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Need of Your Heart's Blood 2  作者: 彩世 幻夜
第三章 ceremony of change
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ままならぬもの

 身体が酷く熱かった。

 朔海は乱れた布団を綺麗に直し、新しい湯を注いだ湯たんぽを追加で中へ押し込んでから、逃げるように部屋を出た。


 階段を下りて地下の風呂場の扉を少々乱暴に押し開ける。

 ぽいぽいと汗で湿った服を雑に脱ぎ捨てると、畳みもせずにかごへ投げ込み、急いで浴室へ駆け込むと、シャワーノズルを頭の上へ掲げ、蛇口をいっぱいにひねれば、シャワーから勢いよく水が吹き出し、全身から水滴を滴らせた。


 ――給湯の温度調節のつまみは青色、冷水を指している。

 冷たい水を頭からかぶり、滝業よろしくしばらく立ち尽くす。


 そうでもしなければ、全身を駆け巡る熱と欲望に収拾がつかなくなり、うっかり咲月に手を出してしまいそうだった。

 絶対に、途中で拒まれると思っていた。

 ……あまりに無防備に信頼してくれるものだから、もしかしたら男として見られていないのでは、と少しばかりカチンと来て、ちょっかいをかけてみたのがいけなかった。

 ちょっと大胆に迫って脅かせば、たちまち慌てて拒むだろうと思っていたのに。


 咲月は戸惑いながらも朔海を受け入れてしまった。警戒や抵抗など一切ないまま、正直朔海の方がやめられなくなりそうで怖くなったくらいだ。

 本当に、あそこで止めてくれて助かったと思う。

 

 だが、うっかり火のついた身体を鎮めるには遅すぎた。

 欲のままに血を吸い過ぎないよう、どれだけ苦労したことか。

 熱くなりすぎた身体を冷まさないことには、あの部屋には戻れない。

 

 まだ、正式に認められていないどころか、結婚指輪も、婚約指輪さえ贈っていない今の段階で、あれ以上の行為に及ぶ事は絶対にあってはならない。

 朔海は自分に強く言い聞かせる。

 

 ――鏡に映った顔は、明らかに赤く染まっている。

 少なくとも、咲月を葉月に引き取らせたあの日までは、彼女にこんな思いを抱いたことはなかったのに。

 ただひたすら大切に守りたかっただけだったのに。

 ……彼女の血の味を覚えたあとだって、強い血の衝動を覚えるようにはなったけれど、こんな風に強く彼女が欲しいと思った事はなかったのに。


 あの時、あそこで止められていなかったら。もしかしたらあのまま咲月を抱いていたかもしれない。

 それを、朔海は自分で否定しきれなかった。

 


 ドクン、と。――心臓が跳ねる。


 混じりあった血が、全身を巡り、やがてそこへ還ってくる。

 魔力の源、古の力の海から新たに魔力を受け取り、血は再び全身を巡る旅に出る。

 ――冷たく静かな海に若く熱を持った血がけていく。

 

 ドクン、と。――心臓が、踊った。



 ――そして。ドクン、と。心臓が、震える。


 全身めぐるそれは、どんどん量を増していた。逆に量を減らした血液細胞に変わり、縦横無尽に全身を我が物顔で巡っては、全身のあらゆる細胞をゆっくり侵食していく。

 細胞を破壊するのではない。元の形はそのままに、自らの存在を半ば無理やり割り込ませ、居座る。

 

 ゆっくり、ゆっくりと。少しずつ、少しずつ。細胞が一つ、また一つ、侵されていく。

 オセロのコマが、白から黒へとひっくり返されるように、いつの間にか塗り替えられていく。

 白かった盤面が、徐々に徐々に黒へと染まっていく。

 


 ――そして。ドクン、と。心臓が萎縮した。



 血圧がどんどん下がる。――と、同時に体温もどんどん下がっていく。

 血の巡りが悪くなり、脳や内蔵の働きが徐々に悪化し始める。

 頭痛、吐き気、悪寒に加え、酸素不足からくる目眩、水分不足からくる眼球や喉の痛み、口腔内が張り付いて痛い。


 「……咲月」

 ふと、揺り起こされる。

 「お粥、作ったから」


 ――7時。時計を見ると、いつの間にかほぼ半日が過ぎていた。

 

 出汁の良く利いた卵がゆ。とても美味しいのだが、流石に体が辛い。意識も半ば朦朧としている。

 手が冷えて痺れ、レンゲをしっかり持って粥を口に運ぶだけの行為に疲労を感じる。

 

 これが、致死量近くまで血を失うという事。……いや、まだこれでも2日目なのだ。明日は一体どうなってしまうのか。

 ……ありえないと分かっているが、もしもこのまま致死量を越えれば――咲月は咲月でなくなってしまう。

 今、咲月の体内には失われた血液の代わりに朔海の魔力が巡っている。それが、咲月を咲月ではなくしてしまう。

 

 それは、怖い事のはずなのに。今、死の一歩手前まで来ているというのに。いよいよその時が近づいているのだという不安と期待が、その恐怖を押しのけ、前に出てきて騒ぎ出す。


 吸われた血が致死量を越えていない今はまだ、咲月は人間だ。致死量を越えなければ咲月が狂った吸血鬼になることはない。

 そして、朔海の血を口にしない限り、吸血鬼にはならない。

 しかし逆を言えば――正式に吸血鬼となれるのは4日後でも、朔海の血を口にした時点で、咲月の身体は人間から吸血鬼への変化を始める。もう、人間とは言えなくなる。


 ――明日が、咲月が人間として過ごす最後の日になる。


 後悔も、躊躇いもない。けれど、さすがに複雑な気分にはなる。

 明日が待ち遠しいような、怖いような……


 しかし、どんな時も、主観的な感じ方の違いはあれ、時間は本来平等に過ぎていく。やがて、時計の針が「Ⅻ」を長短揃って指し示す。


 咲月がこの世界に来てから2日目の一日が終わりを告げ――3日目の訪れを告げるのを、朔海は静かに眺めていた。

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