雑な扱いが信頼の証だと言ったのはあなたでしょう?
ロミルダは、婚約者ラウレンツの下へと向かっていた。
ラウレンツの実家であるミレッカー伯爵家への道のりは何度も通った慣れ親しんだ道だ。
屋敷に着いて、案内されるのはラウレンツの部屋。
彼の部屋には、幼馴染みのユリーナの肖像画が一番目立つ位置に飾られている。
「ああ、来たのか」
彼はなにやらたくさんの書類の山になって居る机から顔を上げて、ロミルダのことを見やった。
「ええ、ごきげんよう。ラウレンツ」
「あ、そうだ」
そうして彼ははたと思い立って、侍女に目配せした。
「君、それ。やっといてくれないか? 私は今酷く忙しいんだ」
「……えっと……」
そうして侍女が持ってくるのはティーポットの形をした魔法具だ。
魔石の光を見ればどうやら魔力が切れそうなほど弱まっている。
「わかった」
婚約者とのお茶会、そういう名目でこうして足を運んでいるというのに、対応はいつもこんな調子だ。
約束を取り付けてもラウレンツは稽古の合間だったり、なにか手紙を書いていたり、今日も何か忙しくしているらしい。
しかしそれもいつものことだ。慣れはしないけれども驚きはもうない。
ソファーに座って魔石にそっと手を添えて魔力を込める。
一応、魔力を持った使用人も普通の伯爵家ならいくらかいるはずだし、いくら婚約者でも、領地を支える資源である魔力の補充を気軽に頼むのはあまり喜ばれたことではない。
(でも、これが普通……なのよね?)
ロミルダは心の中で疑問に思いながらも、言いつけられた役目を終えて、侍女に魔力がいっぱいになったティーポットを返す。
すると「ロミルダ、終わったか?」そう問い掛けられて、彼の机のほうへとロミルダは向かった。
「ええ、終わったけれど……」
「そうか。じゃあ今度は私を手伝ってくれ。正直難儀しているんだ」
そうして、数枚の書類がこちらに向けられる。
それはなにやら女性への贈答品のようだった。
「君も知っているだろ、私の幼馴染みのユリーナが今年成人を迎えるんだ」
「そう、ね。もちろんラウレンツからいつも話は聞いているもの、おめでたいことね」
「だろう? そこでだ、彼女がとびきり気に入るものを送ってやりたい。ほら、あいつはなんて言うか繊細だろ? だから、ちょっとでも変なものを贈って気を病ませたくないんだ」
「……プレゼント……ね」
「ああ、君は女として、この中でどれを贈ったらいいと思う? 俺は二枚目の――」
そうしてラウレンツはユリーナのプレゼントについてとても熱心に語った。
彼女の髪の色がこうだから、こうかも。でも好きな色は何色で好きな花は春に咲くあれだからとか。
それは、とても細やかな配慮で、ロミルダはさすがにユリーナの扱いと自分の扱いと比べずには居られなかった。
しかし、ハッと思い出す。
(そうだ、もうすぐ誕生日と言えば私も……もしかしてユリーナを言い訳に私の欲しいものを探ろうと……?)
そんな淡い希望が浮かんで、少し嬉しくなってユリーナに渡すという体でプレゼント選びを手伝った。
数十分後、きっちりとプレゼントは決まり、ラウレンツはとても満足げだった。
「ありがとう。ロミルダ。これで気兼ねなくユリーナの誕生日を迎えられる。あ、そうだ。今思い出したが、君ももうすぐ誕生日だろう?」
ふと彼は、本当に今思い出したらしくハッとしてそう、口にする。
それから侍女に目配せした。
侍女は、いそいそと奥へ下がって小さな布袋を持ってきた。
ロミルダはぽかんとして侍女とラウレンツのことを交互に見ていた。
「これが予算だから。私が買ったことにして適当に用意してくれ。今日の用事はそれだけだ」
彼は、からっとした混じりけのない笑みでそう言って、ロミルダに金貨の入った布袋を差し出す。
ロミルダは受け取らないわけには行かないので、それを手にする。
淡い希望はガラガラと崩れ去って、でもなぜだか少しやっぱりそうだったのか、と思ってしまった。
それが悲しくてロミルダはあまり考えず思ったことをぽつりと言った。
「……私の扱いって、なんだかすごく雑じゃない?」
言うと、ラウレンツは少し意外そうな顔をして、それから少しだけ眉間にしわを寄せて短いため息をした。
「あー……いや、それは別に悪いことじゃないだろ? なんて言うか、わかるだろ? これは信頼の証みたいなものだから、私にとって」
「信頼……」
「ああ、そうだ。君は実家の権力も強いし、君は健康で魔力も多くて、ほらよっぽどのことがないと揺るがない、君はなんでも平気そうだろ?」
「……」
「でも、ユリーナのような女性は違う。可憐で気を使って守ってやらなくてはいけなくて、かわいらしくて、繊細で、ガラス細工みたいな乙女なんだわかるだろ?」
そう言われても、ロミルダはうんとは、言えない。
信頼という言葉を使っていながら、ロミルダを褒めているとは到底思えない言葉選びだ。
「少しばかり雑な扱いに思えるのは、君を見込んでのことなんだ。それがより深い関係を持っている婚約者同士の愛だって、君はわかってくれよ」
「……」
「男所帯で大切にされてきたからそう言う雑に扱われる女の喜びがわからないんだろ? いいか? 恋人同士は信頼すればするほど雑になるんだ、むしろ誇ってくれないと、面倒くさい」
「……」
「だから、うっとうしいこと言わないでくれ」
ラウレンツは言うだけそう言って「じゃあ、私はユリーナのプレゼントの用意があるから」と言ってロミルダを部屋から追い出した。
たしかにロミルダの実家は男所帯である。ロミルダもその中に籍を置いている。
恋も愛もまだ知らない。
そこを引き合いに出されてしまうと、それを即座に否定するすべを持たずにとぼとぼ帰るしかないのだった。
ロミルダはどうしたらいいのかわからなかった。
なんせ、実家は男だらけの大所帯。
ロミルダと婚約者の些細なすれ違いなど、「ハハハッとにかく鍛えろ!!」と一蹴されてしまうに違いない。
加えて、そんなことを相談するのは少々恥ずかしい。
と言うこともあって、いつも通りに訓練して、指示を出し、人が足りなければ自分も参戦して忙しく過ごしたある日。
実家のブロムベルク辺境伯家、騎士団に所属するとある青年に呼び出された。
休日の訓練場、いつもの訓練はなく、騎士達はまばらに自主練をしている。
その中に、呼び出した当人のアレクシスを見つけてロミルダは軽快に走り出した。
「アレクシス!」
声をかけると彼はぱっとこちらに向いて、ニカッと笑って「お嬢!」とロミルダのことを呼んだ。
「よかった来てくれて。早く渡したかったんで」
そばに寄ると、アレクシスが自分で持つにしては小ぶりな剣を手にしていた。
試し打ちの相手にでも呼ばれたのかと一瞬考えたが、それだと渡したいという言葉の意味がわからない。
「渡すって、なにを? というか用件も言わずに呼び出すなんて珍しいわね」
一応、試合に付き合うことも出来るように動きやすい服装をしてきたが、こういうことは珍しい。
なにか特別な理由があるのかとつい考えてしまう。
しかし、アレクシスの笑みを見れば、悪い知らせではないだろう。
そこだけは安心できた。
「だって、サプライズしたくって……一日早いけど、誕生日おめでとう、お嬢!」
そう言ってアレクシスはロミルダにその剣を差し出した。
宝石の装飾がついている片手剣で、一目見て質がいいとわかる。
なにより、剣だ。
髪飾りでも宝石でも、魔法具でもなくて、剣。
「……」
「明日は、当日で忙しいと思ったんで、その前に渡したかったんですよ。お嬢、新しい剣が欲しいって言ってただろ」
「……言ったけど、ほんの少しぼやいた程度だったと思う」
「それでも喜ばせたかったら覚えてるのは当たり前。なんせせっかくの誕生日なんだから」
喜ばせたい、その一心でアレクシスはロミルダの些細な発言を覚えて、当日は忙しいだろうと気を回して心のこもったプレゼントを渡してくれた。
その丁寧な扱いに、先日のラウレンツのことも相まって、涙が出てきそうな心地だった。
それほど傷ついているつもりなど無かったのに、改めて自分がどれほど悔しく思ったのかを知ってしまう。
「…………」
それでも、今目の前にいるのはアレクシスだ。ありがとうと心から言わなくては、そう思って彼を見る。
「……あ、ありがとうっ……」
少し声がうわずって、笑うのに失敗している気がする。アレクシスはきょとんとして、それから「なんかあったのか」ととても心配そうに言った。
せっかく嬉しいプレゼントをもらったのに気を使わせてしまうのが申し訳ない。
そう思いつつも、これ以上黙っていることは難しくて「話を、聞いてほしい」とロミルダは漏らしたのだった。
近くのベンチに移動して、ロミルダはとりあえず剣を受け取った。それが嬉しいので膝の上に置いて撫でながら、ラウレンツの話をした。
以前から大切にしているかわいらしい幼馴染みがいること、いつものロミルダの扱い、この間のこと、誕生日のこと、この扱いが信頼であること。
それをロミルダは否定できないこと。
「でも、たしかに男女間で、粗雑に扱ったり、適当にするのは信頼しているからという話は聞いたような話な気もする」
「……」
「それが当たり前なら、私は嬉しく思わないといけなくて、でもなんだか納得がいかなくて。ずっとあれから考えてるの」
もし、ラウレンツが正しいと言われたらどうしよう。
そんな思いが話をしているうちに浮かんできた。
だからロミルダは曖昧に続けた。
「でも、正しいなら、正しいで受け入れないといけないよね。私、彼を婿にもらうんだし。自分の主張ばかりじゃ……ダメだって……ちゃんとそれはわかってるけど……」
最後の方は声が消えてしまいそうで、なんだか情けなくてぐっと剣を握った。
「なんだかもう、わからないかも」
「え、そうか? 俺、そいつただ屁理屈こねてるだけにしか聞こえないけど」
そして話を聞いたアレクシスは、ロミルダの鬱屈とした気持ちを吹っ飛ばすように、あっけらかんとした態度で、気軽に言った。
「……」
「なんで好きな女性を雑に扱うんだ? そもそも好きとか嫌い以前に、普通に人を雑に扱うのってダメだろ」
それはあまりに、ロミルダが慣れ親しんだ常識で、疑う余地などどこにもない。
「もっというと、雑でも成立するのって、お互いそれでいいって思う信頼感が先にあるからそうなってるだけ。なんで信頼しあう前に雑にするんだよ、失礼だろ」
「っ、」
「それを男女間はだからどうのって、何目線でそんな偉そうなことを言うんだって、思いますが」
アレクシスの言ってくれた言葉は、間違いなくロミルダの思っていたことのど真ん中をついていて、ストンと腑に落ちる。
ふっと呼吸が軽くなって、ハッと視界が晴れ渡ったような気がする。
そうだ、それが当たり前のことだ。
ロミルダも、アレクシスの言葉に賛成だし、それが正しいと思う。
不安が晴れれば視野も広がる。
どう考えても、あれはあの人が悪かった。
気が付けばとてもちっぽけな不安と悩みだったとすぐに気が付いた。
「っふ」
そうかロミルダは、そんな初歩の常識的な部分を欠いた人間に、まんまと翻弄されてしまっていたのか。
それはとても、くだらないことだろう。
「ふふっ、あはははっ……たしかに、なんだ。そうね。たしかにそうよね」
「そりゃな、お嬢が相手に寄り添って考えすぎなんだよ」
「うんっ、うん……そうね。そっか、私、二人だけのことに固執してきちんと状況が見えてなかったみたい」
膝に乗せたアレクシスからもらった剣に手を添えてそっと撫でる。
それに、今更だが常識的にどうであっても、あの扱いを悔しく思ったのは事実だ。
ロミルダは、ラウレンツの言うそれが常識だろうとそうでなかろうと、結局そう扱われることは看過ならない。
ならばいやだったことは認めて主張していいだろう。
結論は、雑な扱いが常識的かどうかと言うことではない。だだ、ロミルダの気持ちがどうであるか、それが重要でいいのだ。
それにロミルダは彼に特別尽くしている。それを受け取っておきながら自分はロミルダを雑に扱うなど不平等もいいところだろう。
「かもな。でもお嬢にはいくらでも解決する方法があるだろ。雑に扱ってくる奴なんて返り討ちにしてやればいいんです」
「ええ、そうね!」
そうしてロミルダは、少し思考を巡らせて、ラウレンツにとある意趣返しをすることに決めたのだった。
しばらくして、ブロムベルク辺境伯家にラウレンツとその両親のミレッカー伯爵が訪ねてきた。
彼らはまるで、生徒を叱る教師のような態度で、厳しい表情をしてロミルダと父であるブロムベルク辺境伯と向き合っていた。
話があるとのことだったが、話し合いというよりも端っからこちらを糾弾するつもりでいるみたいな様子だ。
そしてミレッカー伯爵が口を開く。
「話というのは、ブロムベルク辺境伯……わが領地の魔獣討伐の件についてだ。わかってはいるだろうが、一か月ほど前から、わが領地が依頼している魔獣の討伐について明らかに対応が遅くなった」
もしかしたらという可能性を感じる程度ではなく、彼らはそのことにどうやら確信がある様子だった。
「魔獣の討伐はただの業務の委託なんかではない。我々の生命にかかわる非常に重要な事項だ」
「……ふむ」
「せっかく婚約を機に王国騎士団への依頼をやめてブロムベルク辺境伯への依頼に切り替えたというのに、これでは、王国騎士団よりも多少早く、安価な程度ではないか」
「……」
「今までは、もっと素早く丁寧に対応してくれていたはずだ。それを突然手のひらを返したかのように対応を変えて、どういうつもりなんだ」
たしかに魔獣の討伐というのはとても重要な事項だ。
魔獣は基本的に、平民よりも魔力を持っている貴族を狙ってやってくる魔力を持った獣。
それが魔獣。
その討伐は、領地運営の最重要事項とも言える重要なもの。
それが遅れるというのは一大事。
そして依頼を受けているのに多量の討伐を後回しにすると言うのもまた、関係の破綻につながってもおかしくないほど非道な行為である。
ミレッカー伯爵が怒るのも理解出来る。
しかしながら、もちろんブロムベルク辺境伯家は意図的にそのようなことをしていない。
ただ、父には一つ心当たりがあるはずだ。一応、話をしてからロミルダは行動を変えた。チラリと父を見ると彼はロミルダの視線に気が付いて「お前から話すといいだろう」と口にした。
その言葉にミレッカー伯爵、伯爵夫人、ラウレンツの視線が集まる。
その中で、ロミルダはラウレンツだけを見つめて、口を開く。
「たしかに、魔獣の討伐依頼に対する対応の速度は遅くなっていると認めるわ。ラウレンツ」
「っ、なら、さっさと対応するようにしてくれ。私は気が気じゃなくて夜も眠れないんだ。まったくなんのつもりだか知らないが度が過ぎることだ」
「その通りだ、ブロムベルク辺境伯令嬢、君だってわざわざ婚家との関係を悪くするようなことをしたくないだろう」
ラウレンツとミレッカー伯爵はロミルダを叱るように言い聞かせた。
しかし、ロミルダは態度を変えることはない。むしろラウレンツを睨みつけて、顎を引いて言葉をぶつける。
「関係を悪くする? いえいえ、私としてはこれで関係がよりよくなると思ってのことです。ミレッカー伯爵」
「どういう意味だね」
「どういう意味かはご子息に問い掛けてみれば良いのでは?」
「……?」
ミレッカー伯爵はゆっくりとラウレンツの方を見やる。
ラウレンツはそうして、言われても「は?」と間の抜けた声を出すだけで、まったく心当たりがない様子だった。
「なっ、なんなんだ。意味がわからない、変なことを言っていないで、さっさと元に戻せばいいんだ! ロミルダ!」
「……戻す、と言うか。ラウレンツ、そもそもこれが正常なのよ」
声を荒らげて、言うことを聞かせようとするラウレンツに、ロミルダは本当にまったくわからないのかと若干あきれたような気持ちになって彼に言った。
「どういう、意味だよ」
「だから、王国騎士団よりも少し早い程度、それがそもそもブロムベルク辺境伯家の魔獣討伐の対応速度なの」
「……え?」
「私、きちんと話はしてあったわ。あなたはいつもなにかしらしていて話半分だったのだろうけれど、誤解が無いように伝えてあったはず」
「い、いや、聞いてない……が」
「聞いてなくても、そもそもこれは父に直談判してどうこうできる話じゃない、私が私の責任でミレッカー伯爵家の討伐を優先していただけ」
「は?」
ラウレンツは困惑した表情で、ロミルダのことを見つめるが正直これほどとは思っていなかった。
(こんなに適当な人だったとはね)
「婚約者の実家だもの、特別な配慮をして丁寧に対応するのは当然。これからもそうする予定で、あなたに話を通してあった。だから、ミレッカー伯爵家は最速で今まで魔獣を討伐されていた」
「……」
「でも、その私の配慮がなくなったからただ順当に他の依頼者達と同じように順番待ちで討伐されているだけ。何らおかしなことは無い普通の速度よ」
「……でっ、でも、魔獣の出現から何日も……」
「それが普通よ。そもそも王国騎士団だって一週間待たせることもあるぐらいだから。三日や四日で討伐されるならまったくおかしくない、他の貴族に聞いてみたらいいわ」
「…………」
他にブロムベルク辺境伯家に魔獣討伐を依頼している貴族に聞けば誰もが、ロミルダの言葉が正しいと言うだろう。
ミレッカー伯爵家の主張は、ロミルダの優しさを権利とはき違えて、継続的な要求をする厚かましい行為だ。
それこそ両家の関係を悪くする火種になってもおかしくない。
引くべきはミレッカー伯爵家だ。
しかし、言い負かされて、ラウレンツはぐっと拳を握る。それから薄ら笑みを浮かべてロミルダに言った。
「だとしても! じゃあなんで突然、君は私たちのことを後回しにしたんだよ。今まで、気を緩ませておいて、急に酷い目に遭わせられて私たちは苦しんでいるんだ! それは君の責任だろ!」
「……」
「君がまいた種なんだから、君がどうにかすれば良いだろ! 君が毎回対応するなり、なんでも! 出来るだろ!」
「い、いや、ラウレンツ。それは……」
ミレッカー伯爵が止めようとするがラウレンツは止まらない。
「少なくとも私に勘違いをさせた君が悪い! 急に適当にした君が悪い!」」
「はぁ、でもあなたそれが嬉しいんじゃないの?」
「はぁ?」
「だから、嬉しいはずだもの。だから、そうしたのよ」
「な、何言ってんだよ、君は!」
まったくもって意味がわからないとばかりに、ラウレンツはそう問い掛けてきた。
その言葉に、ロミルダは薄く微笑んで返した。
「ただ雑に扱っただけよ。だってそれが信頼だから。あなたがそう言ったんじゃない」
言いながら彼からもらった布袋を取り出して、中に入っている金貨を机に並べて彼に言った。
「雑にするのが信頼の証なんでしょう? だから、あなたへの配慮はぜんぶやめたの。だってそれが信頼だから」
「え……あっ」
「あなたは、幼馴染みのユリーナにとても真剣にプレゼントを選んでいた。一方私には、これをくれた。これこそ信頼の証」
「っ……」
「適当に買っておけと予算を私に寄こした。なるほどと思ったのよ。これがあなたの信頼の形」
静かに見据えるとラウレンツは言葉を失って「そ、それは……」とだけ言って視線をそらす。
「だから私も同じようにして示しただけ。ミレッカー伯爵家の魔獣の討伐は遅いのが信頼よ。嬉しいでしょう? ラウレンツ」
「…………」
「お前、そんなことをしていたのか?」
「申し訳ございません。ブロムベルク辺境伯令嬢、ブロムベルク辺境伯」
ミレッカー伯爵はラウレンツを責めるように問い掛ける。一方、伯爵夫人は、頭を下げて謝罪をした。
「っ…………」
しかし、ラウレンツは父の問い掛けに答えずに、うつむいて小刻みに震える。
(これでラウレンツも、それが信頼なんかじゃないことをわかったかしら)
そう思ってロミルダは彼を見ていた。
しかしラウレンツはぐっと顔を上げる。
「ハッ、いや、君は馬鹿か。屁理屈こねやがって」
どうやら彼は自業自得を呑み込めなかったようだ。
そして、父が隣から静かな声で言った。
「ふむ。これはさすがに、跡取りの婿にもらう器ではないな」
「え……?」
「ブ、ブロムベルク辺境伯っ、こ、こいつはきちんと躾治しますので!」
「きちんと教育いたしますわ」
「そのような歳でもないだろう。この歳までそう育て、両親にこのような恥を欠かせ、謝罪の一つも出来ない人間を我が娘の婿にしようとした責任は……そなたらが取ってくれるな?」
「っ……」
「……は、はい」
そうして、父の一声で婚約の解消が決まり、ぽかんとしたまま、ラウレンツは両親に連れられて帰って行ったのだった。
ミレッカー伯爵家が和解金を支払って婚約は解消された。
ロミルダの新しい婚約者は未だに決まらないが、いつも通りの日々を送っている。
ふと訓練終わりに、思い立ってアレクシスに声をかけた。
「ねぇ、アレクシス」
タオルで汗を拭っている彼は、ロミルダの声を聞いてちらっとこちらに視線をやる。
「なんすか。お嬢」
「……この後、お父様が新しい婚約者の候補をリストにしてくれたから選ぼうと思うの。是非、あなたの意見も聞きたくて」
「新しい婚約者か……」
「うん」
ロミルダが思い悩んでいたときに、アレクシスが言ってくれた言葉にロミルダはとても救われた。
加えてとても常識的で、彼自身、人を雑に扱うようなことは無い。
彼が一緒に選んでくれればきっと、良い人が見つかるような気がしていた。
「……俺に声をかけるってことは、その中に俺は入ってないってことか」
アレクシスのことだ喜んで協力してくれると思っていたが、意外にも彼は少し落ち込んだ声を出した。
「別にいいけど、俺、大して人を見る目があるとかそういうわけじゃないんでそこはわかっといてください」
しかしすぐに切り替えてアレクシスは了承する。
さすがにロミルダはその彼の言葉を素通りできるほど鈍感ではない。
「……リストの中に、あなたが居てほしいの? あなたは」
少しうぬぼれかもしれないという気持ちもあったが、つい聞いた。
ちなみに、ロミルダはまだそのリストの中身を知らない。
もしかしたら居る可能性もある。
「居てほしいっつたら、さすがにそれはもう、告白じゃないですか」
「……」
「……」
「……居てほしそうな声だったから」
ロミルダはなんだかだんだん、恥ずかしくなってきてしょもしょも返した。
するとアレクシスは少し迷って、それから「まぁ、好きなんで。リストに入ってたいとは思う」と観念して言った。
それを聞いて、気恥ずかしそうに笑うアレクシスの表情に、胸がぎゅっとなって、リストなんてロミルダはどうでも良くなった。
(リストに居ても居なくても、この人がいい)
そう、芽生えた気持ちに気が付いたのだった。
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