第四話
「……何があった」
それから十分。ベッドに腰掛け、物憂げに黙り込んだ獅子堂に訊ねた俺は、彼女にマグカップを手渡す。
「これは?」
「カップスープ。雨で濡れただろ、ちょっとは温かくなるぜ」
作ってる最中に『そう言えばコーラをがぶ飲みしてたなコイツ』と思ったが、まあそれはいいとして。
「ポタージュだ。ありがとうございます」
「で。どうしてあんなところでふらついてた」
獅子堂はずずっ、とポタージュを一口啜る。
その温かさが、ひょっとしたら何かを溶かすようなトリガーになったのかもしれない。
獅子堂の口から、言葉がぽろりと零れ落ちた。
「……家を、追い出されて」
「追い出された? そりゃまた、どうして」
「店長は、もともと私がこのあたりの大学にいた、ってこと、知ってますよね」
「ああ、知ってる」
獅子堂が入社してすぐに俺の店舗に配属されたのは、ここが獅子堂の元々住んでいた街だから、ということが大きい。
転勤の多い会社ではあるが、新入社員は地元に配属させるくらいの優しさは持ち合わせていたわけだ。
「私、実は彼氏と同居してまして。……彼氏だった、と言うべきでしょうか」
「……ふむ」
一気に触れずらい話題になった。俺はコーヒーを一口飲む。気まずい表情でもしていたのだろうか、獅子堂は俺の顔を見て言った。
「店長、もしかして童貞ですか?」
「……冗談を言うくらいには、気分はマシということでいいか?」
「あはは。ありがとうございます。温かいスープは偉大ですね。まあ、そんな訳で、彼氏と一緒に住んでいたわけですが……その。彼氏に不貞を、働かれまして」
「不貞?」
「有り体に言えば浮気です。……浮気されたんです、私」
獅子堂は簡潔に今日あったことを話してくれる。
仕事が終わって彼氏の家に帰ったら、そこには彼氏と別の女がえっちらほっちらしている最中だった。
しかもこの彼氏というのがかなり難アリの男だったらしく。
「……まあ、いろいろな目に遭わされてたんです」
その『いろいろな目』は、今は聞かない方がいいだろうと判断する。それを突けば、獅子堂を傷つけてしまいそうだった。
「それで、家を飛び出して、あそこに」
「……なるほど、な」
「帰る場所、無くなっちゃったんですよね。どうしようかな、と思っていたところを偶然店長に見つかり」
今に至る、というわけだ。
「実家に戻るって選択肢は」
「……仲悪いんです、家族と」
困ったように笑う。その理由まで聞くようなことはしなくていいだろうと思った。
「分かるよ。俺も家族と仲、悪いからな」
「そうなんですか」
「だから転勤が多いこの会社に勤めたのはある。家から最低限遠ざかれるからな……というのはさておいて。帰る場所が無くなったというのは聞き捨てならんな」
男だったら、次の言葉はさらりと出たに違いない。だけど目の前にいるのは女性だ。
どうしたもんかなと思っていると、獅子堂は俺が掛けたかった言葉を先回りして、こう言った。
「……店長。店長が良ければ、一晩ベッド、貸してくれませんか」
「いいのか。男の部屋だぞ」
「男の部屋に住んでいたんで大丈夫です」
そりゃそうか。くひひ、と獅子堂は笑う。
「了解。替えの布団を用意するからちょっと待ってろ。俺の布団で寝るの、嫌だろ?」
「あ、店長。布団、変えなくていいですよ」
確かここにスペアの布団が。小さいクローゼットに手を掛けた俺に、獅子堂は明るく言ってくる。
「どうして」
「……店長の匂い、悪くないから。っちゃ、駄目ですかね」
どういうことだよ。
飲み込めない俺の前で、獅子堂はまた、枕に顔を突っ込んだのだった。
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