第二話
道の真ん中で女の子が泣いていれば、好奇の視線に晒されて辛い目に遭うのは彼女だ。
獅子堂が泣きじゃくる間、とりあえず物陰に身を隠すことにする。
「……大丈夫か」
あまりのことに、そんな言葉しか出てこない。
ビルの物陰。薄暗くて顔も見えない場所で、獅子堂は俺の言葉を気にせず、ひたすら泣いている。
シャツの胸元が雨で濡れたのか、それとも彼女の涙で濡れたのかわからなくなるくらいまで濡れたころ、ようやく彼女は俺から体を離した。
「ごめんなさい。いきなり泣き出してしまって」
「それはいいが」
今まで号泣していた割には、しっかりとした言葉が返ってきて一安心。
だけどビルの物陰、暗がりに辛うじて差し込む蛍光灯の明かりに照らされた獅子堂の顔は、お世辞にも『安心』と言えるようなものではなかった。
「何かあったのか。あの勧誘に強引なことをされていたとか――」
「あ……。それは、大丈夫です。街をふらふらしていたら、たまたま声を掛けられただけなんで」
「ふらふらって。獅子堂、夕方に店を出てからずっと街にいたのか? 服が変わっていないように見えるが」
獅子堂の服装はカッターシャツにスカートと、店で見た時と同じ格好をしている。
彼女は俺の問いに「店長、よく服装なんか気づきますね。モテますよ」なんて言ってくるが、その声色は重く沈んでいた。
「……冗談を言う元気もなさそうだな」
「お見通し、っすね。……店長、そんなに鋭い人だとは思ってなかったっす。二ヶ月の付き合いじゃわかんないこともありますね」
獅子堂が着任してから、二ヶ月。
なんだかかんだで休憩スペースで話すことが多かったし、獅子堂は人なつっこい性格をしている。まだそんなもんなのか、なんて俺は思う。
いや、そんなことはどうでもよくて。
「話なら聞くぞ。飯でも食いに行くか」
「いいっすね。……すみません、気を遣わせて」
「気にするな。獅子堂をこのまま帰すよりマシだ」
「このまま帰すよりマシ、ですか」
俺の言葉に獅子堂は少し思案するような顔。どうした、と思っていると。
「ねえ、店長。気を遣わせるついでに、もう一つだけお願いしてもいいですか?」
「なんだ。言ってみろ」
獅子堂はそこでようやく、ぱっ、と涙で濡れた顔に辛うじて笑顔を咲かせると、俺の右手を両手でぎゅっと握りしめて、こう言った。
「店長。もし良ければ……今日、店長のお家、行ってもいいっすか?」
……今、なんと?
その言葉は口から出てきてはくれなかった。まさか出会って二ヶ月の同僚、しかも女子が、家に来ていいか……だって?
ぱくぱくと声にならない口を動かすことしかできない。だけど獅子堂はそれを肯定と受け取ったのだろう。
「決まり、っすね。それじゃあ、雨に濡れる前に……行きましょうか、店長」
獅子堂は悪戯っぽい笑みを浮かべると、自分の左手で俺の右手首を掴んで、まるで引っ張るように歩き始めたのだった。
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