第3話
なんだかちょうど良いところで区切るのが難しいです。
「この反応は」
「黒狼から見て2時と8時の2方向それぞれ500メートル先に複数の反応あり。熱源やセンサーその他の反応から見て現地人の集団でしょう」
「覚えてはいないが、周りを見渡せばクレーターができているからには、それなりの大きな音や衝撃なんかがあったのかも。それで見に来たのかな?もう3日以上経っているけど。ずいぶんおっとり刀な集団だ。とりあえず、隠れて様子を見てみよう」
「でも対応が鈍くて助かりましたね。下手すれば意識のない間に接触なんてゾッとしません」
「いや、もし意識のない間に敵意を向けられれば、人だろうと獣だろうと防衛本能が働いて大暴れになっていたはず」
「ああ。そうでした」
「ところで、俺の趣味のラノベ読書に「異世界トリップもの」というジャンルがあってだな」
黒狼が言い難そうに話し出すと、
「知っています。独りの時に読んではニヤニヤしていたものでしょう」
「知っていたのか!?」
「当然です。星華の内部で私の知らないことはありません。ちなみに黒狼が愛読しているHな書物の隠し場所は「やめてくれ!」」
黒狼と花月の力関係が決まり、なおも話込みそうになったが、段々と近づいてくる気配に、無駄話を止め近くの大木の上に10メートルほど軽くジャンプし、身をひそめる。ついでに、花月とのやり取りもウィンドウを消し音声のみにする。
「光学迷彩発動」
小声でキーワードを唱えると、徐々にカメレオンのように周囲の風景に溶け込んでいき、やがて黒狼の姿は全く見えなくなる。
「……でさっきのやり取りのことだが」
黒狼が声に出さずに話し始める。
「花月、「異世界トリップもの」というジャンルではテンプレなんだが、この世界に魔法なんてないよな?」
「……あります。ラノベとやらも侮れませんね」
「……あんのかよ!?」
花月が呆れたように答えれば、黒狼のツッコミも弱弱しい。
「何が言いたいかというと、この世界の人々や組織はどれほどの強さなのかな?俺より強い可能性も検討しないといけないし、この|光学迷彩(隠形の術)だって探知魔法があれば見つかるかも」
「ああ。それなら……っと、詳しくは後ほど」
ガサガサと音を立てながら革鎧に槍や弓を装備した兵士の集団が草木をかき分け現れた。大きなクレーターを発見し、ハチの巣を突いたような騒ぎになっている。
「何を騒いでいる!」
最後に現れた二人のうち、他の兵士より少しだけ良い装備の大柄で筋肉ムキムキ男が隊長だろう。もう一方は、痩せたひょろ長い体型に、杖にローブ姿で魔法職と一目瞭然だ。
「隊長、見てください! 地面が大きくえぐれています。帝国の奴等の新魔法でしょうか」
取り乱した兵士の一人が大声で報告する。
「神聖王国軍の兵士がみっともなく騒ぐな! 情報を収集し急いで本国に報告だ!それから帝国の奴等がまだいるかもしれん。辺りを警戒しろ!数が少ないとはいえ魔物よけの香を焚くのも忘れるな!」
隊長自身もかなり驚いた様子だったが、すぐに大声をあげた兵士を叱り、冷静な対応で周囲に警戒を促す。だが、誰もすぐ近くの大木の上に、クレーターを作った犯人が潜んでいることには気付いた様子がない。
この慌てぶりなら魔法使いがいても気付かれないかも、と黒狼は小さく安堵した。
それと同時に黒狼は、やっぱり魔物もいるのか、さすが異世界と妙な感心をする一方、気を失っていた三日間に魔物に襲われなくてよかった、とも思ったが、これには訳があった。
黒狼がこの世界に来た時に起こった大爆発は、この森にいたもともと少数のそれほど強くない魔物たちを直撃した。甚大な被害を被った魔物たちは、皆這う這うの体で逃げだしてしまったのだ。
そんなこととは露知らず、聞き耳を立てている黒狼の真下では、驚きから立ち直った隊長が隣の魔法職然とした男に話しかける。
「数日前に大爆発を観測した宮廷魔導士たちが騒ぐわけだ。これが帝国の新魔法なら確かに脅威だな。魔導士殿、どう思う。帝国の新魔法だと思うか」
「今はまだなんとも申せません。しかし、帝国の新魔法だと仮定しても、腑に落ちないことがございます」
「この場所か?」
「はい。いくらこの森が、王国と帝国の間の緩衝地帯でどちらの国にも属していないとは言え、国境線にほど近いこんな場所で新たに開発した魔法の試験をするでしょうか。それに」
魔導士は、顎に手を当て熟考するように、言葉を切る。
「それに?」
「あの時、宮廷にいた魔導士は私を含め皆が、魔法としての魔力や精霊の力は感じられず、それよりは魔法の制御に失敗したときの現象に近い感じを受けました」
「魔力の暴走か」
「はい」
黒狼は、俺がこの世界に来た時の状況がなんとなくわかってきたな、と思いはしたが、クレーターを挟んで反対側からも人間の集団が近づいてきていることも忘れてはいない。そして、その集団がやはり草木をかき分け姿を現した。
「「!!」」
「貴様らは!」「王国の兵士か!」「帝国軍!」
両方の集団が、不意の遭遇に様々な声をあげ武器を構えるが、お互いの間には巨大なクレーターがある。近づくには大きく迂回するか、一度クレーターを降りて登らなければならない。弓兵や魔法の恰好の的になるような真似はできない。それ以前に、王国と帝国の間には休戦協定がある。お互いにこの協定が永遠に続くとは少しも考えていないが、一方的に破ることはできない。
そんな中、周囲の帝国軍兵士より少しだけ上等な装備にマントをつけた背の低い小太りな男が、帝国軍の兵士をかき分けながら声をかけてきた。
「やはり先の大爆発は、貴様ら王国軍の仕業か!? 休戦の協定がありながらこのような国境線に近い場所で新魔法の試験を行うとは如何なる料簡だ!」
それを聞いて、王国軍の隊長が反論する。
「何を言う!魔法の実験をしていたのは貴様ら帝国軍であろう。挙句に失敗し魔法を暴走させるとは実に貴様ららしいがな!」
挑発的な台詞にその場が険悪になってくる。弓兵は弓を構え、槍兵たちは命令があればいつでも走り出せるように待機する。
感想を寄せていただきまして、ありがとうございます。
✕おっとり刀で
〇対応が鈍くて
誤用していたのを修正しました。