第9話
矛盾やおかしいところは、やさしくご指摘ください。
「支部長、いらっしゃいますか!?」
大声で入ってきたゼルビーノに、トゥチェスのハンターギルドの支部長を長年務めてきたラムジーは、何事かと白くなった眉を顰める。
「何事かね、ゼルビーノ君」
たしなめるような声に、ゼルビーノは一大事です!と事態のあらましを告げる。
「なんと! この街の現役最強ハンターのヘテレたちが、何もできずに再起不能か。そしてそれを行ったのが、ハンター未登録の旅人だと?」
「はい」
血相を変えたラムジーの問いかけに、蒼い顔のゼルビーノは肯定する。
「それでそれを行った者たちの行方は?」
「現在、このギルドでハンター登録を行っており、期間は不明ですがこの街で依頼をこなすそうです」
「そうか。それでゼルビーノ君は彼らをどう見た」
「はい。カナメとカゲツという異国風の名前の男女です。二人そろって珍しい黒髪黒目に整った容姿というのが驚きですが、彼らの実力にはもっと驚かされました。彼らの話を信じるならば、腕試しの旅と称し、田舎から出てきたばかりということですが、ヘテレたちでは全く相手になりません。また、私がギルドに案内する間に、何度かスキルで『視た』ところ、もし私が攻撃を仕掛けても、カゲツの方は私の攻撃を難なく防御しており、また別の場面ではカゲツの攻撃を喰らって倒れておりました」
「なんと……、 ゼルビーノ君でもか」
支部長は絶句した。
というのも、この街の『現役の』ハンターの中では、ヘテレたちのパーティが最強だった。しかし、彼らは『この街』最強ではない。この街で最強なのはゼルビーノである。彼はかつてこの街の最強ハンターであり、現在はハンターを引退しギルド職員となっているが、今でもヘテレたちをものともしない力量を持っている。まあそれも本日要たちが訪れるまでの話だったが。
ゼルビーノのスキルは、一呼吸先の未来が視えるというものだ。一瞬といってよいほど少し先の未来だが、戦闘では絶大なアドバンテージだ。このスキルを使いこなすため、ゼルビーノは身体能力や反射神経を磨き上げた。せっかく未来が視えたのに体が付いていかないなど、スキルが宝の持ち腐れになるからだ。おかげでこの街で最強のハンターとなり、引退するまで王都のギルドでも『先視の』ゼルビーノは一目置かれる存在であった。
その彼が、自分の攻撃を防御され、相手の攻撃を喰らって倒されたとは、支部長にとってにわかには信じられないことだった。
「そして、カナメの方は信じがたいことですが、同じようにスキルで何度か『視た』ところ、すべて同じ未来でした」
「それは?」
「すべて私が斃され地面に横たわっている未来です」
「どういうことだ?」
「あ……ありのままさっき『視た』ことを話すぜ!「おれは攻撃を仕掛けたと思ったら、いつのまにか敗北していた」 な……何を言っているのかわからねーと思うが、おれも何をされたのかわからなかった……。 スキルで視た未来は、すべて敗北の『結果』しか視えず、過程は一切不明で、どのようなスキルや魔法が使われたのかわからねえ。頭がどうにかなりそうだった……とても恐ろしいものの片鱗を味わったぜ……。 ジョースターさん」
「誰がジョースターさんだ。 そうか……。 他には?」
「いくつか気になる点があります。まず目につくのは、あまりにも肌の色が白いことです。彼らは旅人で、以前は田舎の小さな村の住民だったとのことですが、日焼けなど知らぬ気な様子は、まるで屋敷を出たことの無い貴族の姫君のようでした。次に、警備の詰所などで何度も見たのですが、彼らの手はとてもきれいでした。彼らはあれほどの強さですから、修練で何千、何万と武器を振った筈です。しかし、手に傷やタコ、マメなど無く、まるで今まで剣など一度も持ったことが無いかのようでした。それと、」
「まだあるのか」
ラムジーが呆れた声で問いかける。
ゼルビーノが苦笑しながら答える。
「次が最後です。彼らの着ている服と武器です」
「装備品がどうした」
「まず服ですが、私は服飾にはとんと疎い人間ですが、それでも彼らの着ている服が上等なものだと分かりました。護衛の依頼などで貴族や豪商とも会う機会がありますから間違いありません。彼らの着ている服は、貴族や豪商の服のように上等な仕立てでした。とても村人の持ち物とは思えない品物ですし、とても旅をしてきたとは思えない、まるでおろしたての新品でした」
「うーん」
腕を組んで唸っているラムジーに構わず、ゼルビーノは続ける。
「最後に武器です。カナメの持つ、細身の不思議な反りを持った『刀』という名の剣や、カゲツのショートソードを鞘から抜くことは、残念ながら出来ませんでしたが、拵えは非常に実用的でありながら優美な物でした。また、カナメの持った『棍』という棒や、カゲツの短弓も見たことの無い材質で造られておりました。こちらは手に持ってみましたが、堅くそれでいてしなりや粘りが充分にあり、木材に比べ高級品であることは間違いありません。これらは、金を出したからと言って、手にはいるかどうか……」
「それほどの物か。これは非常に難解な問題だぞ。ゼルビーノ君」
「わかっております。この者たちがどのような人物か、慎重に見極める必要があります」
「うむ。他国の間者の可能性も考慮しながら、もし本当に修行の旅かそれに類する、国にとって無害な目的なら、この街に取り込むことができれば、どれほどの戦力になるかわからん」
「はい。益か害かわからないうちは、機嫌を損ねる真似はできません。幸いなことに彼らと少し話した限りでは、非常に穏やかで礼儀正しい若者たちです。ヘテレたちのように力を誇示したり、相手を侮ったりといったことがなく、礼儀には礼儀で返そうという心積もりがみられます」
「そうか。それが本当なら将来有望な若者たちだな。ゼルビーノ君」
「はい。しばらくそれとなく張り付いて様子を見ましょう。間者の可能性も含め、彼の話が嘘か真か、この街に来た目的やその正体を詳しく調べる必要があります」
「うむ。頼んだぞ」
ラムジーの指示に、ゼルビーノが頷いた。
支部長室でこのような会話が行われているとは露知らず、要と花月は翌日のために依頼の掲示板を丁寧に見て回わって密かに星華に記録し送る。
その後、資料室で閲覧が可能な資料を全て、要が読むフリをしてパラパラとめくり星華のデータベースにせっせと送る作業と、花月がそれを係員にわからないように死角でせっせと分析し分類する作業を行った。
魔物の資料は魔物の特徴や弱点、討伐証明部位から魔石や売れる部分や基準の相場までを記してある。
ちなみに魔石は魔物かた取れる石で、魔力の塊だ。強力な魔物ほど大きく純度も高い。取引価格も当然高い。この魔石の用途はいろいろで、大きく純度の高い物は武器防具を強化するのに使用される。小さく純度の低いものは魔道具と呼ばれる様々な道具を動かす動力源、地球でいう電池の替わりにする。
採取依頼の資料も、種類の探し方・見極め方・用途・使用法・相場などなど。その他は、それぞれの国の特徴やギルドのハンターの情報、人間の国に住む亜人の情報などを、手分けして片っ端から収めていったが、多岐にわたる資料を全て収めるのはさすがに時間がかかった。
要には気疲れする作業だったが、花月は大変満足した様子だ。
そんな作業を終え日が完全に暮れる前に宿を取ろうと、ギルドを出たところから何者かに監視されていることに要と花月は気が付いていた。なんとなく目的や誰の差し金か推測がついたが、確かめることもなくあえて放っておくことにした。取り敢えず殺気がなかったからだ。
街を見て回りながら、要が独り言のように言う。
「子供や老人が多いな」
「確かに、ファルカオ王国の政情は安定していた筈です。何かあったのでしょうか?」
横を歩く花月が、周りを見て同意する。
「ちょっと聞いてみよう」
要は何かの肉の串焼きを売っている屋台を見つけると、近寄っていく。
「おじさん、串焼きを2本下さい」
「あいよ。2本で大銅貨1枚ね。お客さん見ない顔だね」
串焼きを受け取りながら、要は代金をおじさんの手に乗せる。
「今日着いたばかりなんだ。おじさん、子供や老人がなんで道端に座っているです?」
「ああ。こいつらは難民なんだよ」
「難民? ファルカオ王国の政情は安定していたと思ったけど、違うの?」
おじさんは手を振りながら、否定する。
「違う違う、ファルカオ王国の民じゃなく、隣のスウォンジ王国がストーク王国と小競り合いをして、村を焼け出された連中さ」
「ああ。そうなんだ」
要たちとおじさんの視線が同じ方向を向く。そこでは何人もの子供や乳飲み子を抱えた老婆が、通行人に物乞いをして追い払われている。
「あの連中だって、好きで物乞いしているわけじゃないんだぜ。スウォンジ王国もストーク王国もバカな王様や貴族様が、相手を負かすことばかり考えて、もう何年も国境線で争ってる。民にはいい迷惑なんだが、全く飽きもせずよくやるよ」
「ファルカオ王国にとっても難民は頭の痛い問題では?」
「ああ、身一つで焼け出された連中が、家族連れて密かに国境を越えてやって来てる。一日中ああして道端の物乞いになるのは子供や老人だ。子供の親は一日中仕事を探しているが、そう簡単に見つかるもんじゃねえし、母親は食うために夜、街角に立っているんだよ。中には食うために盗みを働いたり、近くの村に入り込んで地元のヤツらとモメているヤツもいるらしい」
「取り締まるのは限界がありますね」
「ああ、難民は被害者だからな」
「しかしおじさん詳しいですね」
「俺だけじゃねえ。こんなことは酒場に飲みに行けば、みんな噂してらあ」
「このままでは治安の悪化を招きます。この交易の街だって商人の足が遠のいたら死活問題でしょう。王都は仲裁などはしていないのですか?」
花月が言葉を挟む。
「しているが、聞く耳もちゃあしねえんだよ。両方が、仲裁に行ったファルカオ王国は相手の肩を持つのかと、食って掛かられるそうだぜ」
「なるほど」
「みんな段々殺気立って来てるし、どうにかならないもんかね。きっと難民はまだまだ増えるぜ」
串焼きの屋台のおじさんのご託宣は、要にも当たりそうな気がした。
おじさんの屋台を後にした要たちは、夕食がてらいくつかの屋台を巡り、同じような話を仕入れて、ギルドに薦められた宿をとり翌日からの依頼の打ち合わせに入った。
現在、薬草関係の採取の依頼が増えているらしい。これは屋台に来る客のギルド関係者の漏らした言葉だ。掲示板の依頼書を丁寧に見て、記録した依頼書の日付けなどから裏付けは取れた。今は初夏だがこの冬に向けて薬の高騰が始まっているらしく、薬草関係の採取の依頼がこれからも増えそうだ。どうせならみんなの役に立つことをしたいと考えた要は、そこに自分の趣味も混ぜることにした。
翌日、要たちは朝一番でレミーの座っている窓口に歩み寄る。
「おはようございます。昨日は余計なことに時間を取られたので、今日こそは初依頼を、と張り切ってきました」
「おはようございます。ヘテレたちの件ですね。カゲツさんが一蹴したって報告を聞きました。女性なのに、Bランクのハンター相手に凄いですね」
レミーは花月を尊敬のまなざしで見つめる。花月はなんだか居心地が悪そうな様子だ。
要は本題に入る。
「最初はこの依頼を受けたいと思っています」
要は入ってきたときに掲示板に寄り、依頼書を一枚はがして持ってきていた。それをレミーに差し出す。
「オヤコグザ10株の採取ですね。確かに依頼書のランクは問題ありませんが、この草の生えているところはこの時間に出て街道を急いで、ギリギリ日暮れまでに帰って来れるかという距離です。初依頼なのでしたら、もう少し街に近いところの依頼を選ばれてはいかがですか?」
「確かに少し距離がありますが、これでも移動には慣れているので大丈夫です」
「わかりました。この依頼を受理します。しかしくれぐれも無理をなさらずに」
「ありがとうございます」
依頼書を受理された要たちは早速出掛ける。
今日はスムーズに城門を抜け、人目のないところまで歩いてくると、要は花月に声を掛ける。
「じゃあ、急ごうか。今日中に全部で4か所回るつもりだから」
「はい」
昨日要と打ち合わせ済みの花月が頷く。
それと同時に二人の姿が掻き消える。
次回こそ初依頼です。戦闘もあります。……きっと。
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