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Need of Your Heart's Blood 2  作者: 彩世 幻夜
第五章 Scenery of ”New world”
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異世界の風景

 白く、淡いもやのかかった中に、薄ぼんやりと浮かぶ景色は、深い森に包まれた泉があったと思えば、ヒースに埋もれた荒野があったり、色とりどりの花が咲く丘があったと思えば、荒涼とした岩場があったり、流れの穏やかな小川があったと思えば世界一の高低差を誇るエンジェルフォールも真っ青の高い崖から落ちてくる巨大な滝があったり――とにかく目まぐるしく入れ替わる。


 そして、ふと気づくと所々にぽつん、ぽつんとおそらく家なのだろうと思われる建物が建っている。

 だが、一つの景色の中に二つ以上の建物を見る事は無い。

 建物一つ一つは完全に孤立しており、それぞれに交流があるようには見えない。


 川のせせらぎや滝の水が落ちる音、森の木々がざわめく音、荒野を風が吹き抜けていく音――。

 そういった自然の音は常に聴こえてくるけれど、それ以外は実に静かな世界。

 肌に触れる空気は冷たいが、暖かい格好をしている咲月にとっては凍える程のものでもない。

 広がる景色によって、澄んだ水の匂いや、花の匂い、緑の匂いが香ってくる。

 

 空は、ふかんで見下ろす景色にかかるそれ以上に濃く白いもやで覆われ、その中に太陽の存在を見つける事は出来ないのに、咲月の目に映る景色は程よい明るさに満ちている。


 「ここが、次元の狭間――」

 「……の、ほんの一部さ。言っただろう、狭いと言ったって、大陸一つ分の広さはあるんだ。僕の家から街までの距離なんて、せいぜい新宿から大宮までとほぼ同じくらいだし」

 電車に乗って約四十分の距離を、一時間かけて飛び、朔海は先を指さした。

 「ほら、見えた。あれが目的地」

 

 「感覚さえ掴んでしまえば、そんなに難しいことじゃない」と、彼が言っていた通り、初めこそ覚束なかったコントロールも、慣れてしまえばそれこそ自転車の乗り方同様、特に意識せずとも身体が勝手に反応してくれるようになってくる。

 彼が指さした先にそれを見つける頃には、危なげなく自分の翼で飛べるようになっていた。

 ――それでも、右手は彼の左手に繋がれたまま。


 彼が左手でさしたその先には、峻厳な雪山がそびえ、そのすぐ手前には森が広がっている。

 その森の中をそこだけ綺麗な正円の形にくりぬいたように拓かれた場所に、それはあった。


 街は、現在の皇居がまるまる納まってしまいそうな広さで、森の境界ぎりぎりまで、綺麗な正円を描いた中にぎゅっと建物が並んでいる。


 外周の、一番大きな外円の内側に、それより少しずつ縮小した円をいくつも描いたように、等間隔に通りが並び、一番内側中央は、やはり綺麗な正円の形をした広場になっている。

 その広場を中心に、放射線状に広がる八本の通りが、それぞれ十字を斜め四十五度に重ね合わせた形で外縁まで伸びている。

 その縦横の通りに囲まれた扇型の中に、建物が所狭しと並んでいるのだが、大小も形も様々なそれらは、意外にも整然と並び、広く取られた通り沿いにはいくつも簡易テントや荷馬車を改造した屋台が並ぶ。


 朔海はその、中央の広場に咲月を導き、正方形の赤レンガのタイルを円状に幾重にも並べたモザイクの地面に足をつけた。

 ぐるりと街を見回せば、放射線状に八方に伸びる通路ごとに、その雰囲気がまるで違うことに気付く。


 一本の通りは中世の欧州を思わせるおしゃれな雰囲気なのに、その隣の通りは賑やかなラテン系の雰囲気が漂い、そのまた隣の通りは咲月にもそれなりに馴染みのあるアジア系と、それぞれ明らかに色が違う。

 後ろを振り向けば、広場の中央、つまり街の一番の中心に、つやつやしたこれまた正円の石版が設置され、その表面には魔法陣が描かれている。

 そこから、不定期に青白い光が放たれ、その度にそこから“ひと”が現れ、そして消えていく。

 そしてその青白い光を、咲月は見た覚えがあった。

 「もしかして、あれが――?」

 「そう、あれがこの世界の移動手段の転移陣さ。……今回は、飛行訓練も兼ねてたから全行程素直に飛んできたけど、帰りはあれで近道して帰ろう」


 彼がそういう間にも、本当に色んな“ひと”が街を行き交っている。

 とても活気にあふれた街だ。


 広場にも、所狭しと露店が並んでいる。

 「朔海、もしかしてあれ……」

 その中の一つに、『ヘブンズ・カクテル』と看板を掲げたテントがあった。

 白く清潔そうなカウンターに並ぶ、十近いジューサーが、中身をゆっくり撹拌している。

 「ミカエル・スペシャル」、「フレッシュ・ガブリエル」、「ミルク・エンジェル」と並ぶメニューと、店番をしている店員とを見比べる。

 白いシャツと紺のジーパンの上に緑色のエプロンを着け、頭に赤いバンダナを巻き、背に白い翼を背負った、金髪青目の青年のその様子は、咲月の知る彼ととてもよく似ていた。

 「ああ、うん。天使だね」

 「……やっぱりそうなんだ。でも、私たち、退治されちゃったりしない?」

 咲月の知る彼は、今は“元天使”の堕天使で、あのお社を護る狛犬だったけど、あの彼が現役の天使なのだとしたら、吸血鬼である自分たちは彼らにとって敵なのでは?

 「いや、街を出ない限りそれはないよ。言っただろう、ここでは例え魔王ルシファーと天使長ミカエルであっても戦う事を禁じられるんだって」


 朔海は、咲月の手を引いて、迷わず欧州風の建物が並ぶ通りを選んで歩き始める。

 通りに漂う、美味しそうな香り――。

 甘い洋菓子の香りや、香ばしいコーヒーの香り。肉の焼ける美味しそうな香りと、鉄板の油の跳ねる音。

 立ち並ぶのは、食べ物のお店ばかり――だと思いきや、街をぐるりと幾重にも囲う一本目通りを隔てると、今度は香りのよいハーブや、野菜や果物、精肉や鮮魚を扱う食材の店ばかりが並ぶ。

 それは、何もこの通りばかりでなく、隣のラテン系、さらにその隣のアジア系の通りでも同じように、通りの広場側にあるのはタコスや中華まんの店で、通りを挟んだ向かいには香辛料の店と、茶葉を扱う店が軒を連ねている。


 どうやら、区画ごとに扱っている物がきっちり分けられているらしい。

 食材屋の並ぶ区画から、さらに一本通りを隔てると今度は雑貨屋、その次は衣料品や布製品を扱う店、貴金属や宝飾品を扱う店――と延々と続く。


 「凄い……。まさかこんなに……デパートもショッピングモールもかなわないくらい色んな店があるなんて……」

 「うん。ここは天界、魔界、人間界からありとあらゆる物が集まる商業の街だからね。ここで揃わないものなんて、まず無いと言ってもいい」

 だから、買い物はまず間違いなくここへ来るのだと朔海は言った。

 「葉月も、人間界じゃ手に入りにくい薬の材料なんかを仕入れによくここへは来ていたんだよ」

 

 「……じゃあ、もしかして」

 朔海は、微かに、けれど確かに頷いた。


 「そう。あの日、僕はこの街で、君を見つけた」


 食堂やレストラン、軽食屋の並ぶ区画と、食材屋の並ぶ区画との合間の大通りから、朔海は、欧州系の店の並ぶ大通りと、ラテン系の店の並ぶ大通りとの間の細い裏路地を示した。

 「あの、裏路地の一角に、君が居た」


 そう告げられ、咲月は改めて街をぐるりと見回した。

 ――しかし、当然ながらそんな生まれてすぐの記憶などあるはずもなく、目に映る景色は“初めて”見るものばかり。

 でも、今その街に咲月は朔海と共にこうして立っている。


 「ありがとう」

 咲月は、改めてもう一度、心からその言葉を朔海に向けた。

 「あの日、私を見つけてくれて、それからずっと私の事を気にかけてくれていて――」

 今、こうして楽しく充実した毎日を送ることが出来るのも、全ては彼が居てくれたからこそなのだ。

 昼の明るい中でもこんな喧騒に包まれた街の中、置き去りにされた新生児になどまず誰も気づかないだろうし、気づいたところで、そんな弱々しい存在などあっという間に喰われていたに違いないと、状況を目の当たりにした咲月は思う。

 「――少し、不思議な気持ちになる。こうして、咲月とこの街に立つ日が来るなんて、あの日は夢にも思わなかったから」

 「そんな事言ったら私だって、まさか自分が異世界に来るなんて夢にも思ってなかったよ」

 ついこの間まで、そんな自分の過去など知りもしなかった。ただ、親に捨てられただけの、それ以外はごく普通の人間だと思っていた。

 だけど今、咲月は吸血鬼としてこの街に立っている。


 「――行こう、朔海。色々珍しいものがいっぱいあって、見ているだけでも楽しいもの」

 咲月は、朔海の手を引いて、次の区画へと足を踏み出した。

 「……ああ。あんまりのんびりしすぎると、ファティマーが痺れを切らしそうだ」


 そこから、いくつか通りと区画を過ぎ、ある一本の通りで朔海が足を止めた。

 「街をぐるりと一周する道は、街の内側から外側まで何本もあるけど、特にこの通りにはこう名前が付いてる。『魔女通り』ってね」

 

 そして、朔海はそのうちの一軒の扉を押し開けた。


 カラン、と、今開けた扉の戸板の向こう側でドアベルの楽しげな音がそう広くもない店内に響いた。

 「――いらっしゃい」

 ベルの音と重なるように声がする。高らかに響くベルの音とは対照的に、少し低めの落ち着いた声。


 「待ちわびたよ、我が一族の娘」


 艶やかな長い黒髪に、真っ黒な瞳。黒っぽい赤色の口紅。首に巻かれたチョーカーから黒いシックなデザインのワンピースに、黒い革靴。

 年季の入ったカウンターに肘を置いて頬杖をつきながら、ファティマーがクスリと笑った。

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