第二話 人外すぎる論外魔王
扉を開けると、禍々しくも悍ましい瘴気を孕んだ凄まじい魔力がグワッと襲い掛かって来た。
ティトは「ひゃっ!」と叫んで、扉の陰に身を隠す。
あの波動を全身に浴びせかけられたら、昏倒は免れないだろう。
弱いものなら、それだけで命すら落としそうだ。
けれど、ルルリカはその恐るべき波動を全身で真っ向から受け止めた。
お花畑感満載とはいえ、これでも勇者の末裔なのだ。
そのルルリカの愛くるしい顔は、絶望に染まっていた。
薔薇のように紅潮していた頬からは、すっかり赤みが消え失せている。
「これは…………さすがに……」
顔を引きつらせながら、ルルリカは呻く。
その瞳は、広間の奥、赤紫の長絨毯の先の特大玉座に注がれていた。
はたして、そこに魔王はいた。
縦は人の二倍、横は四倍ほどありそうな巨漢だった。
人型をしているが、顔はドス紫のイボガエルだ。
イボからはシューシューと肌と同じドス紫の煙が噴き出している。
魔王城の周辺は、元は湿地帯だったが、今はドス紫の毒の沼地と化していた。
おそらく、あの煙にも毒が含まれているはずだ。
イボガエル魔王は、小癪にも豪奢な衣装に身を包んでいた。
「ないな…………」
ルルリカは、虚ろな瞳で呟くと、腰の剣をスラリと抜き放った。
刃こぼれ一つない美しい細剣は、魔王どころか魔物の肉すら切り裂いたことはない。
切り裂いたことがあるのは、空気だけだ。
けれど、これまで既に何体もの魔物や魔王を屠ってきた。
「人外すぎる論外魔王に用はない! 滅びろ!」
裂ぱくの気合と共に、魔力をのせた剣撃を放つ。
細剣は空を裂き、放たれた“魔力のせ衝撃波”が魔王を襲う。
魔王は、一言も発することなく、そもそも人の言葉を話せるのかも不明なまま、光に呑まれてあっさりとお手軽に消えていった。
見事、魔王を打倒したルルリカは――――。
深いため息とともに剣を鞘に戻すと、項垂れた。
「またしても……またしても、運命に負けてしまったっ! 私は、いつになったら……!」
「えっと、ざ、残念でしたね? その、とりあえず、お城が崩れない内に、外に出ましょう?」
「…………そうだな。はぁ……」
魔王を倒すと、魔王城も朽ちてしまうため、長居は無用なのだ。
ティトに促され、ルルリカはトボトボと歩き出す。
長居は無用だが、猛ダッシュをかますほどではない。
その辺は、これまでの経験から何となく察することが出来た。
勝利の凱旋とは思えない、まるで敗者のような足取りで城の外に出ると、周囲を取り囲む毒の沼地では浄化が始まっていた。
のんびりと魔王城から脱出したルルリカとティトは、今度は猛ダッシュで橋を駆け抜けた。
橋は、元からあった橋ではない。
ルルリカが、周辺をたむろしていた魔物を屠って作った、臨時にして即席の橋もどきなのだ。
このまま浄化が進んで魔物の体が消えたら、橋もなくなってしまう。
浄化が済んだら、毒の沼地はただの湿地帯に戻るから毒に侵される危険はなくなるとはいえ、ぬかるみはぬかるみだ。
橋が消えてしまう前に、と二人は大急ぎで浄化しかけの沼を渡った。
渡り終えた二人は、振り返って魔王城を仰ぎ見る。
禍々しい存在感を放っていた魔王城は、寂れた廃墟へと朽ち果てていた。
その内、崩れ落ちて、魔王同様、跡形もなく消え失せるはずだ。
朽ちた魔王城は、勝利の証でもある。
けれど、証を見つめるルルリカの瞳に光はない。
むしろ、そこはかとなく闇が漂っている。
「試合には連勝中だが、人生の勝負には負けてばっかりだな……」
「あ、あははー…………」
重々しい口調で、ルルリカは苦々しい本音を零す。
ティトの乾いた笑いは、浄化された湿地帯を渡る風が、どこか遠くへと連れ去っていった。




