第八話
両親は仲が悪かった。
いや、仲が悪かったなんてもんじゃない。どうして籍を入れたのだろうと俺が素朴に思ってしまうほど、険悪な仲だった。
具体的なことを思い出す度に気が滅入る。
例えば、母親が仕事先の人間とメールのやり取りをしているのを見て、親父が「浮気か!」なんて怒鳴り散らしたり。
かと思えば親父が家事をすれば「ここ未だ汚れてる! 汚い!!」なんて母親が言ってみたり。
説明するだけでもバカバカしい。要するに互いが互いの一挙手一投足が気に食わなかった訳であり、どうしてここまで仲が悪化してしまったのか俺には知る由も無かったが――いずれにせよ、割を食ったのは俺だ。
「おかあさん、おとうさん、仲良くしてよ!」
そんな言葉、何回言っただろう。
怒りの矛先を子供である俺に向けなかったのは、ひょっとしたら両親のせめてもの矜持だったのかもしれないが。
それでも喧嘩を繰り返す二人を見て、幼心に俺は思った。
こんな生活、長くは続かないだろう、と。
そして、俺が中学生の頃、両親は離婚した。
よくそこまで持ったと俺は思う。俺は母に引き取られたが、母は俺に言った。
「……あなた、父親似ね」
と。
それから俺が母方の実家に預けられ、母親はその日から、すっかり姿を消してしまった。
そうこうしているうちに母方の祖父も祖母もぽっくりと居なくなり、二人が残した幾ばくかの金で俺は高校を卒業し、独り立ちした。
こうやって思い起こしても訳が分からない。だからずっと、俺はこの話を胸の中に閉まっている。
父親似だからなんだと言うんだ。どうして両親はあんなに喧嘩ばっかりだったんだ。
理由も聞けないまま俺は大人になった。もう、どうでもいいことだと言えばその通りだが。
だからこそ。
昨日、獅子堂が家に来ただけで、俺はあんなに浮かれてしまったんだろうなぁ。
「店長。掃除終わりました? そろそろ朝礼の時間ですよ」
磯谷の不審そうな声が聞こえてくる。気づけばもう開店三十分前。アルバイト達が出社してくる時間だ。
「悪い。すぐ行く」
駆け足でカウンターに戻る。磯谷はぼそっと「なーんか今日、おかしいですよね」と俺に言った。
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