その手を離せ
アパートを飛び出した俺は、駐輪場のバイクに飛び乗った。
爆発の煙は空高くまで上っている。
通りを歩く人達が不安げに眺めていた。
エンジンを吹かし、アパートの道路口まで来た所で、2階の俺の部屋の窓から彩希が声をかけた。
「私も行く!」
どうやら目を覚ましてしまったらしい。
「部屋で待ってろって!」
正直、危険な予感がしたので彩希を連れて行きたくない。
待たずにバイクを発進させようとすると、彩希は窓から躊躇なく飛び降りた。
「ばっ!」
バイクを降り、慌てて駆け寄る。
一階の駐輪場はアスファルト舗装。
着地の姿勢が悪ければ、命取りだ。
彩希はそんな俺の焦りも気にせず、まるで階段を一段降りただけの様に、すたん、と着地した。
「おまっ‥」
度々、彩希の身体能力には驚かさせる。
中学生の頃に100mのタイムを測ったら、当時の世界記録より速かった。
あの時はストップウォッチの故障かと思ったが、やっぱり、猫娘なんじゃ‥。
俺の中で疑惑が確信に変わろうとしていた。
彩希はそのまま“ぴょん”とバイクの後席に跨る。
しっかり部屋に置いてある予備のヘルメットを被って。
「明、早く!」
こうなったら押し問答している時間が無駄だ。
俺は彩希を乗せ、バイクを発進させた。
爆発の煙の元へバイクを走らせるうちに、嫌な予感が現実に成りつつあった。
その爆発はさっきまで俺が居た場所じゃないか‥?
大通りを走る間にも何台ものサイレンを鳴らした消防車とすれ違う。
消防車がこれだけの台数が集まっているということは、かなりの被害なのだろう。
通りの角を曲がり、一本路地に入ったところで不安は確信になった。
やはり、さっきのリサイクルショップが爆発したらしい。
建物全体が煙と火に覆われている。
店長や従業員達はどうなったのだろう。
無事に避難していればよいが。
リサイクルショップの周囲は警戒線がひかれて、立ち入り禁止となっていた。
入口のギリギリまで近寄り、安否を確認しようとする。
すると、まだ炎が燃える店内から2人の人影が現れた。
消防員かと思ったが、明らかに違う。
その人間たちはまるでファンタジーに登場する様な防具を纏っていた。
何かを会話しているが、明らかに日本語ではなく、意味が把握できない。
数話を聞くうち、この言葉が小箱で見た記憶の言葉だと気付く。
途端にその会話内容が理解できる様になった。
『どうだ、見つかったか?』
『いや、痕跡はあるが‥』
『既に移動したか、厄介な』
『関連する物は全て焼けとのご指示だ』
『どこに寄生者が居るか分からん。用心しろよ』
‥つまり、こいつらが犯人なのか?
消防士も連中に気付いた様だ。
「お、おい、あんた達、危険だから‥」
近くの男に声をかける。
その男は、まるで埃でも払う様に、手先で消防士を振り払った。
“ドーン!”
車が衝突事故を起こした様な音と共に、消防士は10m程向こうの壁まで吹き飛んだ。
失神したのか、そのまま動かない。
俺は今見た光景に困惑していた。
‥なんだ、あれは?
どう考えても異常だ。
それ以外の言葉が出てこない。
『おい、あまり面倒を増やすなよ』
奥の男が呆れた口調で言った。
『平民の1人や2人、構わんだろ』
手前の男が返す。
と、その男は目前に居た俺に気付いたらしい。
『お前、まさか‥』
『まてよ、この世界の人間が‥?』
『いや、波紋があるぞ、コイツ!』
なに?波紋?
『おい、お前‥』
言いながら男が手を伸ばし、俺の首元を掴んだ。
そのまま片手でぐいっと持ち上げられる。
首を抑えられ呼吸が出来ない‥。
『コイツも処分するか‥』
身体を捻ってみるが、まるで鋼鉄の様に男の腕は微動だにしない。
と、
「明からっ、手を離せっ!」
彩希の叫び声。
同時に側転気味の踵落としが唸りを上げて男を襲う!
“ズガーン”
凄まじい衝撃!
地面が揺れ、衝撃が埃を巻き上げた。
およそ人間が出した音では無い。
だが、受けた男は微動だにしない。
「嘘‥」
驚く彩希。
彩希の踵落としは相当の威力だったはずだ。
その証拠に、男の足元の地面は僅かに凹んでいる。
『驚いたぞ、平民にこんな力が‥』
男はそう言うと、俺を離し素早く彩希の髪を掴む。
片手で持ち上げると、
『コイツ、精霊付きかも知れん』
と、彩希を見分する様に眺める。
彩希も抵抗するが、一向に効いていないようだ。
もう1人の男が近付く。
『どうする、連れて帰るか』
『ああ、メディア様も喜ぶだろう』
彩希が連れて行かれる?
何処へ?
と、止めないと‥。
「ま、まて、彩希をどうする気だ」
男を制止する。
俺の方を見た男は呟いた。
『そう言えばコイツを片付けないとな』
言うと同時に拳を振り下ろして来る。
大して力を込めた様には見えない。
だから俺でも、ギリギリで避けられた。
と、思った。
“どんっ!”
鈍い衝撃と共に俺は5mほど転がる。
触れて居ない拳の衝撃で吹き飛ばされた。
「く、くそっ」
辛うじて立ち上がる。
肺を痛めたのか全く呼吸出来ない。
鼻から血が滴る。
どうする‥相手は人知を超えた存在だ‥。
酸欠で消えそうになる意識を、必死に繋ぎ止める。
彩希を助ける方法は無いか‥。
“我が力を欲するか?”
あの声が頭に響いた。
もう何でも良かった。
彩希を守る力にさえ成れば、何でも良い。
“来い、ヴェルデッド”
無意識に応えていた。
その瞬間。
“バンバンバンバン”
後方で連続した爆音が響き、同時に俺の手にはあの棒が有った。
俺のアパートの部屋からここまでの間、あらゆる物に直線的に穴が空いている。
ビルも、倉庫も、消防車も、まるで砲弾が直撃したような状態。
穴の中から俺のアパートが見えた。
俺の部屋から、此処まで一直線に。
その間にある全ての障害物を、破壊し、蹂躙し、貫通して飛来した。
第六の魔杖、“ヴェルデッド”が。
『貴様、やはり寄生者!』
男は彩希を手放し、こちらに向かって来る。
俺はあの記憶の中にあった呪文をとなえる。
「冥界よ、落とせ」
そう念じると、男の影の中から無数の漆黒の槍が真上に伸び、男を貫く。
ビクリ、と動きを止める男。
兜の中の目が、驚愕に歪む。
槍は男共々、影の中に引っ込む。
最期には影も無くなり、そこには誰も居なくなった。
『き、貴様ぁ』
もう1人の男もこちらに向かって来た。
細かくフットワークを使って、こちらに狙いをつけさせない様に動く。
意外と知恵が効くようだ。
「暗黒よ、喰らえ」
再び別の呪文を唱えると、男の左右にポッカリと黒い巨大な穴が現れる。
穴には中側はあるが、外側は無い。
そのまま、巨大な口が左右から閉じるように男を飲み込み、ピタリと閉じた。
閉じた後には何も残ってはいない‥。
「や、やった‥」
とりあえず危機を脱し、彩希を助けられたようだ。
激しい疲労感が襲い、立っていられない。
生命力を根本からごっそりと引き抜かれた様な感覚。
膝から崩れ落ちながら、
“気を失うのは今日2度目だな”
と考えていた。
想定よりシリアスな感じに成っちゃいました‥。
この後、プロット通りだと18禁な展開に成っちゃうんですけど、どうしよう‥触れない感じで軽く流した方が良いのかな‥




