で狩るとなれば如何に上級魔族に位置する吸血鬼といえども、ある程度の実力者でなくば耐え切れない。――そう、ここに集まる連中のように爵位を賜る程度の実力がなければできない芸当だったはず。王の正妃となるならばともかく、たかだか自分程度の王子の伴侶であるなら、十分すぎる力を、彼女は堂々と見せつけた。

 吸血鬼になってまだ日の浅い彼女が、既にそれだけの実力を身につけていた事に、朔海でさえ驚いていたというのに。


 「王よ、ここはどうか私直々に試させていただきたい」

 だが、紅狼のそのセリフには王の方が嫌な顔をした。

 紅狼は、一族の長。誰がどう考えても昨日今日吸血鬼になったばかりの娘の相手ではない。彼の目的は明白だ。取り逃がしたと思っていたものを彼女が持つと知り、試しと言いつつそれを奪おうというのだろう。

 それは紅龍にとって面白くない展開だ。


 「――でしたら、私にお任せいただけませんか?」

 と、王の横で王妃が再び口を挟んだ。

 「実は先日、面白いものを手に入れましたの。――あなた、あれを今すぐ持って来て」

 扇で口元を隠しつつ、ねずみをいたぶる猫のような笑みを浮かべた王妃が、傍に控える侍女に命じて、持ってこさせたのは――瓶に入った、何かの植物。

 まるで、わらびやゼンマイ――山菜としての芽の状態のそれではなく、シダ植物として成長した枝を一本切ってきたような草だが、色の濃さを見ると、殆ど黒に近い濃緑色をしていて、葉の先は黄色い、それとはまるで違う植物だと分かる。


 「あれは……チェリスの葉――」

 朔海が小さく呟いた声を聞き、咲月が小声で尋ねる。

 「チェリス……?」

 聞いた事のない名だ。

 「ああ、魔界に生息する植物の一種で……」

 

 相変わらず衛兵たちに潰されたままの格好で、朔海が口を開く。

 それとほぼ同時に、王妃が何やらその衛兵たちに合図を送った。

 すると、彼を押さえつけるのに加わっていなかった一人がおもむろに彼に近づいた。


 腰に下げた剣をスラリと抜き放つ。

 「ちょっ、何を――!」

 その刃先を朔海に向けた兵に、まず誰よりも先に咲月が声を上げる。しかし、檻の格子に阻まれ、彼に手を伸ばすことは出来ない。


 次の瞬間、銀色の輝きが、一筋の軌跡を描き出した。


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