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Need of Your Heart's Blood 2  作者: 彩世 幻夜
第五章 Scenery of ”New world”
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Lesson - 3

 そしてまた、咲月の日常が少し変化を見せる。


 朝は少し早めの四時に起き、朝の支度と朝食とを済ませて五時には家を出る。

 ――いや、「出る」というのは少し違うかも知れない。屋敷の地下にファティマーが設置した魔法陣を使って、ファティマーの家にある地下室へ移動する。ドアtoドアですらない。

 けれど、その時間から咲月の修行は始まる。

 昼食を挟み、二時までがファティマーとの修行の時間だ。

 それを終えて家へ戻り、朔海と午後のお茶を楽しんだ後、夕食までの間は朔海との訓練。

 夕食後から就寝までの時間が、その日の復習と翌日の予習の時間だ。


 昼食を含めて約八時間の魔女修行は、大分慣れてきた吸血鬼の力の扱いの修行より遥かに難解で、同時に大変奥深く、咲月はその厳しくも楽しい修行の日々にもすぐに馴染んだ。


 ファティマーは、魔女といえど種族としては普通に人間だ。少し前までの咲月と同様、己自身の魔力というものを持っていない。

 「だから、我らはそれを持つものから力を借りる。――そう、具体的に言えば例えば精霊や神、あるいは妖や魔物といった力あるものからな」

 ――精霊から力を借りるのは、既に竜姫から教わった事がある。

 「そうだ。例えば火の魔法を使いたいなら火の精霊、水の魔法を使いたいなら水の精霊を喚んで力を借りる必要があるのだが……。その、精霊から力を借りるには二種類の方法がある」

 「……二種類?」

 それは初耳な情報だ。竜姫から教わったのは、あくまで身近にいる精霊たちと心を交わし、助力を請うものだった。それ以外にも方法があるという事だろうか?

 「うむ。あの巫女姫殿は人間でありながら神でもある。私と違い、彼女は己で『力』を有しておる。だから、必要に応じて力を借りれば事足りる。だが、我が一族の者は自身の力を持たない。そのために、『守護の契約』を取り交わすのだ」

 その都度、必要になるたびに力を請うのではなく、ある一定期間を区切って力を借りる契約を交わす。

 「例えるなら、一日限りの日雇いバイトと、ある一定期間を定めて雇われた契約社員みたいなものだ」

 必要な時に、必要なだけ、最低限の対価で力を借りるのか。

 予め期間と対価を取り決めた上で、継続的に力を借りるのか。

 「前者に関してはもう改めての説明は必要ないだろう。――さて、後者のほうだが……一言に期間と対価、と言っても、その幅は実に色々だ。期間だけでも短いものなら数日というものから長いものは一生というものまである」

 対価の方に至っては期間の長さによっても変わるし、何より契約相手が好む対価を用意せねばならない。それこそいちいち挙げていたら日が暮れるくらいたくさんあるのだ。

 

 「幸い、我らは人でないものから好かれやすい性質があるらしい。……どうやらその性質は女に継がれやすく、男に継がれにくいらしくてな。生まれた子が女だった場合、母親が守護を受ける精霊の守護をそっくり継いで生まれてくる事が少なくないんだが、男の場合そういう事は滅多にないんだ」

 それは、成長しても変わることは殆ど無く、よって一族に優秀な魔女は沢山いても優秀な魔法使いはほとんど存在しない。

 「それでも、小精霊を捕まえて火を熾すくらいの魔術を使える男は少なくないがね」

 まあ、それは今は置くとして。


 「咲月、お前は私と違い己の『力』を持っている。そして既に精霊との『契約』も済ませている。――潮」

 ファティマーが、咲月と朔海、二人の守護精霊の名を呼ぶ。

 「はい、師匠!」

 それに答えて元気よく返事をした彼は、この短期間で大ぶりの林檎を二つ重ねたくらいの大きさまで成長し、姿も透けることなく実体を保てるようになっていた。

 まだ、主である朔海と咲月から完全に離れることはできず、体のどこか一部分は触れていないといけないのだが、直接あの腕輪を持っている朔海とこうして離れた場所に居ても召喚する事ができる。

 潮は、咲月がこうして修行に通うようになったその初日に挨拶をしに出てきてからというもの、その呼び方を続けている。――ちなみに、朔海に対しての態度に関しては特に変化は見られない。

 だが、彼の――もとい咲月のもう片方の血に繋がる一族というのもまた、師について精霊を育て一人前になるというのが慣例らしい。

 彼は、ファティマーを偉大な師匠と認め、彼女を敬いつつ真摯に咲月と共に修行に励んでいた。


 「彼から聞いた話から察するに、おそらくその一族というのも我ら同様自身では『力』を持たないのだろう。だから、大精霊に祝福を請い、与えられた精霊の種を育て、その力を借りた。さて、その大精霊とそ一族がどんな条件で契約を結んだのかは分からんが……、潮、お前が主から受ける代償は自らを成長させうるだけの力だな?」

 潮はファティマーの問いに素直に頷いた。

 「はい、オレらは主の力無くしては存在できません。確かに師匠のおっしゃる通り、オレらの主にいわゆる『力』はない。でも、その代わりにオレらは『精神こころ』の力を糧として主から貰うのです」

 それは、『精神ゆめ』そのものを喰らってしまう夢魔や、感情をそっくりそのままぱくりと食べて主から奪ってしまうのとは全く違う。

 「何か楽しいことがあってワクワクドキドキする、その気持ち。何か難しいことに挑もうとして奮起しようとする、その気持ち。何かに対して激しく憤り、怒るその気持ち。何か辛いことに直面して、落ち込んだその気持ちの上澄みを、オレらは糧として受け取る。……その、どれかが多すぎても少なすぎてもオレらはうまく育てない。それらの思いが純粋であればあるほどオレらは強くなれる。でも、その思いがゆがんでいると、その歪みに応じた強さにしか育てない」


 ――だから、潮は悔しいのだ。潮がこうしてどんどん好調に成長できるようになった、そのきっかけを作ったのがあいつだったから。


 「つまり、彼との契約はそういう事だ。それを代償に、お前は一生をかけて咲月を守護する宿命を負っている、という訳だな」

 「はい!」

 彼は、それはそれは誇らしげに片手をぴしりと耳につけてピンと伸ばして挙げた。

 

 「彼は、お前の中の魔力コントロールを手伝っていると言っていたが、それとは別に彼がお前に与えるはずだった力――『破魔』の『力』が当然あるはずだな? それを、使ってみたことは?」

 「――ありません」

 「そうか。ならば、自分の『力』とは別にある彼の『力』を感じ、使いこなす修行をまずした方がよさそうだな。丁度いい手っ取り早い方法がある。さあ、これを持て」


 そう言って、ファティマーが差し出したのは――

 「箒……」

 「言っただろう、魔力の扱いを覚えるのにこれ以上の修行はないんだ。さあ、つべこべ言わずにまずは跨ってみろ」

 言われるがまま、咲月は箒を跨ぐように立ち、ほうきの柄を握り締める――が、地に足をつけたままでは微妙に格好がつかずかなり間抜けな感じがする。


 「吸血鬼の魔力を使うには、体外にその魔力の源たる血液を出さなければならない。……潮、お前たちの力を借りる者たちはどうやって力を使うのだ?」

 「ええと……オレらはこの、契約の印を通じて主に力を送るんです。主は、それを自らの武器や防具に流して利用するのが主流だったと思います」

 「なるほど。――では咲月。血を一滴たりとも使わず、その箒に魔力を送り込んでみろ。その箒は、初心者用にと予め魔女長に仕える風の精霊が術が仕込んである。それにうまい具合に魔力を送り込めさえすれば、箒は浮く。さあ、やってみろ」


 促されて、咲月はまずは慣れた方法で、強く頭の中に箒を浮かせるそのイメージを思い浮かべ、念じてみた――が、両手で握り締めた箒の柄はピクリとも動かない。

 さて、突然魔力を送りこめと言われても、どうすれば良いかがよく分からない。

 

 そういう意味では、吸血鬼の力を使うのは随分と簡単だった。そもそもの魔力そのものを最初から表に出して使うのだから、後は術者のコントロール次第だ。

 その「コントロール」は今も修業中だが、それとは別の魔力だなんてこれまで意識すらしていなかったものを傷一つない手から放ち、箒に流す――。一体どうしたらいいのかさっぱりだ。


 「――姫さま、お手に意識を集中してください」

 しかし、潮は迷いなく咲月の手の上に移動し、その小さな手を咲月の手に重ねた。

 気のせいだろうか、その場所だけ妙に暖かく感じる。

 ふと、それに気づいたと思ったら、ほわほわとした温もりが少しずつ手全体に広がっていく。

 そしてその温もりが移り、握り締めた箒の柄がじんわり温もる。


 すると――

 藁を束ねた箒の尻の部分の重さを支えていたはずの両手の中の重みが消えた。

 「その調子です、姫さま。そのまま、お手に意識を集中しながら、ゆっくりと箒へ意識を移すのです」

 

 もしかして、このぬくい感覚が潮の『力』なのだろうか?

 だとしたら……この温もりを、箒の柄から箒全体へ行き渡らせればいいのか?


 もちろん、握り締めた箒に神経が繋がっているわけでもない。なんとなくのイメージだが……それに関してはここしばらくで随分と鍛えたつもりだ。

 箒の柄を強く握り締め、さらに意識を集中すると――


 ふわっ、と咲月の足が地面から離れる。

 「あ、出来た……?」

 しかし、それに糠喜びして意識の集中をほんの少し切らした途端、不思議な浮遊感が突如消え失せ、再び咲月の足の裏が地面につく。

 

 ――でも、ほんの一瞬ながら確かにできた。

 咲月はもう一度、今度はもっと慎重に意識を集中し、もう一度力の熱を箒に巡らせる。


 咲月の足が地面を離れ――離れて……どんどん離れる。地面と、足裏の距離が一メートルほど開いたところで、咲月はほんの少し、箒に送る熱量を積み増した――その瞬間、それまでゆるゆるしたペースでゆっくりとした上昇をしていた箒が突然、ギュンと二メートルも急上昇し、咲月はガツンと天井にしこたま頭をぶつける羽目になった。

 「いたっ!」

 「うむ。力のコントロールを誤れば、箒が暴走するぞ。常に一定量必要な分の力を適切に送り続けつつ、自由自在にその箒を使いこなせるよう……練習あるのみだ」

 

 ファティマーはにっこりと微笑んだ。

 「さて、では箒の練習は宿題にするとして、次は――ハーブや天然石の扱いを教えようか」


 

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