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ホッケとマグロ

 暗い夜道を、辛うじて歩けるようになったばかりの子供たちを連れてトボトボ歩く。

 この先どうなるのだろうか? 行く当ては全くない。


「ママ、お腹すいた。」

「我慢して、もう少ししたらあげられるから。」


 無論、そんな当てはない。こんなやり取りを先ほどから何回繰り返しただろうか。おっぱいをあげたいが、私自身が倒れそうで何も出てこない。

 細く、やせ細って骨が見えている我が子を見るのはつらい。体力はもう私も子供達も限界だ。

 そんな時、追い打ちをかけるように雨が降り出した。すぐに屋根のあるところか茂みの中に入らなくてはならない。


「急いで! 雨に濡れたら体温が…。」


 振り返って愕然とした。子供たちは少し離れた場所で力なく倒れていた。とうとう体力の限界が来たのだ。慌てて駆け寄り、運ぼうとしたが持ち上げた瞬間私にも限界がきてしまった。子供たちに覆いかぶさるように倒れこむ。

 雨はドンドン強くなる。風も吹いてきた。空腹の私たちには、秋雨すら凍えるような冷たさに感じる。  体温が奪われ、体の力が抜けていくのがわかる。

 ああ、私たちはここで終わるのだろうか。この子たちは何のためにこの世に生を受けたのだろうか。私のもとに生まれさえしなければ、暖かいご飯とお風呂に入れたのだろうか。それならば何と申し訳ない事か!

 目から涙が溢れる。雨に交じってそれは地面に落ち、ただの水になった。




 瞬間、目の前の風景が一回転した。

 仰天して目を見開くと、目の前に一軒の家が建っていた。雨は、その家の軒下に遮られて私達には届かない。

 訳が分からず辺りを見渡す。ここに家はなかったはずだ。では、なんだこの家は? まるでいきなり目の前に現れたよう…、いや現れた。それなりの時を生きてきたつもりだが、こんな現象は初めてだ。

 見ると、扉と思わしき部分から明かりが零れている。その光があまりにも暖かそうで、力などなかったはずの足に力が入る。子供達も異常に気が付いたのか目を丸くして辺りを伺いつつ私を見ている。

 私は最後の力を振り絞って子供たちを引きずって扉を開けた。


「これはこれは、珍しいお客様ですね。」


 中に入ると、一人の少女が割烹着を着て立っていた。一瞬追い出されるのだろうかと身構える。かつて、「勝手に家の軒先で雨宿りをするな!」と叩かれた記憶が蘇ってくる。しかし、目の前の少女は目線を合わせてこう言った。


「ふふ、警戒しなくてよいですよ。いらっしゃいませ。志乃ちゃん料理店へようこそ。料理長兼店長の志乃です。早速ご飯を…、といきたいところですが、まずは体を乾かさなくてはいけませんね。すこーし待っていてくださいね。」


 人懐っこそうな笑顔を浮かべた志乃と名乗る少女。少なくとも追い出される事はないようだ。こんな雨に濡れてずぶ濡れの私達を笑顔で受け入れてくれた。少しホッとする。

 やがて、幾つかのタオルとお湯の入ったタライが運ばれてきた。


「体を温めて体温を上げましょう。ついでにシャンプーもしちゃいましょう。まずは弱っているお子さん方からです。」


そう言うと手際よく子供達を洗い始めた。


パチャパチャ。

ワシャワシャ。

パチャリパチャリ。

ワシャワシャワシャワシャ。


 子供達は最初不安そうだったが、私がそばにいる事とお湯とシャンプーの気持ちよさに段々体の緊張が解けていったようだ。お湯から上がり、フワフワのタオルに包まれながら全身を拭いてもらう。ゴォーとうなるドライヤーで温風を受けて体を乾かされている時にはすっかり体の力が抜けていた。


「ほい、お待たせしました。次はママさんです。」


 そう言ってヒョイと持ち上げられると、子供たちと同じように洗われ始める。


ワショワショワショ。

バチャバチャ、バチャリバチャリ。

ワシャワシャワシワシ、シュワシュワシュワ。


 新品同様のフワフワタオルに包まれると柔軟剤の良い匂いに包まれる。なんともホッとする匂いだ。こんなに心が落ち着くのは何時以来だろう? 妊娠してからはずっと気が張り詰めていた気がする。

 子供たちと同じようにドライヤーで乾かしてもらうと、すっかり緊張は解けていた。


「それでは、体が綺麗になったところでご飯の時間です。しばーし、そこでお待ちを。ふふ、それともここで見ていますか?」


 お言葉に甘えて覗かせてもらう。志乃と名乗る少女が冷蔵庫から取り出したのは大きなホッケ。

 それを、いつの間にあったのか七輪の上に乗せて豪快に焼き始めた。

 ジュワジュワジュワという音と魚の焼ける匂いが店全体に充満する。


「人相手だと調味料を使って色々と味付けをするのですが、あなた方はそれだと体に不都合がありますから、焼いただけのお魚ちゃんを出しますね。」


 少女の言葉を上の空で聞く。私の口からは既に涎が垂れている。子供達も匂いを嗅いで騒いでいる。


「中までしっかり焼けましたね。このまま上げたいところですが、骨が喉に刺さってはいけません。ほぐしてからあげますね。あと、少し冷まさないと火傷しちゃうかな。」


 そう言って手際よくホッケを箸で解していく。息を吹きかけて子供達でも問題なく食べられる温度まで下げてくれるようだ。既に腹はグウグウなっている。正直、理性は限界だ。


「ほい、お待たせしました! ホッケの身崩しです!」


 そう言って皿に差し出された瞬間にがっついた。

 美味い!! それしか感想は出てこない。ホッケの柔らかい身が口の中でホロホロと解けて、そこから油が染み出してくる。舌の上に広がる油は味覚センサーを刺激して摂食中枢をさらに活発にさせた。

 胃も久しぶりの大仕事に張り切っているのだろうか。食べた身が凄まじい勢いで消化される。

 消化された身は腸へ届いてエネルギーとなり、一気に体温が上がったのがわかった。

 何日も食べていない腹に久しぶりの餌。喜びと満足度は格別だ。咀嚼しながら横を見ると子供達も無我夢中で食べている。

 ああよかった。あのまま餓死せずに済んだのだ。。。


「ふふ、美味しいですかー。」

「ニャー!」


 もちろんと返事をする。その時気が付いた。彼女は何か別の料理を準備している。


「栄養をつけませんとね。次は何時食べられるかわかりませんから。」


 そう言って出してきてくれたのはマグロの刺身だった。量は一口大だが、ご馳走とはそんなものだろう。まだホッケは残っていたがすぐに齧り付いた。


「ンニャアーオウ!」


 ああ、美味しい。赤身部分の酸味に脂の甘みとコクが合わさって至高の味を醸し出す。

 若い頃、釣りをしていた親切なおじさんが釣ったマグロの一部を分けてくれた事を思い出す。あの時のマグロの美味しさは天にも昇る心地だったが、今日のこのマグロのほうがずっと美味しい。恐らく、空腹がそうさせているのだろう。

 子供達も寄ってきて一口ずつもらう。初めて食べるあまりの美味しさに、フリーズする子もいる。少女の割烹着の裾にしがみついてお代わりをねだる子も出てきたので、慌てて制止する。


「たくさん上げたいのは山々なんですけどね。お魚の刺身はあなた方がたくさん食べると不都合が出る可能性がありますから。ですので、これだけです。」


 どうやらこの少女は刺身が私達猫にとって危険な事もある事を知っているようだ。実際、昔分けてもらった刺身を食べて腹を壊したことがある。あの時は苦しかった。

 でも、この刺身は恐らく大丈夫だろう。根拠があるわけではないが、子供達を撫でる少女の顔はそんな安心感を与えてくれる。

 子供たちが空腹を満たせたこと、雨風をしのげる暖かい屋根の下にいる事。それらを考えて自然と涙が出てきた。ポタポタ床に落ちる涙は部屋が暖かいからなのか直ぐに蒸発して消えた。


「ご馳走様でした。」




 お腹が一杯になると子供たちは眠くなったのか目がトロンとしてきた。それを見て少女は座布団を用意してくれた。私もお邪魔して寝させてらもう。


「お代は頂きました。今は体力回復のためグッスリお休みください。大丈夫。今晩はずっとこの地にいますから。」


 夢の世界に入る前に、そんな声が聞こえてきた。


 翌日、日の光が顔に当たって目が覚めた。場所は昨日と同じ道路の上だ。

 あの建物は? 志乃ちゃん料理店はどこへいった??

 状況は昨日倒れた時と変わっていなかった。子供達も私のそばで寝ている。もしかしてここは天国?

 いや違う。場所は変わっていないが、明らかに違うものがある。私と子供たちの状態だ。

 僅かにシャンプーと食べたホッケとマグロの匂いが残っている。何より、お腹が満たされていた。スウスウ寝息を立てている子供達も満たされて安心した顔になっている。

 なら、あの店は何処へ行ったのだろう?


 いや、探すのはよそう。きっとあの店は普通の店ではなかったのだ。一つの場所に固定されることなく、人も動物も関係なくお腹を空かせたものの前に現れる。そんなお店だったのだ。

 私達の前途はきっと厳しいものだ。それが野良猫の宿命だ。それでも、昨日のような奇跡が起こるのなら、希望をもって前に進むことが出来る。

 もし、いつかまた会えたなら、今度はきちんとお礼を言わなくてならない。貴方のお陰で子供たちがこんなに大きくなれましたと報告するのだ。


 昨日と打って変わって空は快晴。太陽は私達を暖かく照らしてくれていた。




 志乃ちゃん料理店。それは人に限らず、それを必要とする全ての生き物にご飯を提供する不思議な料理店。もしかしたら、次はあなたの前に現れるかもしれません。


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