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光を謳歌する魚たち

 滞りなく音を立てて仕事を進めていく輪転機の前で漣は一人腕組みをして出来上がるのを待っていた。

 また一人で仕事をしてしまっている。だめだ、とわかっていても、楽しそうなのを中断したくない。同じ生徒会役員で友人でもある早苗や英次たちの溢れ出すばかりの極彩色な幸せに少しでも長く浸かっていたくて、いつも手伝えという言葉を飲み込んでしまい、彼らが帰った後に仕事をするようになってしまった。

 他人の幸せも自分のものと同じぐらい依存性が高いに違いない。心地好いのだ、これ以上無いほど。これからも同じことを何度も繰り返す自分が容易に想像できて笑えてしまう。

「また一人で仕事してるんだね」

前触れの無い声に漣は振り返った。長い黒髪を結い上げた女子生徒が非難とも心配とも取れる複雑な表情をして立っていた。

「冴木さん」

「手伝うよ」

漣の静止も気に留めず、出来上がったばかりのプリントを抱えあげた。慣れた様子で抱えなおすとくるりと漣に背を向けた。それにつられて髪も大きく揺れる。こうなると何を言っても通じないのは分かっている。漣は小さくため息を一つ零すと、すでに出来上がっていた別のプリントの束を抱えあげた。

 冴木 聖は微妙な立場にある。

 聖の兄が前々生徒会長であったことから妹特権を利用して生徒会室を根城としてしまった。その兄がこの春に卒業した今も、それが当然かのように生徒会室に入り浸っている。生徒会役員ではないのにもかかわらず。

 同じクラスであることやこうして手伝ってもらっていることからあまり強いことも言えず、また「束縛は嫌い」と公言して憚らないことから役員にするのも難しい。そうして漣達が手を拱いている間も、彼女は同じスタンスを貫いている。

「何だか日向君だけが荷物を背負ってるみたいだね」

プリントを先生の机の上に一枚ずつ配りながら聖がぼやく。その後ろを同じように歩きながら漣は聞こえていない振りをした。それには気付いているらしく、肩越しに思いのほか強い視線が向けられ、漣はたじろいだ。

「何で他の子に言わないの。言えば、皆ちゃんとするよ・・・・・・たぶん」

最後に頼りない一語がついたのは聖も早苗たちがどういう人間か知っているからだろう。

「・・・・・・楽しんでいるのに、水を差したくないんだ。俺も楽しませてもらってるから」

漣の言葉に目を丸くし、聖は睨むのをやめた。

「日向君、無理しすぎだと思うよ」

ため息に溶け込むような淡い声が夕焼けに染まる空気を伝う。漣は手を止め、前を行く聖の背中を見つめた。

「何でも引き受けて、涼しい顔して余裕な振りをして・・・・・・何もそこまで頑張らなくて良いと私は思うけど」

「別に余裕なんか」

「何でもできる万能な人間なんてどこにも居ない。でも、都合よく人はそのことを忘れてしまう・・・・・・一介の生徒がする仕事じゃ無いでしょう、これ。でも、先生方はそんなこと都合よく忘れて、頼んで、日向君はそれをまた難なくこなしてしまう。いつまでたっても自由になれないよ」

立ち尽くした漣をよそに、軽くなった両手を音を立てて払いながら聖はまた淡く澄んだ声で言った。

 自由なんて、と思う。そんなもの、必要ない。使い方を知っている人が持てば良い。

 そう思っているのに何故か声にならない。渦巻く胸を抱えたまま、漣は黙々と仕事を続けて終わらせた。

「確かにさっちゃんもえー君も幸せ絶頂だからね」

邪魔したくないのはわかる、と言いながら聖は当然のように漣の隣を歩く。

「さっちゃんは3年目に突入したばかりだし、えー君は真菜ちゃんといい雰囲気だし、聡一さんと亜美ちゃんは何か大人な空気を漂わせてるし。青春ど真ん中だね」

指を折りながら聖は楽しげに言葉を紡ぐ。その声は先程とは違い、しっかりと響く落ち着いた声だ。

「よく知ってるね」

漣の言葉に聖は笑みを零した。

「見てればわかるよ。皆、わかりやすいし、隠さないし」

でも、と聖が立ち止まる。漣も立ち止まり、少し後ろの聖を振り返った。

「たぶん、日向君のはわからない」

淡く透明な声が染み入るように心に届く。

「何で」

「きっと、全力で大切にすると思うから。相手のことも、自分のことも、皆のことも」

相手にも自分の心にも触れさせないように強く、けれども他人を傷つけないために柔らかく守る。

 そうだろうか。漣には見当も付かなかった。そういうことの当事者になるつもりも無いのに、そんな風に大切に出来るのか、問いかけても答えは無い。

「・・・・・・よく、わからないな」

そう、と言って聖は再び歩き出した。

「冴木さんはどうするの」

「え」

聖は不意を突かれたとでもいうような驚きを滲ませた表情で振り返った。

「そういう相手が出来たとき」

「・・・・・・守れたら、いいなって思う」

外には晒さず、大切に心の中だけで守る。微笑を湛えた聖は黄昏の輝く空気の中で仄かに光を纏っているようだった。

「そう」

「でも、そういう想いって隠しても隠しきれない気がする」

そう言って一度華麗に笑むと聖は漣に背を向けた。

 その姿を眩しく思う。羨ましく思う。隠し切れない想いは光になって聖や早苗、英次、多くの優しい人々から溢れ出して止まらない。

 一瞬伸ばしかけた手を止めて、漣は聖の後を追った。



お読みいただきありがとうございました。もうしばらくお付き合いください。

*登場人物(まだ増えます)

 日向漣ひゅうが・れん:御代高校2年生。生徒会・書記

 鷹匠早苗たかじょう・さなえ:御代高校2年生。生徒会・会計

 常盤英次ときわ・えいじ:御代高校2年生。生徒会・総務

 水田真菜みずた・まな:御代高校1年生。生徒会・書記

 常盤聡一ときわ・そういち:御代高校3年生。前生徒会長

 宮原亜美みやはら・あみ:御代高校2年生。生徒会・会計

 冴木聖さえき・せい:御代高校2年生。

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