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Need of Your Heart's Blood 2  作者: 彩世 幻夜
第六章 a nuptial ceremony
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初めての、

 階段を上りきった、そのすぐ左側のドア。そこが、朔海の自室だ。

 彼のプライベートルームであるそこには、まだ咲月はまともに足を踏み入れたことがない。


 咲月は、扉の前に立ち、ゆっくりと二回、扉を叩いた。

 相変わらず静かな屋敷の広いホールに、控えめなその音が、やけに大きく響く。

 しかし、その音すらかき消す勢いで心臓は大音量のビートを奏で続けている。

 

 「――どうぞ」

 中から聞こえてきた声に、ぴょんと心臓が一際高く飛び跳ねた。

 小さく息を吐き、意を決して扉を押し開けた。


 ――もともと朔海の一人暮らしだった屋敷の、彼の自室であるその部屋は、咲月の自室となった部屋に比べ、一回りか二回りほど広い。

 しかし、配置されたインテリアはごくシンプルに、クローゼットとベッド、ソファとテーブルのみだ。

 部屋の奥には、客間にあったようなバスルームと手洗いのドアが二つ並んでいる。


 客間や、咲月の部屋にあるものより幅の広いベッドに腰掛けて、朔海はマグカップを手にして、咲月に差し出した。

 パタン、と後ろ手に扉を閉める。――その、自分で立てた音に自分で驚き、内心びくりと竦んだ心を隠すように、咲月はおずおずとそれを受け取り、ゆっくりと腰掛けた。

 ふわりと香るその匂いは、街のアジア系の店が並ぶ区画でよく漂ってくるのと同じ――ジャスミンの香り。 暖かいジャスミンティーの入ったマグに口をつけ、一口黙って啜り、ごくりと飲み込む。


 その、当たり前の動作すら、今は意識していないと上手く出来ないくらい、嘘みたいにドキドキしている。

 そろりと、自然を装って彼の方を目だけ動かして見れば、彼は薄手の黒いシャツとスウェットのズボンという完全なる部屋着姿だ。

 彼は、ゆっくりとお茶を啜り、昼間の慌てぶりが嘘のように余裕たっぷり――……いや、よくよく見てみれば、耳の先が真っ赤に染まっている。

 さらに注視してみれば、マグカップを傾けたまま、その傾き加減が一向に変化する様子がない。

 目もなんだか泳いでいるし……。


 「……朔海?」

 試しに声をかけてみる。

 一瞬、不自然に動きが停止した――次の瞬間、彼は盛大にむせ返った。

 「………………」

 咲月は、つい生暖かい目でその様子を眺めつつ、無言で彼の背をさすってやる。


 人が、強い怒りや焦りを感じたとき、目の前に自分と同じ反応を、それも自分よりも派手な反応をする者を目の当たりにすると、逆に落ち着くのだと言うが……。

 なるほど、あれは本当だったらしい。

 「……大丈夫?」

 手のひらに感じる彼の体温の暖かさも手伝って、咲月はようやく心の平穏を取り戻す。

 ――まだ、心臓の鼓動はいつもより少し速いけれど……。


 「ごめん……。その……僕こういうの、これが初めてで……」

 彼は、蚊の鳴くような声でそれを告白した。

 「…………いや、それは私だって初めてに決まって……って、待って。朔海って……確か三百歳、だったよね」

 咲月は、先月ようやく十六になったばかりだ。これまで彼氏どころか友人すらまともに居なかったのだ。当然、経験などあるはずがない。

 だが朔海は――見てくれはこうでも、実際は三百年生きている。

 ……人間の一年分歳を取るのに二十年かかる彼らだが、それでも――いやだからこそ、いわゆる思春期というやつを迎えて三、四十年は経っているはずで……。

 「正確には三百二十二……だけど……お願いだから歳のことは言わないで……」

 ようやく咳の治まった朔海が呻いた。


 「この間、あんなに慣れてる風だったのに……まさか、初めてって……」

 「そりゃあ……僕だって、男だし。好きなひとが傍に居たら、当然触れたくなる。――長く生きていれば、知識は勝手に増えていくけれど……でも、知識だけでは分からない事ばっかりだから」

 耳どころか顔中真っ赤にして、朔海が決まり悪そうにぼそぼそ呟く。

 「同じように初めてでも、男の僕と、女の君では当然咲月の方が不安なのに決まってる。だから、どうしたらいいのか必死に考えたけど、結果は……この通り」

 少し自嘲気味の苦笑を浮かべてみせながら、朔海は天井を仰いだ。

 「これだから……僕は“綺羅星”なんだろうな」


 『月の無い朔の夜の海という真の闇の中に、頼りなく瞬く星を意味する』そんな皮肉のこもった名なのだと、彼は以前言っていた。

 それが、どうしても気に入らなくて、咲月は彼の手に自分の手を重ね、泳ぐ彼の瞳を捕まえて強く見据えて言った。

 「朔海……知らないの? 地球上から夜空を見上げてみれば頼りなく見える星が、本当は太陽よりずっと大きくて熱くて、その熱と光を、何万光年っていう時間と距離を超えて届けられるくらいに強い星なんだって事」

 物事の表面しか見ない浅はかな者たちは皮肉のつもりでその名を付けたのかもしれないけれど。

 「地球から見たら月の方が大きく明るく見えるけど、所詮太陽がなきゃ輝けないんだよ、月って。その太陽と一緒に昼の空に浮かべば、何の役にも立たない薄白い目立たない星でしかないんだし」

 咲月は、じりじりと距離を詰めながら、半ば睨めつける勢いで彼の綺麗な濃紺の瞳を見つめた。

 「……そりゃあ初めてだし、ちょっとは怖いし、緊張だってしてたはずなんだけどね、さっきまで。なんかもう全部どうでも良くなってきた」

 「あの……咲月……?」

 「そうだよね、朔海だもんね。むしろこうじゃなきゃ。初めてなんだから颯爽とリードして貰いたいとか、その手の小説やら漫画の読みすぎだったわ。もしも朔海がどっかのホストよろしくさくさく事を進めようとしてたら逆にどうしたらいいか分かんなくなってた気がするし――それに……」

 「咲月……何か目が据わって……」

 すぐ間近に迫った朔海の顔との間合いを計り、咲月はふと目を伏せた。

 少し、ぎこちなく唇を彼のそれと触れ合わせる。


 ドキドキと暴れる心臓を抑え、咲月はもう一度、驚いて見開かれた彼の瞳を覗き込んだ。

 「好きなひとが傍に居て、触れたいと思うのは女だって同じだよ」

 「咲月……」

 「うん。だからさ、変に気負う必要なんか無いんじゃないの? って事」

 しかし、頬が火照ってくるのまでは抑えられない。

 かっかと熱い頬に、朔海の手が触れた。

 彼の瞳が揺らぎ、その眼差しが不意に熱を帯びた。


 もう一度――今度は彼の方から顔を近づけてくる。

 咄嗟に目を閉じた咲月に、さっきのそれよりずっと自然な仕草で触れ、より深い触れ合いを求められる。

 息を継げば、さっきまで飲んでいたジャスミンの香りが、鼻へと抜けていく。


 「なら……もっと、触れてもいい?」

 妙な熱のこもった声で朔海が囁く。

 「うん……」

 耳にかかる吐息のくすぐったさに声にならない悲鳴をあげながら、咲月は小さく頷いた。

 朔海の目が嬉しげに細められ、二度、三度と口づけが落とされる。

 その度に感じるくすぐったさと、覚えのある感覚――。

 それと同時に、体の力がどんどん奪われ、代わりのように甘い痺れが全身を支配していく。


 ふわりと抱え上げられ、すっかり力の抜けた身体がベッドの上に横たえられ、視界いっぱいに天井が映り込んだ。

 全身で感じる温もりに増して、触れられた箇所が熱い。

 心地よい熱に浮かされながら、全身で彼を受け入れ、受け止めようと、身体を彼に預けて委ね、そして――



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