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Need of Your Heart's Blood 2  作者: 彩世 幻夜
第五章 Scenery of ”New world”
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異世界の街でお買い物

 昨日より少し早い時間だが、今日も街は昨日と同様に賑わっている。

 右には、咲月と手を繋ぎつつ、ほんの少し前を歩く朔海。彼は、微妙に不機嫌そうな顔をしている。

 左には、それを横からにまにまと楽しそうに薄笑いを浮かべる魔女様。彼の不機嫌の原因はもちろん彼女だ。

 彼自身、不機嫌を表に出す気はないようで、必死に取り繕ってはいるのだが……残念ながら時折引きつる頬や口元、目元や眉の動きをよく見ると、やっぱり完全には隠しきれていない。


 それでも、彼の足取りには迷いがない。既に訪れるべき店を定めているらしい。

 彼がまず足を止めたのは、家具やインテリア雑貨を扱う店。――残念ながら、看板に掲げられた文字は咲月の知るものではなく、読めない。

 聞けば、魔界には魔界の、天界には天界特有の共通文字があるらしい。そしてそれとはまた別に、次元の狭間で使われている共通文字、というのも存在するのだという。

 「これは人間界の英語と同じで、取り敢えずこれだけ覚えておけば魔界でも天界でも最低限のコミュニケーションを交わせるんだ。ちなみにこれには『世界樹ユグドラシルの祝福』と書かれてる」


 「――世界樹の祝福?」

 「そう、この店の家具の殆どは木工製品でね。その材料となる木材に、世界樹の枝を使っているんだ」

 「世界樹……って、ホントにあるんだ。でも、その枝を使ってるって……まさか折ったり切ったりしてるの? なんか祝福を受けるどころか罰が当たりそうだけど」

 「いやいや、ちゃんと専任の担当者がいて、落ちた枝を、世界樹に祈りを捧げた後で拾ってるんだよ。何しろ、とてつもなく大きな木だからね、枝一本でも樹齢数百年の楠くらいの大きさがあるのさ」

 「何しろ、全ての世界を支える軸であり、大黒柱とも言える存在だと言われている物だからな。大樹の枝は天界を支え、根は魔界を包み、幹は人間界の柱だと、そう言われている。――ちなみに、この次元の狭間は世界樹の幹の中なんだとさ」

 「そして、全てのものの魂を生み出すのもまた、世界樹だって言われている。実際、天界の天使は世界樹の卵から生まれるし、魔物は世界樹の根の又から生まれる。だから、人間の魂もまた、世界樹から生まれたんだと言われているんだ」

 「……もしかして、さっきの硬貨に刻まれていた木……あれは、世界樹?」

 「そうだよ。……とは言え誰もその全貌を見た事がないから、ただのイメージだけど」


 色々と説明を受けながら、店内に足を踏み入れると――

 「いらっしゃいませ」

 と、出迎えた、まるで澄んだガラスのベルの音のようなその高い声の主を探して、咲月の目が店内を彷徨う。

 「いつご贔屓くださいましてありがとうございます

 その咲月のすぐ目の前を、キラキラ光る光の粒の軌跡が通り過ぎた。

 「今日は、どのようなお品をお探しですか?」

 そして、朔海の前に浮かび、彼にそう尋ねるのは、咲月の手のひらの上に乗る程の大きさの女の子。

 「ああ、彼女の部屋に置くための家具をひと揃え欲しい」

 彼女は、背中にトンボの翅の先を尖らせたような薄くて半透明なそれを背負っている。


 「あれは、妖精だ。この世の全てのものに宿る魂が力を持ち、形を成し、心を持ち、意思を持ったもの……。精霊や神と呼ぶにはまだ幼く力も弱いが、自らを生み出したものに由来した能力を持つ事が多い」

 そっとファティマーが小声で咲月の耳元で囁いた。

 「かしこまりました。――お嬢様はどのような物がお好みでございますか?」

 淡い金の髪を後ろでひとつに括り、小さく薄いピンクのリボンを結び、リボンと同じ色のひらひらのワンピースドレスを纏った彼女が、咲月の方へと向き直る。

 「えーと……」

 咄嗟に答えに詰まり、広い店内をぐるりと眺める。


 店の前面に飾られている物は欧米風の品が大半だったが、よく見れば奥の方には和風のもの、中華風のもの、アラビアンナイトに出てきそうな東南アジア風の物、他にも様々な種類の品が豊富に揃っている。

 そのどれもが、確かに木材で造られており、品はどれもひと目で一級品と分かる物ばかりだ。

 家具の造り、品質もそうだが、それに負けず劣らず材料となっている木材の品質は素人目から見ても物の良さは明らかだ。


 桐のように上品な白い木肌に、杉よりも綺麗に木目が入っている。檜よりも良い香りが漂い、触れれば肌触りもよく、ほんのり温かみを感じる。

 しかも、驚くほど軽い。勧められるがまま腰掛けた椅子を引いて驚いた。パイプ椅子よりずっと軽い。

 それなのに、下手な石材や金属より余程頑丈なのだと言う。


 様々なデザインの物が広い敷地面積の中に、それでも所狭しと並べられている中で、咲月の目は、ファティマーの家にあったような可愛らしいカントリー調の家具がまとめられたコーナーに吸い寄せられた。

 咲月の視線を追った店員妖精は、心得たとばかりに頷き、微笑んだ。

 「ひと揃え……とお伺いしましたが……お買い上げの品を置くお部屋の広さは如何程で?」

 「だいたい10畳強……そのベッドを四つ並べてすこしスペースが余るくらいだね」

 朔海は、言いながら折りたたんだ紙を一枚、彼女に手渡した。

 「一通りの寸法はそこに書き出しておいた」

 「――なるほど、ならばまずは寝台を選びましょうか。それから収納、机や化粧台など揃えていきましょうか」

 彼女は手際よく咲月から好みを聞き出し、部屋の間取りにあった家具をいくつか並べ、その中から咲月に気に入った物を選ぶよう促す。

 彼女の推薦は実に的確で、あっという間に咲月の部屋に並ぶ事になった物に「売約済」の札が次から次へと貼られていく。

 「お支払いとお届けはいつもの通りで?」

 「――ああ。いつも通り屋敷へ届けてくれ」

 「それでは、代金として200Kクーナいただきます」

 「分かった。用意しておくよ」

 「いつもありがとうございます。この後はやはり……?」

 「うん、雑貨屋へ行くつもりだよ」

 「そうですか。では、こちらを店員にお渡しください。本日お買い上げになりましたお品物にぴったりの物が見つかりますよ」


 店を出る咲月たちを見送るため、店の外まで出てきて、深々とお辞儀をする。

 「ありがとうございました、またお越し下さい」

 朔海は、その店から三軒隣の店舗で再び足を止めた。

 「ここは、さっきの家具屋の姉妹店の雑貨屋なんだ」


 「いらっしゃいませ」

 姉妹店、というからきっとまたさっきの店の店員のような小さな妖精が出てくると思っていた咲月を出迎えたのは、人と同じサイズの、しとやかな美女だった。

 しっとりとした雰囲気の彼女の膝裏まで伸びる長い髪は不思議な薄青の色をしている。

 その髪の色に合わせたような美しい蒼のスレンダーなドレスがよく似合う。

 「――彼女は水の精霊だよ」

 「水の……。ウンディーネ?」

 ファンタジーでお馴染みの名前を呟けば、目の前の美女が慎ましやかに微笑んだ。

 「その名は、我らの長の名でございますわ。私たち水の精霊の中で、一番長命で、一番力を持つものだけが名乗ることを許される名なのですよ」

 「うむ。他にもノームやシルフなども同様だな。でも、この彼女はかなり高い位を持つ精霊だ。もっと力が弱い精霊は、しっかりした姿を保つことができず、おぼろげな姿をしている。お前も、見たことがあるはずだ」


 確かに、豊生神宮で竜姫に稽古をつけてもらっている際に目にした精霊は、まるで霞のようだった。


 「――これを」

 朔海は彼女に先程の店で渡された紙片を差し出した。

 彼女はそれを丁寧に受け取り、目を通した。

 「かしこまりました。……こちらへどうぞ」

 棚がいくつも並び、それぞれ食器やキッチン雑貨、カーテンやテーブルクロスなどの布製品、クッションやぬいぐるみ、置き物、デスク周りの雑貨など種類豊富な品が並んでいる場所を素通りし、店の奥へ案内される。

 座り心地の良さそうな椅子と、テーブルが並ぶ一角へと導かれ、「少々お待ちください」と一旦離れた彼女は、手に様々な商品を持って戻ってきた。

 このベッドにはこのシーツ、それに合わせたカーテンとカーペットにクッション。机の上の細々したもの。

 次から次へとおすすめ商品が目の前に並べられていく。

 その手際の良さには既視感があった。

 ここでも朔海は商品の配達を頼み、店を出る。


 次に向かったのは、洋服店。

 そこで出てきた店員に、咲月はまたしても目を剥いた。

 「いらっしゃ〜い」

 ここでも、看板に書かれた店の名を読むことはできなかったが、そこに描かれたロゴマークには覚えがあった。人間界でもお馴染みのブランド『Spicaスピカ』だ。

 しかしその店員は、背中に黒い翼を背負い、スレンダーな身体に不釣り合いなほどの巨乳を惜しげもなく露出させた黒いワンピースを着たお姉さん……。

 「もしかして……悪魔?」

 尋ねた咲月に朔海が頷く。

 「ここのデザイナー……ジャンヌ・ダルクは今やあの方の――魔王陛下のお気に入りだから」

 「何、心配は要らない。この街にいる限り基本悪さはしない。ましてや相手は店員だ。客に悪さなどすればあっという間に店が潰れるだろう?」

 ファティマーは咲月の背を押し、中へ入る。

 「君は、あまりこういう買い物は慣れないのだろう? ここはひとつ、私が見繕ってやろう」


 「……ちょっと待った。それはいいけど、その前に」

 だが、朔海がそれを呼び止めた。

 「――すいません、彼女の採寸をお願いします。礼服と、正装、盛装一式それぞれ誂えたいので」

 店員を捕まえ、朔海が言った。

 「オーダーメイドの品は、一朝一夕には出来上がらないからね。今のうちに頼んでおかないと」

 「ほう、龍王の一族の御用達もこの店なのだな」

 「……では、こちらへ。お連れ様はあちらでお待ちください」

 

 店の奥、カーテンで仕切られたスペースへ導かれた咲月は、あっという間に下着一枚に剥かれ、あちこちメジャーを当てられる。

 仕事人の背にも、やはり黒い翼がある。それはコウモリの皮膜似たタイプのものではなく、天使の翼を漆黒に染めたような――晃希の背にあったのと同様のもの。

 だが、鉄壁の営業スマイルを浮かべる彼女はてきぱきと、しかし丁寧な仕事をする。

 結果を書き出したメモを、外で待つ別の店員に渡すと、再び咲月が服を着るのを手伝ってくれる。

 その対応は、人間界――日本の店舗にいたアルバイトよりずっと洗練されていた。


 最後に訪れたのは食料品を扱う店。――のはずだが、『グリム』という名だと教えられたその店は、基本的には活気ある市場という感じのお店で、新鮮な野菜や魚、肉など様々な種類の食材が揃っているのだが、中には、魔術に使う材料らしい、トカゲやらイモリの黒焼きやら何かの目玉等、妙な商品もチラホラ置かれていた。


 朔海は手に持ったかごにヒョイヒョイと次から次へ手当たり次第に食材を入れていく。会計場に流れ着いた頃には、かごの中には山と積まれた食材が入れられていた。貰った袋に乱雑に食材を詰め込み、朔海は袋を担ぎ上げた。

 「お、重くないの?」

 吸血鬼の馬鹿力は知っていたが、見るからに重たそうな袋を幾つも抱える朔海を見ながら咲月が尋ねると、朔海は苦笑を浮かべた。

 「さすがに、軽いとは言えないけど」

 そう言いながら、袋を一つ咲月に差し出してくる。恐る恐る手にすると、ずしりとした重みが肩にかかる――が、水物が多く入っている割に肩にかかる負担に違和感がある。

 普通に考えたら、まず持ち上げられないだろうと思える荷物量だが、重いと思うが特に問題なく持ち上げられる。

 そう、軽いとは言えないけれど、特に問題はない――吸血鬼の腕力なら。


 「では、これで用事は済んだのか?」

 ファティマーが朔海に尋ねる。

 「そうだね、取りあえずは」

 その答えを聞いたファティマーは頷き、言った。


 「――では行こうか、お前の屋敷へ」



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