ある嵐の夜に
※この作品は、吸血鬼モノです。
※吸血シーンや宗教的表現、また、バトルシーンにおける多少の残虐表現が含まれます。
※恋愛を描いています。18禁表現はありませんが、軽めの性的描写があります。
※苦手な方はご遠慮下さい。
◆評価・感想など頂けましたら、嬉しいです。
ガタガタと、閉じた雨戸を激しく叩く風の音が、絶え間なく耳障りな音を立てる。
その合間にびゅうびゅうと吹きすさぶ風が古びた雨戸を今にも破ってしまわないかと不安になるような音をひっきりなしに奏で、無数の雨粒を突き立てる。
――こうなると、さんざん迷った末に結局買わなかった事を少しばかり後悔したくなる。
そういえば、今は台風の季節真っ只中だったと、今更思い至った頭を抱えながら、咲月はちゃぶ台の上に置いた携帯電話を手に取った。
……天気予報など、携帯電話に入る情報だけで充分だと思っていたけれど。こういう時にはリアルタイムな情報が欲しくなる。
一人暮らしを始める条件の一つとして挙げられ、持つようになった咲月の携帯電話は当然のように、二つ折りにできるそれ。いわゆる“ガラケー”と言われる種類のもの。待ち受け画面を開くと、画面上の帯に一行ニュースが流れる仕様になっていて、これを選んでボタンを押すと更に詳しいニュースと天気予報が見られる……、の、だが。
所詮無料で得られる情報などたかが知れている。
この地域の今日の天気と、明日の天気が表示されるが、時間ごとの天気や週間予報、ましてや台風情報は月額料金を支払わねば見られない仕様になっているのだ。
普段なら、それでも充分なのだが……。
「ううん、やっぱりテレビくらい買っておくべきだったかなあ……」
開けたり閉じたり、携帯電話を手の中で弄びながら、咲月は一人ぽつりと呟いた。
「けど、今から買うのも勿体ないし――」
――あの日から、そろそろ一週間が経つ。
あの不愉快な集まりの最中から連れ出し、ここまで送り届けてくれた、あの日から――。
いつ戻ってくるかも、本当に無事戻って来るのかどうかさえ定かではなかったこれまでと違い、今回彼は明確に期限を言い置いてからあちらの世界へ戻って行った。
――月が欠けて、再び満ちるまで。
約ひと月。後ひと月待てば、彼が迎えに来てくれる。
次元の狭間という、今咲月やその他大勢の人間が当たり前に暮らすこの世界ではない、いわゆる異世界に在る彼の自宅へと、咲月を招き、迎え入れるために。
そして、今は当たり前に人間として生きている咲月を、彼と同じ吸血鬼という異種族へ迎え入れるために。
その手段が如何様なものなのか、結局聞きそびれたまま、未だ肝心な部分の詳細を、咲月は知らない。
朔海の安否を案じつつ、いつ戻るのかとやきもきしていた頃に比べれば、今の咲月の心は随分と軽い。
ひと月待てば、彼は必ずここへ来てくれる。その確信が、咲月の心に心地良い漣を立てる。
――けれど。
その一方で、心に伸し掛る不安が不快な漣を起こしもするのだ。
……覚悟を決めたはずなのに。
未だ、方法を知らぬままだからなのだろうか。ほんの少しの不安と恐れが、咲月の心を逆撫でしていく。
彼との約束を反故にしようとは思わない。
例えば、今。もしも咲月が逃げ出したとして――。……それでも彼は怒ったりはしないだろう。
少し、寂しそうな顔をして、苦笑を浮かべる様が容易に想像できる。
“――それは、そうだよね……”
そう言って、手を離してくれる。
でもそんな事をすれば、その先に待つのは――彼の、死。
分かっている。それだけは絶対に受け入れられない。だったら、どんな苦痛や困難が待ち受けているのだとしても、咲月は吸血鬼になる道を選ぶ。
コップに汲んだ一杯の水と一緒に、もやもやする気持ちを飲み込み、咲月は薄っぺらい布団に転がった。
葉月が用意してくれていたあの上等な羽毛布団とは比べ物にならない、薄くて固い綿布団だけではさすがに少し寒い気がする。
できれば、もう一枚かけるものが欲しいが……。
――あと、ひと月。いやもう一週間経ったから、あと三週間――二十日余りでこの部屋を引き払わなければならないのだ。
当然、部屋の物もあちらへ持っていく物以外は処分してしまわなければならないわけで……。
今から新しい物を購入しようとすると、長年培われてきた節約意識が拒否反応を示すのだ。
なにせ、今咲月の手にあるお金は全て葉月が用意してくれたもので、咲月自身が稼いだものではない。
新しく始めたアルバイトの給与が振込まれるのは今月末。――あちらへ行く直前だ。
それも、支払われる金額などたかが知れている。
それでも、貰えるだけありがたいと思うべき事情がある。
始めてすぐに、例の集まりに出る為に続けて休みを貰った上、たったのひと月で辞める旨を伝える事になってしまったのだ。
さすがに少し後ろめたい気分にもなるというものだ。
一応、最後に菓子折りくらいは差し入れるべきだろう。――気は、進まないけれど。
部屋の片付けは――元々物も少ないし、幸い引越し作業はお手の物だ。
……とは言え。さすがに、異世界への引越しはこれが初めてだ。
さて、何を持って行くべきだろう?
咲月は天井を眺めながら唸る。
「ううん、うっかり聞きそびれた事ありすぎ……」
富士五湖のひとつ、山中湖からこの甲府までの空の旅は、おおよそ一時間強。
月と星に近づき、街の灯りを眼下に見下ろしながらの旅は、行きの灰色だらけの高速バスの旅とは比べ物にならないほど素晴らしいものだった。
――しかも、いわゆるお姫様抱っこと呼ばれる体勢のまま、彼の腕に抱えられての旅だ。心も頭も思いっきり湧いていたのに違いない。
あんな経験、彼とでなければ絶対にできない。
その興奮のままずっと、色々喋り倒したはずだったのに、よりによって大事な事ばかりうっかり聞きそびれるなんて、普段の咲月だったらしない……はず……だ。
「……まあ、いっか。取り敢えずいつも通りで」
どうせ、あちらへ行けば一から十まで何もかも、彼に頼らなければ何も出来ないのだから。
「どんな所……なんだろう?」




