第六話
香ばしい匂いで目が覚めた。
「……ん」
意識が覚醒した俺は、枕元に放りなげたスマホを見て、時刻を確認する。
……朝の七時半。アラームを掛けた時間より、一時間半も早い。
もぞり、と体を動かして、布団の中で背伸びをしていると、頭上から声がする。
「あ。起こしちゃいました? おはようございます、店長」
「……獅子堂」
俺を笑顔で見下ろすのは、何故かスーツ姿の獅子堂。
どうして獅子堂がここにいるのか。スーツ姿なのか。脳内で検索して、そう言えば、と思う。俺、昨日獅子堂を家に泊めたんだっけか。本当に着替えないまま眠ったらしい。
「おはよう。昨日は眠れたか」
「ええ。もう、ぐっすりと。おかげで早く目が覚めてしまって、朝ご飯作っちゃいました」
「朝ご飯?」
体を布団から引っ張り出し、あぐらを組む。昨日仮に布団を置いた場所はちょうど俺が食卓と決め込んでいた足の低いテーブルの傍で、そこにはこんがり焼けたパンとふわふわの卵焼き、そして数本のウィンナーが並んだプレートが二枚、並んでいた。
「獅子堂が作ったのか」
「ええ。すみません、勝手に冷蔵庫の中身使わせてもらいました。あとでお金、置いておきますね」
「別にそれは構わないけど……」
香ばしい匂いを漂わせるパンを見つめていると、ぐぎゅり、とお腹が鳴る。そういえば結局、昨日の晩はなにも食べなかったんだっけか。
慌ててお腹を押えた俺に、獅子堂はくひひ、と笑って言った。
「体は正直ですね、店長。いただきます、しましょうか」
獅子堂と向かい合わせになり、黙々と朝飯を食う。
「うん、美味しい」
「ありがとうございます。って言っても、料理と言える料理はほとんどしていませんが。パンはトースターに入れただけですし、卵焼きもウィンナーもただ焼いただけっすから」
「でも、美味しいよこれ」
火加減とかが俺と違うのかな。そんなことを思いながらふと箸を止めると、にこにこ顔で獅子堂が俺を見ている。
「……なんだよ」
「仕事中、難しい顔ばっかりですから。そんな無邪気な顔の店長、初めて見るなって」
「恥ずかしいからあんまり見るな」
「おかわりもありますよ? 作り過ぎちゃって」
「あのなあ……」
獅子堂の表情と言葉を聞いていると、まるで手のひらで転がされているような錯覚を覚える。
俺は嘆息すると、獅子堂に空になったプレートを差し出した。
「……頼む」
「あははははは! 了解です!すぐ持ってきますね」
作ってくれた食事を終えて、食後のコーヒーを一服堪能した頃には、もう出勤時間になっていた。
のんびりしすぎたな、と思いながら慌ててスーツを着る。獅子堂は何が面白いんだか、ぼんやり窓から見える空を眺めていた。
「獅子堂。これ」
「?」
そんな獅子堂にアンダースローで放り投げたのは、この部屋の合鍵。
「昨日は居ていいからな、って言ったけど、出掛けるなら鍵は閉めてくれ。別に戻ってくる気が無いのなら、店で帰してくれればいいから」
「……ありがとうございます」
獅子堂はそんな俺が投げた鍵を、不思議なものを見るような目で手のひらで転がしている。
「じゃ、行ってくる」
「あ、店長」
玄関で靴を履いていた俺に、背中から声が掛かる。振り向けば、獅子堂はぱっ、と笑って、俺に言った。
「行ってらっしゃい。気をつけて」
「……ああ」
獅子堂は俺が扉を閉めるまで、小さく手を振ってくれていた。
まったく、そんなやり取りをしたのはいつぶりのことだろう。そんなことを思いながら、アパートを出る。
俺の口元が心なしか緩んでいるのはまあ……そういうことに、しといてやろう。
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