これはなんだ?
真夏の昼過ぎ。
灼熱の陽光がアスファルトを焼く。
陽炎が立ち、大通りの景色をゆらゆらと揺らしている。
俺は、東雲明。
今はバイクで大通りから一本外れた路地にある、リサイクルショップに到着したところだ。
家からここまでの20分ほどの間にも、照りつける日差しは肌をチリチリと焼いた。
急いで駐輪場にバイクを止めると、店内に逃げ込む。
ひんやりとした冷房の風が体を冷やしてゆく。ようやく息がつけた。
平日昼過ぎの店内は人影もまばら。
気楽に品物を見るのは良い時間だ。
俺はシナリオライターを生業としている。
といっても、ドラマや映画に名前の出るような有名な人間ではない。
知り合いの劇団から公演の脚本を受けたり、インタビュー等のシナリオ作成なんかをしている。
世間の人は、対談やインタビューにシナリオがあることすら知らないだろうが。
まぁ、それだけでは食って行けないので、知人の喫茶店の手伝い兼雑用係もしている。
趣味はジャンク屋巡り。
こういった店で、珍しい機械や面白そうな小物を探す。
純然たる趣味なので買ったものを転売したりはしない。
たまに友人に小物をプレゼントする程度だ。
今日は締切もなく、仕事の予定もないのでこの店にやってきた。
チェーン店ゆえリサイクルショップとしては比較的規模が大きく、店内も綺麗だ。
商品の品質も安定しているが、それ故に珍品・掘り出し物と言える様な物を目にすることは少ない。
「こんちわ、なにか面白いもの入った?」
ちょうど入口に居た店長に訊ねる。
店長は年齢50くらい、人当たりがよく気軽に話せるのは人徳だろう。
当然、俺は何度も来ているので顔見知り。
「明ちゃんが好きそうな物は‥無いかなぁ。まぁ、見ていってよ」
言われた通り、ざっと店内を回ってみる。
前回来た時からは商品の入れ替えがあったようで、初めて見る物もちらほら。
俺はその中で蓋の閉まった箱を見つけた。
大きさは40cm✕20cmの長方形で木製の上に革張りだろうか。
角などが擦れて古びているものの、作りはしっかりとしている。
何箇所か金具が付いており、アンティークな雰囲気がある。
箱の蓋には何かのレリーフも付いている。
ちょっと古いアクセサリーや腕時計等を入れておくと良さそうだ。
中の状態を確認するため、開けようとしたが、開かない。
どこかが固定されている気配はない。
片側に蝶番が付いているから、ここから開くのは間違いなさそうだが。
無理に開けようとして、壊してしまうのもまずい。
箱を店長に見せてみることにした。
「店長さん、この箱開かないんだけど」
「ああ、それね‥ウチでも試したけど、無理みたいだね。中で錆びついたりしてるのかも」
「あー、そうなのか」
どうやら元々、開けて使う想定で売っているのでは無いようだ。
「雰囲気は良いから、インテリアにどうかなって」
「うーん。インテリアかぁ」
当初の想定用途は無理と分かり、購入意欲もしぼんだ。
「500円にしておくよ、どう?」
店長は言った。
その後、結局他にめぼしいものもなく、例の小箱一つを購入してアパートに帰った。
開かない箱をあえて買ったのには理由がある。
この箱が、からくり箱ではないかと考えたからだ。
飾りの一つを押すとか横へずらす等をすると開く箱の事だ。
俺は、そういったギミックが好きなのだ。
それから小一時間、あちこちを押したり、引いたりしてみたが、箱は一向に開かなかった。
やはりどこかが錆びついているのだろうか。
例え500円でも無駄にするのは惜しい。
少し強めにすれば開くかも知れない。
力を入れて開こうとして、手が滑った
「痛っ」
滑った指が飾り金具の突起に当たり、小さな切り傷ができてしまった。
僅かだが、血が滲んで来る。
「やばっ」
慌ててティッシュを取ろうと手を伸ばす。
その勢いで、滲んだ血が一滴、小箱のレリーフに落ちた。
“‥で‥なりや”
どこからか妙な声が聞こえた。
「あれ、テレビ、つけてたっけ?」
気になって振り向いて見るが、画面は消えたまま。
”汝我との契約を望む者なりや‥?”
更にハッキリと聞こえた!
見ると手に持った小箱の僅かな隙間から光が漏れている。
これは‥?
何かが変わった。
今なら小箱を開けるかも知れない。
「よし。開け」
思わず言葉にしていた。
“カチン!”
箱の中で何かが外れる音がした。
その瞬間、光が強くなり、一瞬視界が効かなくなる。
あまりの眩しさに思わず目を閉じた。
数秒して閉じた目を再度開くと、小箱は開いていた。
中には枝のような棒が一本。
高級ワインの様に緩衝材に包まれ、小箱に収まっている。
なんだろう?香木かな?
手を伸ばして棒を持ってみる。
突然、頭の中にこの棒の使い方や効力、作られた様子等の光景が、凄まじい勢いで雪崩込んで来た。
「うおっ??」
余りの膨大なイメージに目眩を起こし、転倒する。
流れ込む光景を見る事は出来ても、理解が追い付かない。
まるで、空いた口に無理矢理水を流し込む拷問のようだ。
反射的に棒を取り落とすと、イメージの奔流は収まった。
ヤバかった。
あと1秒棒を離すのが遅かったら、死んでいたかも知れない。
それほどの密度のイメージだった‥。
頭痛がする。
身体がダルく、立ち上がるのも億劫だ。
急に頭を使い過ぎた為の、知恵熱の様な物かも知れない。
じわじわと視界が狭窄してくる。
「も、もう駄目だ‥」
俺はそのまま気を失った。
今回も連載形式で考えながら書いてます。
“えれくとろんあーく”より未定の部分が多いので、途中で暫く止まるかも知れません‥。




